Jenniferと二人旅!

子供の頃から自転車に乗るのが好きで、ママチャリであちこち(と言っても良い子だったのでそんなに遠出はしてなかった)行っていた。その延長で大学に入ってからツーリングをするようになりました。そんなことを書いているページです。



Jennifer 99年10月更新
僕の愛人です。
なかよしさいくる 99年6月更新
大学2年のときに入ったサークルです。ここに入ってほんとよかった。
北海道ツーリング 99年8月更新
夏は涼しい北海道へ。夜は夏なのに寒すぎ。コンビニの中が温かくてほっとするのはどうかと思う。期間98年8月5日ー14日
S計画withT 99年6月更新
なかよしさいくるのT君と企てたツーリングの計画。期間97年12月29日ー98年1月1日 
夏のツーリングレポート 99年6月更新
初めてのツーリングらしきもの。大学1年の夏に東京から実家の大阪まで行き、また、島根の友達の家から大阪まで戻って来ました。期間97年8月15日ー26日


Jennifer

Jennifer Anistonのページへ。最近(99年7月)になって「Jeniffer」ではなくて「Jennifer」であることを知った。 「むさい男が自転車につける名前は異国の女の子」という法則を見事に守っているネーミングです。大学1年の冬から付き合い始めました。自分なりには結構貢いでますが、愛が少ないせいか、体はあまり綺麗ではありません。雨の日も「俺達に傘はいらないぜ!」とかいって一緒に濡れているせいかも。いまだにゴア(自転車乗り必須の雨具)を持っていません。(99年6月)

アメリカで共に修行生活を戦ってくれたJenniferにご褒美をあげました。

  • Rハブ Altegra 32H ¥6500
  • スポーク #14プレーン ¥750
  • HGギア 9S 12-25 105 ¥3900
  • リムMA2 32H ¥2500
  • チェーン 9S 105 ¥1500
  • ブレーキシュー前後 Altgra ¥1500
  • バーテープ ¥1500
    以上。(99年10月)
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    なかよしさいくる

    これがなかよしさいくるだ!なかよしサークルではないぞ。 同じクラスのS君に勧められて大学2年になってから入りました。「恋人より自転車」というオーラがつたわってきそうなヤツラでうはうはです。おいらもそんな一人?先輩の走る後姿を見て「こんなふくらはぎになりたいな」と思って入る決意をしました。とにかく自転車に関することならなんでもありというかんじだ。
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    夏のツーリングレポート

    箱根峠

    8月15日。今日の朝は実家である大阪を目指して、日のでとともに(東京都渋谷区から)出発する予定だったのだが、昨日はお台場にPM11時までいて就寝したのはAM3時。起きたのは昼の12時。いつもどうりしょっぱなから計画倒してしまう羽目になる。起きると雨もぱさぱさふっている。昼に部室まで行き、タイヤにめいいっぱい期待を詰め込んでいざ出発。しかし箱根につく前に詰め込んだ期待の半分(前輪)はそこらへんの汚い空気と同化する。「所詮俺の期待なんかこんなもんす」と、泣く泣くパンク修理。箱根の上りでは、車さん達が渋滞していて、(バスがカーブを曲がるときに対向車線にはみだすために、その都度渋滞が大きくなるからなのだ)みんな暇潰しに「がんばれよ!」と応援をしてくれる。はじめのうちは嬉しかった。しかし時が経つにつれてたちこぎ(Dancingっていうの?)でこぐのすらしんどくなってくる。はっきりいって休みたい。心のこもっていない、暇潰しの応援であろうとも、その前で力つきて休んでしまうのは恥ずかしい。かくして心無い声援は、時として人に残酷なものであることを思い知る。まーおかげでNon-stopで峠を登りきることができました。下り始めたのはPM6時。何度見ても(この時は3度目)沼津の夜景はすばらしい!夕日が沈むが静岡は遠い。そう、今日の目的地は静岡。この前行ったときはメントスに救われた、あの静岡。あれは今年の夏のことだった・・・。(たいして時間は過ぎていない)あの頃は若かった・・・。夏休みに大阪までちゃりんこで帰るためにせめて静岡までの道のりは下見をしておこうという計画を実行している最中であった。(このときに往復して沼津の夜景を2回見ました。)静岡駅で野宿していると、こわーいお兄さん達(3人)がやってきたのだが、あまりに疲れていたので逃げることもできず、挙句の果てに、「メントスあげるから休ませてください!」と、なけなしのメントスを3粒あげる。今思えば「なめとんのか!」とボコボコにされること請け合いの対処法であったのだが、何故かそのときは、奴らは喜んで帰っていったよ。メントスが3粒増量してなかったら今の自分はなかったかもしれない。CMの設定もまんざらでもないと支持するのは俺くらいだろうか?話を戻しましょう。(どこに戻るんだっけ?)そう、静岡に向かう途中で疲れたので富士川で休むことにしたのであった。海が荒れていたので俺も荒れて歌うことにした。波は単調に繰り返す。しかし時に大きく。俺の歌も単調に繰り返す。(歌詞がサビしかわからないからそこだけひたすら繰り返していたのだ)しかし時に小さく。(なんでこんなとこに歩行者がいるねん!恥ずかしいじゃないか!)歌い疲れてツーリングを続行するも、楽しげな盆踊り会場のそばを通りすぎたが、疲れていたため、参加を諦めてひたすら静岡を目指す。着いたらすぐ寝ちゃったよ。おやすみ。

