1 陰陽調和の呼吸

腹式呼吸と丹田呼吸とはどこがちがうか

陰の呼吸

よく、「胸式呼吸はいけない。腹式呼吸をしましょう」といわれます。たしかに腹式呼吸は、胸式呼吸を中心とした呼吸よりは、いい呼吸かもしれません。しかし、それだけでは偏った呼吸です。
   腹式呼吸は自然呼吸です。ねこや犬など哺乳動物の呼吸で、人間も例外ではありません。ハイハイをしている赤ちゃんも、私たちが眠っているときも、自然に腹式呼吸を行っています。でも、立位や座位で生活する人間にとってはそれだけでは、不十分です。
   横隔膜は、進化の過程から呼吸をつかさどる中心的な筋肉です。
   かえるは、ほお袋を風船のように膨らませてから、袋を縮めて空気を肺に飲み込みます。このほお袋が進化して、私たちの横隔膜になったといわれています。
   「横隔膜が縮むときに肺が広がって空気が入る」これが自然呼吸の原則です。
   吐くときは、横隔膜が緩んでドームのように上に盛り上がり肺が縮まるので息が出て行きます。横隔膜は、胃腸や肝臓、腎臓、脾臓などの内臓と肺の間にあります。横隔膜が縮むと内臓が押し下げられて、おなかがふくれ、横隔膜が緩むとおなかは元に戻ります。おなかが動くのでこのような呼吸が腹式呼吸と呼ばれています。
   脳はどのような呼吸の命令を出しているのでしょうか。
   脳の運動神経が収縮しろという命令を出すと、筋肉は縮みます。
   横隔膜も同じです。無意識に呼吸をしているとき脳は、横隔膜に「縮め」という命令しか出しません。つまり、脳は「吸え」という命令だけを出しているといえます。そして、「縮め」という命令をやめると、横隔膜は緩んでドーム状に上に広がって呼気となります。
   四足の動物やハイハイの赤ちゃんや寝ているときは、これで十分に呼吸が出来ます。
   しかし私たちの日常生活は、立っているか坐っています。すると腹式呼吸だけでは、内臓の重さに引かれて横隔膜ドームは十分に広がることが出来ず、吐く空気の量が少なく、結果として吸気が足りなくなります。特に、激しい運動をするようなときには酸素が不足します。
   そこで人間は、よりたくさん吸い込んで、酸素をたくさん取り入れる補助呼吸をします。それが、胸郭を広げて行う胸式呼吸です。このときも脳は吸えという命令を出しています。
   このように横隔膜と胸郭を使ってたくさん空気を吸い込む呼吸を胸腹式呼吸とよびます。特にラジオ体操などで行うような深呼吸は、胸腹式呼吸です。
   胸腹式呼吸では、肺の容積が広がり空気が陰圧になって吸気となります。陰陽で言えば、陰の呼吸ということになります。
   吸えという命令は一般に無意識的自律的に横隔膜が収縮する(自然呼吸では吐けと言う命令は無い)
   → 腹式呼吸
   吐けという命令は上位脳からの意識的命令で腹筋を収縮させる(吸気は無意識的)
   → 丹田呼吸
  

陽の呼吸

重たいものを持ち上げたりおろしたりするときには、胸腹式呼吸では、十分に力が出ません。
   力を入れるときには、足を踏ん張りおなかに力を入れます。そして、息を止めているか、吐きながら動作をします。どちらも下腹に力を入れます。(この場合、息をとめていても、いきんではいません)重い荷物を背負って、歩くようなときにも、おなかに力を入れてゆっくりと吐いていく呼吸が中心とならないと持続できません。このような呼吸を丹田呼吸と呼びます。丹田呼吸は、人間の生活が生んだ呼吸で、このような呼吸そのものは世界中で行われているはずです。しかし、「下腹を絞って吐く」ことを体と精神を結びつけるものとして生活文化の中に固定したのは、日本だけではないかと思われます。
   丹田呼吸では、腹筋を絞りながら吐きます。これはちょっと見ると、おなかが膨らんだりへこんだりするので、腹式呼吸と同じ呼吸のように見えます。
   しかし、腹式呼吸が吸うときに筋肉(横隔膜)を使う呼吸であるのに対して、丹田呼吸は、吐くときに筋肉(下腹部の腹筋など)を使う呼吸ですから、腹式呼吸とは逆の呼吸となります。
   丹田呼吸は、肺内の空気を陽圧にして吐くので陽の呼吸となります。
   腹式呼吸では、肺の残気を十分に捨てることが出来ませんが、丹田呼吸で横隔膜を十分に押し上げることで、より多くの残気を捨てることが出来ます。このことから、吸いきったときに肺の中に含まれる酸素の濃度が高まるので、体が酸素を摂取する能力は増大します。このことで、立位で活動する人間のエネルギーをよくささえられるようになります。
  
