星の神様

僕は星空を見上げて心の中で願いごとを唱えていました。

「助けてください!どうか助けてください!」
僕は何も悪いことをしてません!
誰か助けてください!」

暗くて寒い夜の空は澄み渡り、
この手に届く距離に見えました。

星は瞬くだけで何の返事もありませんでした。

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5日前のことです。
この話は誰にもしていません。
僕の飼っている犬の白の様子が変でした。

白が白ではないのです。

白はいつも僕の言うことを聞いて、
怒ってもいないのに、
何か悪いことをしてしまった様に、
すまなそうな顔で僕の顔色を伺っています。

僕が褒めてやると体中で喜んで、
しっぽをちぎれんばかりに振ります。

その白がにやにや笑っているのです。
その笑いは僕の背筋に冷水を浴びせました。

僕は全身に鳥肌が立ち、
白からそっと離れ家の中に逃げ込みました。

窓から外の白を伺うと、
うすら笑いの白が僕の目を見つめました。
まるで、「どこに逃げても見ているぞ!」とばかりに。

僕は生れて初めて白を怖いと思いました。
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白の変貌は僕の神様に似ていました。

僕は人型のお守りをもらうと、
勉強机の片隅に箱に入れ、
僕だけの神棚を作ります。

そっとその神様を拝みます。
最初ただの人形だった神様は、
日が進むにつれて妙な表情を持ち始めます。
にやにや笑い始めるのです。

僕は段々怖くなって、お守りを、
謝りながら川に流したり、
土に埋めたりしました。

形を持ったお守りは必ず薄気味の悪いものに変貌しました。
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うすら笑いを浮かべる白を怖いと思っても、
仏像の様に捨てるわけにはいきません。

白の側に行って頭をなでてやると、
ギラギラと獲物を見つめる様な目に、
再びぞっと寒気が起こりました。

けれども、これは幻覚なのだから、
白は白で本質は僕の飼っている白なのだと自分に言い聞かせました。

噛みつかれるのではという恐怖を持ちながらも、
白から離れてはいけないような気がしました。

「おなかがすいた」
白が言いました。

聞こえた声にぎょっとして白をみると、
俺が言ったんだよと上目使いで睨みました。

冷蔵庫からソーセージを持ってきて白に投げてやると、
飢餓の中にいた犬の様にガツガツと食べました。

その様子がまるで数週間ぶりに獲物を得た野獣の様で、
僕は自分も獲物になるのではないかという恐怖に震えました。

白は再び
「おなかがすいた」
と言いました。

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五芒星というものを最近知りました。
世界中で魔術の記号として用いられているそうです。

『扱い方一つで守護に用いることもあれば、
上下を逆向きにして悪魔の象徴になることもある。』と。

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曇り空の下5cm積もった雪の中を裸足で歩きました。
2月の夜の2時でした。