    鈴鹿、オソルベシ!

    8月16日。AM5時に出発。今日は名古屋駅で野宿の予定。昼頃に弁天島に着く。ここから先の中部のマップル(地図)を持っていなかったのでちょっと不安。不安を胸にとある坂を登っていると後ろをじじいの乗って原チャリがついて来る。「いやがらせ?俺も落ちぶれたもんだぜ。Baby!」などと思っていると、今度は並走をはじめてきた。さらに語りかけてきた。「よーこんな坂のぼってきたのー」悪い奴じゃなさそうだ。「これ持っていな!(不自然なほどさわやかに)」そういって袋を渡すとじじいはさっていった。とてもいいおやじさんだった。(中身はメロンクリームパンとスーパーリアルゴールドだった。)そんなこんなで黙々と進んでいるといつのまにか名古屋駅は過ぎていた。戻る気もしないのでそのらへんの温泉に行くことにする。やたらと子供が多くて、どんぐりの背比べ(男の特権?)をしている子や、お尻で風呂のタイルを滑りまわってレースをしている子がいて、見ていて楽しかった。温泉でパワーが復活してしまって、もう暗いのにさらに走ってしまったよ。たらたら進んでいるとなにやら鈴鹿サーキットの近くにたどり着いてしまっていた。そこらへんの駅で寝ようと思い、行ってみると、髪の毛の色が(意図的に)一風変わった人達がいて近寄れませんでした。諦めて店の軒先を探すも、鈴鹿の道は、レーサー気取りの人達のサーキットと化しており、スーパーの立体駐車場もテクニークを競う格好の場となっておりました。立体駐車場にものすごい勢いでつっこんでいって最上部までのぼりつめる光景は圧巻だった。甘んじて駅からかなり離れたところまで逃げて野宿しました。(めでたし、めでたし)

    裏白峠

    8月17日。朝焼けの鈴鹿を後に鈴鹿峠を登る。結構楽に登りきって、そろそろくるかな?と思っていたところに、やはり都合よくパンクが発生。こんな予想だけはよく当たる。鈴鹿峠にひきつづき裏白峠なるものがあり、こっちがめっちゃきつかった。R24に入ってからもとても暑い。ここで皆に質問ですが、ちゃりんこに乗ってるときに、おならがしたくなったらどうしてますか?すかしっぺですか?僕はそうなのですが、ケツを上げてガスの逃げ場を作ってからします。ゴールである大阪の実家が近づいてきて気が緩んだのか、そのときは音が「ぷりぷり」と鳴ってしまった。「まー誰も聞いていないからいいわ」と思っていたら、すぐ後ろにバイクの兄ちゃんがいたらしく、追い抜き際に振り返って絶妙の笑みをプレゼントされてしまいました。あのおにーさんの笑顔が今でも忘れられずにいます。そして奈良の王寺について感動!(中高と皆勤賞をとるべく1時間半もかけて通った学校があるところ。)そっからR25をブンブン飛ばすと40分で着きました。なんて近かったんだ!大阪のせまさと日本のでかさを思い知った瞬間でした。自転車のほうが速かったなんて。

