妊娠と肛門

 

妊娠と出産で、肛門にどんな風になるのでしょうか。肛門に不安を持つ若い女性から、質問を受けることがあります。

しかし、このことは、普通の肛門科の医師には、よく知られていません。

 

まず、医師の教科書的な知識としては、「多産の女性に便失禁患者が多い」というものがあります。そして、教科書的な記述は実はそこまでです。それ以上の知識がある医師は、かなりの専門家ということになります。

まず、妊娠が肛門の機能にどのくらい影響をあたえ得るのかということですが、実は、論文報告でも、私の研究調査でも、妊娠のみでは、肛門機能に影響を与えることはありませんでした。

また、「妊娠中に内痔核が大きくなり、内痔核の患者が増える」というのが、やはり、医学教科書的な知識なのですが、そのメカニズムは、「大きくなった子宮が肛門からの血液の環流を悪くする」というものです。しかし、実は、実際に、妊娠中の女性の内痔核を多数観察したところでは(J大学産婦人科外来にて)、妊娠中に内痔核の増大を認める女性はほとんどありませんでした。ですから、医学教科書的な、この記載は、少なくとも現代においては、誤りということです。

しかし、年配の助産婦さんに聞くと、昔は、妊婦さんで内痔核がひどくなった患者さんがたくさんいたということですので、なにか別のメカニズムが働いて、妊娠中の内痔核の悪化があったのかもしれません。もっとも、現代では、昔ほど、内痔核の患者さんそのものが、減りましたが。

 

では、出産は、肛門にどの程度の影響を与えるのでしょうか。

出産を、帝王切開と経膣分娩に分けて考える必要があります。

実は、帝王切開を受けた女性は、肛門機能にほとんど影響を受けないのです。いくつかの報告論文でもそうでしたし、私のデータでもそうでした。

これらの事実が、「妊娠は、肛門機能に影響を与えない」という根拠にもあります。

しかし、実は、すべての帝王切開で肛門機能が影響を受けないかというとそうではなく、分娩第2期まで進行して、何かの理由で、緊急帝王切開になった場合は、経膣分娩と同じように、肛門機能に影響を与えます。つまり、分娩第2期がまず、肛門機能に影響を与える第1イベントだといえます。

出産(経膣分娩)による肛門への影響は、大きく3つの因子に分けて考えるべきと思います。まず、@陰部神経への影響です。第2に、A骨盤底筋群への影響です。そして、Bそれ以外の組織への障害です。

@  陰部神経への影響

陰部神経への影響は、骨盤底が分娩の時のいきみによって、下に押し下げられて、そのことによって、陰部神経が過伸展されて、障害を受けるためだとされています。ここまでは、英国を中心に1970年代から明らかにされていました。そこで、私は、新しい検査法を開発して陰部神経の枝ごとに神経の機能を測定したところ、なんと、陰部神経の障害はすべて一様におこっているわけではなく、肛門管の上の方の括約筋に行く神経ほど大きな障害を受けていることがわかりました。この新しい発見は、「経膣分娩は、肛門管の上方の括約筋ほど、大きな障害をあたえ、その神経の障害は、出産後6か月以上継続する。」というものでした。肛門管の上方の括約筋は、下方の括約筋に比べて、大きく、かつ、重要なので、この障害は、臨床的にも重要なことです。この陰部神経の障害は、当然20歳代から30歳代に起こるわけですが、一方、便失禁の患者の平均年齢は60歳代であることを考えると、実に、20から30年の時間的間隔をおいて、症状を出してくるというわけです。

A  骨盤底筋群への影響

骨盤底筋群への影響は、子供が産道を通って生まれる時に、子供の頭によって膣周囲の括約筋が暴力的に押し広げられますが、そのことによっておこります。左右の手で新聞紙の端と端をもって、急に左右に引くと、その中央で、パリッと新聞紙に縦の亀裂が入りますが、そのようなメカニズムで、肛門括約筋に亀裂が入ります。これは、肛門の前方、直腸と膣との間で起こることが最も多いようです。

この障害も、出産時、つまり、20歳代から30歳代で起こるのですが、多くは、その20から30年後に、症状をもたらすのです。

しかし、ここで注意が必要ですが、女性と肛門の項でもお話ししましたが、女性の場合、肛門の前方、膣と肛門管の間で、出産を経験していたい場合でも、括約筋が欠損しているように見える人が多数います。ですから、出産による障害なのか、自然の括約筋の欠損なのかを見極めることが大切なのです。

B  そのほかの影響

そのほかの影響ですが、これは、直接肛門の「機能」には影響を与えるものではありませんが、経膣分娩後の女性の肛門は、内痔核が浮腫んで大きくなり、痛々しい限りです。これは、1から2週間でかなり改善しますが、この内痔核のむくみを見ただけで、肛門に対する並々ならぬ影響があることが想像できます。私の経験では、このむくみの大きい人の方が、肛門機能に重大な影響を受けている印象がありました。

また、皮膚の伸展が悪い場合は、皮膚に亀裂が入ることもあります。このような皮膚の亀裂が起こる場合は、内部の括約筋にも障害があることが多いようです。

以上、妊娠と出産が肛門に与える影響をおはなししました。

妊娠と出産は、肛門機能に影響を与えるものですが、だからと言って、女性が、出産を控えるという理由にはなりません。私のアメリカの学会誌に発表した論文にもこの点をメッセージとして付加しました。

自然の営みは、本質的に、体に影響を与えます。これは、生き物として当然のことです。怖がらないでください。

これらの障害に対し、的確に、検査したり治療したりした経験のある肛門科の医師は、日本では非常にまれです。
また、その領域で、世界に通用する研究成果のあるドクターになると、日本では、ほとんど皆無といっても過言ではありません。




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