蹴られた肩が腫れ、
たぶん明日あたりには、腕半分が内出血するものでした。

裸足の足も腫れた腕も少しも痛みません。
激しい怒りに麻痺していたからです。

僕は父に暴力を振るわれていました。
理由はなんでもないことでした。

僕は学校では優等生で、
両親の罵倒の声が響く中、
布団の中で懐中電灯で勉強しました。

けれども、どんなに真面目にしていても、
父の暴力から逃れることはできませんでした。

丸太棒で父を殴り殺す夢を見ました。

警察に駆け込んで近くの施設に行くことも考えました。
けれども、施設には乱暴な同級生がいて、
気弱な者が肩身の狭い様子でいることを知っていました。

どこに行っても暴君は必ずいるのです。

雪の中を寝ころびました。
ドラマでは寒さは眠気を誘うのに、
実際は体温で溶けた雪が体を冷まし、
寒さは痛いほどになりました。

怒りの収まった今は空腹と震える寒さだけの世界になりました。

1時間そのままでいましたが、
あまりの寒さにに我慢ができなかった。
しかたなく、何かに負けるように、
とぼとぼと家に向かって歩きました。

薄明かりの中明りの消えた自分の家が見えました。

雪の中裸足の足で立ちすくんでいると、
トラックの明りが急にあたりを照らしました。

わき道から出てきたトラックにふいをつかれ、
隠れることができませんでした。

「おい!どうした?」

しまった!という思いの中、声の主を見ると、
近くの家のおじさんでした。

「どうした?こんなとこで?」
背の低い温厚なおじさんは、
幽霊でも見つけたような様子で僕を見ました。
僕もおじさんも深夜に人に出くわすとは思わなかったのです。

「落し物をしたから探している」
夜の2時、僕の答えは間抜けなものでした。

おじさんは訝しげな顔で僕を見つめると、
「こんな寒い中で…家まで送ろうか?」
と言いました。

「いいです。自分で帰ります」
僕の返答におじさんは悩んでいる様子で、

「こんな中おいてはいけないぞ」
と言いながらも、僕の表情の硬い様子を眺め、

「本当に大丈夫か?」
と励ます様な目で見つめました。

「大丈夫です。すぐに帰ります」
後ろ髪引かれる様子でおじさんはトラックに乗り去って行きました。

僕もおじさんも「明日がある」ことを考えたのです。
「今日」のことだけを考えるよりも、
これからずっと続く「明日」のために良いほうを選んだのです。

刑法でも、ギリシャ神話でさえも、
「親殺し」は重い罰になります。
親は子供のことを思うそれが基本なのです。

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家に近づくと気配を察知した白がいつも迎えに来てくれました。
寒さの中白の温かみが、僕をほっとさせました。

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僕は悪魔の顔つきの白に、
「どうしてそんな顔をしてるのに、僕に酷いことをしないの?」と聞くと、

「お前がゲームで白魔法ばかり使うからだよ」
と答えました。

僕はゲームをする時に、剣士を育てず白魔ばかり育てます。
そして、自分の味方だけでなく、敵にまで白魔法を使うこともあります。
自分のレベルに合わせ成長する敵は、
終盤で意図したわけではないのに、
弱いボスになりました。

白は後は
「寒い」と
「お腹が減った」ばかりを言います。
怖い顔のままで。
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僕の家では本物の神棚があって、
その 水は納めるときに庭に撒きます。

庭には成仏できなかった霊がいて、
神棚から地面に撒いた水を飲みにくるそうです。

僕はいつもこのことを忘れないように、
家の者が用があってできないときは、
必ず庭に水を納めることにしています。

僕には本当には見えないけれど、
庭で美味しそうに水を飲む者が見えます。
僕はいつもこの見えない者たちが気がかりでした。

そして、僕はいつかここで、
誰かに水をもらうのではないかと怖かったのです。

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僕は星に向かっていつも祈っていました。
けれど、 七夕に牽牛星に向かってする様な願い事ではなかったのです。

それは「祈り」ではなく「呪詛」の言葉だったのです。
誰も自分の声に答えてくれないことの、
恨みの言葉だったのです。

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うすら笑いの怖い顔の白を、
ぎゅっとだきしめて温めながら、

「僕のことを心配して来てくれたんだね」
と聞くと、白は白でない者の顔で、
にやにや笑いをやめて、
僕の顔をじっと眺めました。

「ずっとここにいてくれて良いから。
僕しかお前のことを分かってあげれないから 」と言うと、

潤んだ深い悲しい目で白はじっと僕を眺めました。
そしていつもの白に戻っていきました。

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僕には神様がついています。
まぁるい棘のない神様ではなく、
上向きと下向きと形の違う神様です。

僕の神様は何んにもできない自分を責めながら、
自嘲の笑いを浮かべて、
ただ黙って見守っています。
苦しんでいる人に同化して、
お腹を空かせて寒さに震えて、
その人が何をするのか見ています。

僕の神様は星。

 

<参考文章>
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
『五芒星』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%8A%92%E6%98%9F