    実家にて 家の戸を叩くと、姉がすぐあらわる。「オー、アナタナニジンデスカ?」と変な出迎え方をされる。確かにあんな黒くなったのは生まれて初めてだったけど。夜は夜で、「アナタ、オハシツカエマスカ?」といいながら、信じられないような量の食い物が出てきた。帰ってきてほんとよかったと思うたアルヨ。その後2日間は逢坂の友達とお遊び。

    出雲へ

    8月20日。今日からは、夏のツーリング第2幕。出雲の友達の家まで電車で行って帰りをちゃりんこでいく予定であります。大阪駅で輪行すべく、タラッタと進むが東京都内と同じく信号待ちが多い。青春18切符を買うかどうか迷っているうちに3分遅れて死す。ぎりぎり出雲に着くような予定にしていたので、1本乗り過ごした結果中国山地の真中当たりの新見駅までしか電車で行けず、そっから走ることにした。出雲までお気楽輪行のはずだったのに。新見駅に降りたってやはり中国地方のマップルを持っていないことに気づく。「ホプルしかないぜ!」とコンビに行くも、食い物も地図も置いてなかった。(えらいこっちゃ)諦めて標識だけを頼りに進むことにする。目が悪いのでわざわざ標識らしく物が見えてきたら止まってライトを上に向けてチェックをする。満月のお供でなかなか快適なナイトランでございました。結構出雲までは遠くて、今日中にはたどり着けないことを知りそこらへんで寝る。ちなみに「ポプル」は中国地方における基本単語であります。知ったきっかけは、「ぽぷろうぜ!」といいながら威勢よく「ポプラ」なるコンビニに入っていく高校生群集をたまたま目撃したことによります。後で聞いた話ですが、ポプラでバイトすることは大変名誉なことであり、「ポプラー」と呼ばれているそうです。使用例「俺も今日からポプラーだ!」

    ワイルドローズ

    8月21日。目指す目的地は「医大南町**-**ワイルドローズ***」。極力唐突に訪れることをモットーにしている私は、まず出雲市駅から何か高い建物を目指す。(地方で高い建物といったら医大しかないでしょうと勝手に解釈した。)近づいてみると当然のように医大であった。(わかりやすー)さらにその南辺りを30秒ほど探索するに、田んぼの向こうに何やらピンク色の建物を発見!近づくと「ワイルドローズ」とかいてある。駐車場には奈良ナンバーも発見!(友人は奈良県民)コリャ間違いないわ。ドアホンを鳴らすと酔っ払ったD君の登場。「集金はお断りです」みたいなわけのわからないことを言われながらも中にいれてくれる。部屋の中には同様に酔っ払った男が二人、朝っぱらから卑猥な話で盛り上がっていた。

    出雲観光

    8月22日。「出雲観光に連れてって!」と頼んだところ、「1日じゃ見きれないなー」と悩むので「見がいがあるとこだけでいいよ」と返したところ、「そしたら行くとこなくなる」と、出雲の悲しい観光事情を知らされてしまった。かくして、大社、出雲ワイナリー、なんチャラ岬とまわる。夜は出雲のナイトランも楽しみました。今回のツーリングではじめて「観光」をしました。手土産に持ってきたガチャピンのぬいぐるみはD君によって、D君のお気に入りであるYちゃんに渡ってしまった。少し悲しい。片割れのムックは我が手中にある。あと2日は出雲の人々と暮らす。

    神戸へ

    8月23日。戸倉峠を目指していたつもりが、曲がるべきところを曲がらず、直進してしまったことに気づき、進路変更をして真弓峠なるところを通って山陽に出ることにする。「そろそろ峠かなー」と思ったところにまたまたパンク。あうんの呼吸とはこんな感じなのですかねー。ながーいトンネルの中では、あまりにも怖かったので、「こえーよー」とか叫びながら走っていたらその声が反響してもっと恐ろしい状況になった。ドンゾコ。トラックがトンネルに入ってくるだけで「ぐわぉわぉーーん」という、この世の終わりを思わせるような響きが聞こえてくるンやからそらこわいっチューに。んでもってAM3時頃にとあるバス停で就寝。