図左が吸気に使われる筋肉
   胸鎖乳突筋 斜角筋 外肋間筋 横隔膜
   図右が呼気に使われる筋肉
   内肋間筋 外腹斜筋 内腹斜筋 腹直筋
  

忘れられている陽の呼吸

現代日本人の生活では、重たいものを持つことはほとんどなくなりました。荷物を背負って長時間歩くこともあまりしません。だから、丹田呼吸は忘れられています。大人が忘れているから、子供たちにも教えません。
   吐く呼吸と姿勢を整えることとは、密接な関係があります。しかし、今、家庭でも学校でも姿勢教育は、皆無といっていいのではないかと思います。
   例えば高校の野球部などへ呼吸法の指導に行って、「臍下丹田に力を入れる」という話をすると、生徒たちはきょとんとしています。
   このようなことがあるので、現代人は気功法や太極拳などの東洋的トレーニングなどの立位で腕を動かしながら行うエクササイズでは、習得に時間がかかるようです。
   胸腹式呼吸では、肩から上に力が入り、腕や顔の筋肉の柔軟性が失われます。そのため自由自在な動きが出来ないのです。いわゆる気が上った状態になります。
   そこで、腹に力を入れろとか、腰をきちんと立てろという話が出てきます。しかし、習慣化した胸腹式呼吸を反省なしに行っていては、そのコツが飲み込めないことでしょう。
   腹や腰に力を入れられるようにするためには、まず下腹部の腹筋と腸腰筋という筋肉を鍛えなくてはなりません。そのための方法として、日常的に丹田呼吸を意識的に行うことが大切になります。
   このほか丹田呼吸には、あとで述べるようにさまざまな効果があります。だから、これを積極的に練習して、丹田呼吸を無意識的に当たり前にできるようにすることが望まれます。そのための練習方法を呼吸法と呼びます。
  

呱々の声が陰陽調和呼吸

十分に吐ききる陽呼吸が習慣化すると、吸う陰呼吸と調和が取れるようになります。
   しかし実は、陰陽が調和した呼吸は、私たちが生まれたときに行った呼吸なのです。
   この世に生を受けて、私たちが真っ先に行ったことは、「オギャー」と、叫んだことでしょう。それは、おなかを引き絞って吐くことでした。そのあと、空気を一杯に吸い込んだのでした。
   そればかりではありません、乳幼児期の泣き方は、ギャーーーッと声を出し続けます。息が止まってしまったのかと思えるほど吐ききってから、スーッと吸いきって、また、ギャーーーーッと吐きます。
   昔から、泣く子は育つといわれてきました。
   赤ちゃんの泣き方は、やはりハードな陰陽調和呼吸です。
   大人の私たちが忘れてしまっている呼吸です。
   非常にハードな形で行った呱々の声によって、我ここにありと叫んだ私たちでした。つまり、呱々の声は、生きる意志がみなぎっている証でした。赤ちゃんが泣き叫ぶのも、生きる意志の現われでしょう。意志と陽の呼吸とは密接な関係にあるのです。私たちが今こうして生きていくためには、非常に強い意志が必要なことがあると思います。その意志は、生まれたときにもっていた意志ではないでしょうか。そして、ともすれば弱気になる私たちの意志をしっかりと取り戻すために、陽の呼吸がとても大切なのではないかと思います。
  
  
丹田呼吸 胸腹式呼吸
吐く呼吸(横隔膜は弛緩) 吸う呼吸(横隔膜は緊張収縮)
おなかをへこませる呼吸(腹腔周囲の筋肉の緊張収縮―――下腹部腹筋、腸腰筋、肛門周辺の筋肉) おなかを膨らませる呼吸(腹腔周囲の筋肉の弛緩―――下腹部腹筋、腸腰筋、肛門周辺の筋肉)
肺の陽圧 肺の陰圧
下実上虚 上実下虚
腹、腰が安定 胸から上が緊張興奮
活動 休息
覚醒 睡眠
意識呼吸 無意識呼吸
意識して行うと、気持ちが落ち着く 意識して行うと、気持ちが緊張興奮する
発声(会話、歌)に適する 発声(会話、歌)に適しない
姿勢:立位 姿勢:臥位、四足(大地に近い)
立位で安定 立位で不安定
腹部内臓の血液循環がよくなる 心的テンションが高まる
脳の血圧が下がる 脳の血圧が上がる
例外的な呼吸に「逆腹式呼吸」と「イキミ」があります。