
男性の場合、腹腔内(おなかの中)と外界は、つながっていません。つながっていたら、バイ菌が入ってきて大変ですから、人間の体のつくりとしては、当たり前のことと思うでしょう。でも、これは、男性中心の考え方であって、男性と女性は、ここのところが大きく異なるのです。
女性の場合は、卵管を通じて、腹腔内と外界とがつながっているのです。
ですから、この道筋を通って、バイ菌が腹腔内に入ってくることがあり、女性の腹痛のバリエーションは、多彩であるといえます。また、性周期に伴って、卵巣から排卵が起きるときに、わずかな出血がおこりますから、そのための痛みも、考慮しなければなりません。
お腹が痛くなるには、痛みを感じる場所が必要です。
これは、当たり前のようですが、実は、盲点になる考え方です。たとえば、脳みそは、それ自身に痛みを感じる場所がないので、驚くべきことに、腐っても痛くないのです。
腹部では、腹痛を起こすための痛みを感じる場所は、簡単にいえば、「腹膜」と「血管」に分けられます。
腹膜は、臓器の周囲を包む膜です。痛む時は、いわゆる「腹膜炎の痛み」です。
血管は、臓器の中に入り込んで血液を送るのですから、臓器そのものの痛みといってもいいかもしれません。「臓器の痛み」と呼び変えておきましょう。
「腹膜炎の痛み」と「臓器の痛み」を、常に意識して、腹痛を考えると、とても理解しやすくなります。
たとえば、胃潰瘍や急性虫垂炎や虚血性大腸炎などの場合、まだ早期の、臓器の内側に限局した病変の場合、「臓器の痛み」しか、起こりません。ですから、その腹痛は、何となく重苦しいというものです。また、臓器を栄養する血管の分岐と関係した場所に痛みを自覚することになります。ひどい痛みの場合は、断腸の痛みであり、七転八倒の痛みとなります。
ところが、その病気が進行し、臓器の外側の腹膜まで障害されると、それは、「腹膜炎の痛み」に変わります。腹膜はとても激しく痛みを感じる場所ですので、腹膜炎の痛みが前面に立ちます。痛みの部位は、その腹膜が存在する場所に移動しますし、また、少しでも腹膜を安静にして痛みを軽減させたいがために、患者さんは、体を動かそうとしません。まさに、「身じろぎもできない痛み」と形容される痛みに変わるのです。
さて、女性特有の腹痛の病気というと、卵巣や卵管、子宮に関係した病気になりますが、それらが、内科や外科があつかう病気とどう区別され、どう治療されていくのか。
これが、実際上は、大きな問題になります。
というのは、内科、外科、産婦人科と診療科は分けることができますが、お腹を痛がっている患者さんは、一つの体であり、緊急であればあるほど、その3つを「はしご」することなんて、とてもできないからです。
実際の病院勤務で、外科医としていつも感じるのは、重症そうな腹痛の患者は最初に外科に回される、という不満というか、頼られているというか、そういう役回りを負わされている現実なのです。なぜ、そのような重症な患者さんが、外科にあずけられるのか。
私の友人の産婦人科専門医は、いつも言います。「外科の病気でなければ、産婦人科の病気でしょうから、その時は産婦人科へ送ってください。」
いったい何の病気かわからないから、各科が、患者を外科に回しているのに、外科の病気でないと、そんなに簡単にわかるわけがないでしょう! 明快に診断がつく疾患であれば、話は簡単ですが、重症な病気は、なかなか明快に診断ができないのです。そこを診断していくのが、名医ということになるのでしょうが、本当は、同じセリフを言いたいのです。「他科の病気でなければ我々が見るべき病気でしょうから、まわしてください」、と。
実は、外科が扱う病気は、命に直結する疾患が多いので、各科が最初に、患者さんを外科に回してくるのです。
消化管の穿孔に伴う腹膜炎であれば、経過観察は、死を意味することがあります。腸が腐っていれば、やはり、時間の経過は、死を意味します。
外科に外科自身の病気でないというお墨付きをもらってから、やおら、自分の科の検査をするのです。外科的疾患でなければ、多くの場合、初診の段階で診断がつかなくても、少し経過を見て、薬で治るかどうか、様子を見る余裕がありますから。
外科医がやっている仕事は、その、様子を見る余裕があるかどうかを判断するという仕事でもあるのです。リスクをせおわされている、ということですが、損な役回りとも言えます。
腹膜炎でも消化管が関係していない腹膜炎は、重症度が、下がります。たとえば、卵巣からの出血に伴う腹膜炎は、感染が関係していないので、経過観察だけで軽快します。また、卵管からのバイ菌混入による腹膜炎は、消化管からのバイ菌の混入と異なり、持続的で大量のバイ菌の侵入ではありませんから、経過観察する余裕もありますし、抗生物質で落ち着くことも多いのです。しかし、消化管が絡んだバイ菌による腹膜炎は、抗生物質だけでの治療で時間を無駄にすることは、死を意味します。
これらの違いを、時間を無駄にせずに的確に診断することが、外科医に求められるのですが、それらの違いは、非常に微妙な違いです。
しかし、そんな救急疾患を見続けてきた経験のある外科医であれば、腹膜炎のときに呈する腹部の触診の反応で、微妙な違いではありますが、わかります。その、外科医の手による感触の違いを、エコーやCTやそのほかの画像診断で補強していく、というのが、腹痛の診断と治療の道筋ということになります。
しかし、その手の感触の違いというものをなかなか言葉で表すことは難しいのも事実です。これが、教育の本質とは、教えたりマニュアル化したりできないものだ、という持論になってしまうところですが・・・。
どうも、教育病院での経験が長いせいか、患者さん対象の病気の説明のつもりが、若い医者相手の説明のようになってしまいましたが、女性の腹痛についてその一端を、ご理解いただけかと思います。
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