    神戸

    8月24日。AM5時に起きて、R312を目指す。昼にコンビニで買出しをしたついでに、その軒先で昼寝をしてしまう。「座敷わらしがいるよ」そんな子供の声で起こされた。どうしてそのように見えたのでしょうか?2時間のお昼寝でパワーチャージ。真弓峠をいつのまにか越えてしまっていたというショックに加え、またパンク。んー、何回目だろうか?とか思いながら修理をして再出発。神戸の夜景を楽しみながらR2を進む。なんとか家にたどり着いたのはPM11時。今度行くときは神戸で遊べるようにのんびり日程を組むことを誓い、全行程をつつがなく終了した。Jennifer、お疲れ様です。

    休息

    8月25日。休息しました。

    東京へ

    8月26日。18切符で東京に戻ったのですが、舞阪で、先日走っていたR1が見えて感動。それだけです。

    総括

    総走行距離1254.4km。ペットボトル購入15本。よって燃費は1254.5/(15*1.5)=55.8km/lです。パンクは4回。よってパンク率は313.6km/回です。200km/回くらいと思っていたのでちょっと嬉しい。ノーパンクでツーリングしたいなー。無理か。
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    S計画withT

    概要

    12月29日から1月1日にかけて、琵琶湖1周及び、潮岬で初日の出を見ようとする計画。「S」とは「M」との対比で用いられるものではなく、「Sionomisaki」ということらしい。(T君が計画名をつけた)

    京都到着

    東京から昨夜のムーンライトに乗りこんで、AM9時に到着。駅前のコンパニオンに見とれながら組み立てが完了していざ出発というときに1踏み目で何故か転倒。ギアとチェーンが噛み合ってなかったらしい。京大までの道を知っているのに、知らないふりをして「京大ってどう行けばいいですか?」と聞こうと思ってたのにこれでは恥ずかしくて聞けないです。ハンドルが傾いてどうも走りづらい。コンパニオンにうつつを抜かしていたので、Jenniferはご機嫌斜めということらしい。左膝も痛める。なんとか京大経由で友達の家に到着。マンドリンの音あわせに使うチェッカーをのどにつけて遊ぶ。どうやら俺は2.5オクターブの声域があるらしい。マライアキャリーが8オクターブ出るってのは本当なのか?今後の人生を無難に乗りきるために、ここで絶対音感を矯正することにしました。半音くらいづれていることがわかったので、今までは「♪#ドは#ドーナツの#ド」と歌っていたことになる。舌が回らないです。夜、友達の家に泊めてもらって明日のT君との「琵琶湖1周計画」に備える予定だったのに、飲みとカラオケをやってしまい、気がつくと明くる日のAM5時。すぐに切り上げてみんなとおさらば。このときに行ったカラオケ屋についてコメント。とにかくサービスがよかった。その1 とにかく安かった。(いくらか忘れた) その2 歌った歌をテープに撮れるように10分テープがもれなくついてくる。(誰もそんなことはしないが) その3 エレキギターを貸してくれる。(弾きこなす人がその場にはいなかった。) その4 ひとつの部屋で複数の機種(DAMとかセガカラとか)を楽しめる。(DAMしか使わなかったような) その5 部屋のオブジェがきれい(水槽が合った) その6 受付の女の子が綺麗・・・ と盛りだくさんだった。

    琵琶湖まわり

    京都駅でT君と待ち合わせ。京都タワーをめざして走るも、気がつかなくて道に迷いながらもなんとか間に合う(昨日通った道なのに)。京都から近江八幡駅まで輪行して計画開始。途中までは綺麗な琵琶湖に感動していたが、それからは見飽きたという感じ。立ち寄った彦根城はとってもよかった。いかにも「偽物」ってかんじのお城がいい味を出していた。噴水がなんの前触れもなく不定期に飛び出すのに脅かされつつ聞く、ミスマッチナBGMがまたまたいい雰囲気を醸し出していた。琵琶湖北の山岳コースでは二手に分かれることにした。Tはトンネルルート。私はトンネルが嫌いなので、湖沿いのルートを。アップダウンの激しい道をしばし進むと「凍結により通行禁止」というゲートの前で車が立ち往生していた。「坂の入り口においとけよ!」と怒るドライバーを尻目に禁止ゲート初突破を試みる。成功。とってもエグイ坂だったので冬なのにTシャツ1枚で汗はだらだら、水分は全くなし。高くから見る琵琶湖の景色と2車線使いたい放題のコーナーリングは気持ちよかった。Tとの合流地点が近いところで道端の少年が「俊やん」と話し掛けてくるのが聞こえた。「俺は俊という名前ではないのだが」と思っていたがよくよく考えてみるとどうやら「歳やん」といわれたような気がしてきた。そりゃー20にはなったけど、見ず知らずの少年に言われる筋合いはないぞ!このやろう。30分も合流に遅れる。ごめんね、T君。見飽きた琵琶湖を左手に黙々と二人で走る。今夜泊まる近江八幡のユースの夕食に間に合わないと見て、1周は諦め、琵琶湖大橋を渡って誤魔化すことにする。初ユースがまともなところでよかった。

    千人入ったことあんのか!仙人風呂

    朝から雨で予定が狂う。特急まで乗るはめに。出費も痛かったが、「手タレ(自転車を人間にたとえるならブレーキのあたりが「手」になる。去年の末にアルテグラのSTIに変えて「手」が綺麗になりました。)も間違いなし!はなまる人気急上昇中のJenniferが手に傷を負ったことのほうが痛かった。なんで風が吹いたくらいで倒れるかなー。そんな華奢なとこが好きだけど。ユースに着くとまず2人で瓦風呂に入る。「はしごをして仙人風呂に行くか」と勇んで行くも冷たい水の流れる川に阻まれて行けなかった。Tは諦めて宿に戻ったが、俺は回り道をして再アタック。「風呂上りにちゃりんこに乗るのは気持ちいいだろう」と思い、Jenniferとともに軽装のまま向かう。「雨上がりの仙人風呂はめっちゃ冷たいよ」という宿の人の言葉どおりめっさぬるくてすぐ出てきた。帰り道にムキムキの2人ぐみにからまれる。「仙人風呂にムキムキした娘いた?」と聞いてくる。その人たちはボディービル部らしく、一緒にきた女の子を探しているのかと思ったが、ボディービル業界では「ムキムキ=ピチピチ(どちらも死語)」という等式が成りたつということをあとで聞かされる。体を触らせてもらったが、体にプロテクターが入ってるようなかんじで気持ち悪かった。ありのままの感想を述べたところ「最近の女にもそう言う奴が多い。昔はそうでもなかったが・・・」と昔に思いをはせていた。ところで「仙人風呂」がCMを作るとしたらどうなるだろうか?「千人入っても大丈夫!」というイナバ物置のような意味のないメリットをアピールするCMを作るのであろうか?ふと思った。

    7777.7

    いよいよ本計画最大の目的地である潮岬に向けて出発。このツーリング初のパンクをTがやらかす。パンクおさめの行事も兼ねて、私もついでにパンク(この日は大晦日)。来年はパンクをしませんように。京都で痛めた左膝が痛いが走り納としてはもってこいの厳しい道のりであったことよ。潮岬についた頃にメーターが7777.7kmを計測。けっこう満足。灯台の下で、沈みゆく今年最後の夕日を見てまたまた満足。ユースでは飼い犬のブルドックにひざかっくんをされて歓迎された。この犬はなんにでも体当たりする習性があるらしく、近くに自転車を置いていると必死に体当たりしようとしていた。とても疲れたので裏番組「ゆくとしくるとし」を見ることもなく寝る。

    初日の出

    曇って見えなかったので、本来昇るべきであった方角の景色だけ写真に収める。S計画ってなんだったんだろうか?その後我が家まで2人で行く予定であったが、Tは資金振りに困っていたらしくそのまま実家の広島まで変えることになった。一人で和歌山市を目指すも途中で雨が降ってきた。冬の雨は冷たい。体の震えがこんなに止まらなかったのははじめてだ。雨宿り中に通りかかった車から差し入れをもらう。「これ使ってください。」と傘を頂く。「傘をさしながらレーサーには乗れない」と知りつつ仕方なく頂いた。熟考の末我が家まで一気にワープすることに決定。電車のなかでも体の震えは全く止まらなかった。元旦に何が楽しくてこんなことをしているのだろうか?この日から私の辞書から「一年の計は元旦にあり」という言葉は消え去った。
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    北海道ツーリング

    8月5日(水)●東京⇒新潟⇒小樽

    お金が無いので新潟まで18切符で行き、そっからフェリーで北海道入りという企画。新潟まで自走するなんて奴らの気がしれん。(そういうサークルなのは分かってはいたが…)自走組のUとMと合流すべく、見過ごすことのないであろう場所にあるローソンで待っていたが、なんか食い違い。携帯に充電してなかったため、電話帳機能も使うことができず、連絡手段をたたれる。ぞのっちぴんち!(平仮名で書くとかわいい)何とか電話番号だけでも調べたいので盗電を試みるが、ローソンはそうは簡単に盗ませてくれそうなとこがなかったので、結局「充電させてください」という恥ずかしい台詞をはく羽目になった。そんなこんなで無事達成を果たし、乗船。3人固まって場所を確保するためには団体さんと寝床をともにするしかないという状況に追い込まれる。団体名はよくわからなかったが、どうやら文化を広める活動をしているような子供メインの団体。意味も無く騒ぐ子供を見てると飽きなくてよろしい。「カマキリチーズ」という言葉を連発して笑っている少年が印象的だった。我らが推測によると「カマンベールチーズ」のことであるようだ。でも何も笑う要素は含まれていない。不可解だ、さすが少年。ロングなトリップに欠かせない「パズラー」を買ったのはよかったが、ボールペンしか持ってこなかったので、書き消しが不可欠のパズルどもにはまったく手が出なかった。鉛筆があれほど恋しかったことが今まであっただろうか?Mは「ツーリング何日目ですか?」と聞きたくなるような疲れ具合だった。そら東京から自走すればそうもなるわな。

    8月6日(木)Distance 95km●小樽⇒ニセコ

    小樽に無事到着。観光名所を何も知らなかったので「小樽運河?」ってな感じだった。早速3人の目当てであるうに丼を求めて触角が動き始める。途中20%の坂が脇道にあったので思わずみんなで寄り道、食欲より勝るこの(激坂に対する)変な欲はいったいどこから来るのだろうか?そして、なんともよくわからいコンセプトの造の店で待望のうに丼を頂くことになった。必死に食う。食後、サークルの合宿地であるニセコまでの時間がないことを日の入りとともに悟り、走り始める。途中、倶知安でおいしい水をゲット。Mがボトルから水を出して、しょんべん小曽のヤラセ写真を撮っていたが、そんな勢いで出たら尿道がやばいでしょ。今回のツーリングでは「観光」をしようと思っていたので(今までは、走ること自体をメインにしていた)、北海道情報を得るために「じゃらん」を買うことにする。そっからは、先頭交代しながら、宿へと突き進む。けっこう遠い。かなりヒヨッた。着いたらサークルのみんなは酔っ払った後でちょっと寂しかった。そこで宿の人が出してくれたとろろ昆布ぶっかけご飯はもうおいしいのなんのって。ほとんどの人は寝てしまったが、朝まで語りに付き合ってくれた人がいて感謝しています。

    8月7日(金)Distance 135km●ニセコ⇒岩内⇒余市⇒倶知安

    この日のサークル合宿では、班別に分かれて行動。岩内周経由で積丹半島を回るコースに参加。パノラマラインで上り,下りとも満腹。古平で寿司を食べる。OBの威厳とやらで豪華なものを食べてる先輩がいたなー。うらやましい。夜の飲みはみんな2時ごろには就寝してしまい、またまた寂しい。もっと夜更かししようよ。

    8月8日(土)Distance 162.68km●ニセコ⇒中山峠⇒札幌⇒栗山

    今日は合宿から離れて、一人旅の出発日。10時ごろに目覚めるともう誰もいない。とりあえず出発するが、舗装工事中の道路付近で、ヘルメットをかぶってるおじさんを見てヘルメットを忘れたことに気づく。取りに帰るとグローブも一緒に忘れていた。なさけなや。札幌では地ビール祭りをやっていたがひとりで飲む気にはなれずにやめることにした。北海道では、ライダーとのすれ違い、追い越しざまの挨拶が実に楽しい。皆、様様に個性を出した挨拶を持っている。女性ライダーの投げキッスが一番よかった。今回は、初めてシュラフを持ってきた。初しゅらふ野宿の場所はかなり悩んだあげく「坂本九思いで記念館」。門構えもベンチもすべて漢字の「九」をあしらったデザインがうざかった。川のせせらぎは気持ちよかった。

    8月9日(日)Distance 164.98km●栗山⇒夕張⇒日高⇒トマム⇒南富良野

    シュラフは寝返りを打っても布団からはみ出すということがないので気持ちよすぎて9時過ぎまでずっともじもじしていた。さすがに記念館来場者の目が気になって出発することにする。目指すは夕張メロン城。結構上ったのに、大したものがなかった。石炭の歴史村は入村料が高くて却下。夕張は適当に去ってトマムに行こうと思いきや、今日は日曜日。と言うことで、とある広場でイベントをやっていた。看板には「ショートディスダンス」とか「ロングディスダンス」とか「特別ゲスト 田中義剛」とか書いてあったので、「田中義剛はダンスもするのか?気持ち悪い」と思った。目を凝らしてよく見るとイベント名は「ゆうばりドッグプポーツフェスティバル'98」。「ダ」と「タ」を見間違っただけだった。飼主が投げたフライングディスクに犬が食いつくという競技を延々とやっていた。かわいい犬ばっかりでまったく見飽きなかった。自分より遥かに大きいディスクをくわえて持ってくる子犬が非常にかわいかった。メロンやジュースは食い方飲み方でさらに満足。せりもやっていて、ミスメロン3人組も参加していた。「バナナ1ケース200円から(安い)」とかせり主が言ってるのに「100円!」と値を下げるやつがいてかなりびびったが、それはミスメロンのうちの一人だった。せりの仕方を知ってんのかこいつは、と誰もが思っただろうが、せり主が調子に乗ってそのこに売ってしまったので、その後のセリはもうめちゃくちゃ。私もバナナ一房をありったけの小銭38円でハンマープライスさせていただきました。日高までは何もなく不毛。トマムは廃れたリゾートを期待していたのだが、ちゃんと人がいて期待はずれだった。熱気球がいい味を出していた。道の駅南ふらのへ向かう途中で、久々にチャリダーに出合う。挨拶はしたがなんか挙動が不信。Uターンしてきたのでなにかと思いきや、同じサークルのKであった。旅先で知り合いに出会ったことなかったのでめっさうれしい。しかも雨男であるKとすれ違うということは雨の降る地域から遠ざかるということを意味しておりさらに喜ぶ。道の駅には京大生二人組がいていっしょに夜を明かすことにする。四年連続北海道皆勤というつわもの達であった。今回も30日居座るようだ。すげー。

    8月10日(月)Distance 134km●南富良野⇒麓郷⇒十勝岳⇒美瑛

    麓郷の里に行ったはよかったが、「北の国から」をまともに見たことがなかったので見所がわからない。昼飯は「じゃらん」をフル活用して富良野のカレーやさんに行くことにする。 富良野のラベンダー。画像を張らせて頂いてる方のページに飛びます。綺麗な画像がたくさんあります。相席したおばさん三人組は礼文島にいってきて「一度は行かなくちゃ死ねないわよ」と脅かされる。とってもノリのよろしい店だった。チーズ工場のアイスはめっさおいしかった。チーズも食べ放題でミルクとともにおいしくいただく。十勝岳に上るもそんなに景色がいいと思わなかった。下りにある白金温泉に行こうと思っていたが勢いあまって通り越してしまった。寒い。合宿所にウィンドブレーカーを置き忘れたことが悔やまれる。夜は美瑛駅で寝ることにする。そこらへんの人に話しかけるとなんと16歳の少年であることが判明。次々と話し掛けると16歳の少年が3人もいた。気のいいお兄さん気分で話をしてると「おにーさん口うまいっすね」と誉め殺しをされる。農家や牧場で無償で働きたいらしい。無償でも雇う側にとっては1ヶ月程度では教えることだけで終わってしまうらしく、なかなか雇ってもらえるところが無いらしい。どうしてそんなにバイタリティーがあんの?こいつら?今日は寒かったので酒で体を温める。人肌が恋しい。

    8月11日(火)Distance 166.60km●美瑛⇒旭川⇒雨龍⇒厚田

    朝は少年になぜかカレーパンをおごってもらう。Thank You! 美瑛は朝っぱらより夕焼けのころに行くべきだった。日本海に抜ける道ではシカと遭遇してにらめっこ。3分の長丁場の末、接戦を制したようでシカは逃げていく。再戦のときはすぐにやってきた。シカが先回りをしてまたこっちを見ている。さすがに時間がなかったのでかまっている暇はなく、通過することにした。シカの悲しそうな目が俺を痛めつける。 これはきつねです。しかじゃないぞ。上の画像と同じところに飛びます。トンネル嫌いなのでトンネル内ではひたすら押したり、砂利道ではパンクがいやなのでまたまた押したりしていたら、、押した距離が4kmにもなっていてびっくり。ほんとに自転車ツーリングかね。宿は海辺の厚田にすることに。はじめてキャンプ場に行くことにした。すごくでかいテントを使う許可を得て独り占め。北海道ではもう夏は終わりらしく、すごく寂しかった。夏を惜しんで花火をしている人たちを見ている僕。冬の夜の海も見てるだけで泣けてくるが、夏の海も泣ける。東京に戻ればまたこんな風景を見ることができる。

    8月12日(水) Distance 90.03km●厚田⇒札幌

    海に入るつもりで海パンを着て走り始めるも、雨で海に入れずに計画は狂う。晴れてても今年の北海道の夏は短かったらしく海に入るのは無理だったようだ。いつでも海には入れる用意を整えていたのに海水ではなく雨水で濡れてしまったよ。札幌に近づくにつれて、まだパンクしてないことに気づく。今回はキャリアー付けているのでかなり後輪には負担をかけているはずなのに。ここはちょいと慎重に行こうかなと思い歩道に入ったのがいけなかった。歩道の段差であっさりパンク。パンクとは別れることができないのか、俺は。海に入れずに時間ができたので当初の予定では札幌泊の予定だったが、函館を目指してみるが途中で雨が降ってきてやる気をなくし札幌に引き返す。なさけないっす。札幌駅の夜は楽しかった。無計画女二人と千原兄弟の片割れのような人がいて、とても楽しく団欒できました。時刻表の見方も知らないのにぶらりと女二人旅なんて、無計画すぎるよね。飲みに行きたかったがさすがに初対面では「飲みに行きましょうよ」と誘っても無理なのか?というより、駅で野宿している人にはそのようなことに使う金はないらしい。ヒッチハイクで北海道を1周するという気かくの二人組みがいて、それに対して取材交渉をしている人がいた。ハイカーは「別にTVで猿岩石が話題だからやってるわけでは無く、前からやっていたことで、取材されても困る。」といっていたが、取材交渉は相当しつこいようだった。

    8月13日(木)●札幌⇒函館⇒青森

    今日から鈍行二日の旅が始まる。札幌から東京まで。金があったらなー。函館では行きのフェリーで一緒だったサークルのUと偶然出会う。かなり気分が楽になる。Uは、宗谷岬から東京までを1本で結ぶ計画らしい。よくやるよなー、まったく。

    8月14日(金)●青森⇒東京

    行きのフェリーで一緒だったMが同じ日程で東京に戻る計画だと知り、合流して帰ることにする。電車の中ではひたすらハイペースだった。人目を気にせず銀マットを広げてその上でくつろぐ。たちっぱなしで疲れてそうな人に「どうです?」と座ることを勧めてみるも、「同類と見られると困る」という体で断られた。妙にハイテンションだったので、楽しかった。
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