胴まわりは7m近くになる。
メスの乳房の位置は脇の下にある。
海牛目  ジュゴン科 
尾びれはマナティのようなへら形でなくジュゴンやクジラの尾びれの形に近い。
Steller's Sea Cow
鼻の穴は水に潜ると閉じる、4〜5分ごとに水面から鼻だけを出して呼吸をする。
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体についた貝は、海鳥に取ってもらうこともあった。
 
やせ細る海牛
ステラーカイギュウの住んでいる場所は冬の時期になると氷河に覆われてしまう。そのためエサを満足に食べれないステラーカイギュウは脂肪が失われ皮の下の骨が透けて見えぐらいやせ細ってしまう。春になり氷河もなくなるころになると長い絶食状態を乗り切ったステラーカイギュウたちは、ものすごい勢いで海藻類をほお張る場面がところどころでみられたようだ。体力が回復すると繁殖活動に入り1年の妊娠期間をへて1子のみを産んだ。また、同じご近所に生息していたラッコも毛皮目的で海の男たちに乱獲されていた。その結果ラッコのエサだったウニが大繁殖をしてしまい、ステラーカイギュウのエサである海藻類を食べてしまったのだ。ステラーカイギュウは自分も食べられ自分が食べるエサも食べられダブルパンチを食らっていた。
冬の海牛
春の海牛
消えた海牛
1768年にステラーの友達だったマーチンという男が2〜3頭残されていたステラーカイギュウを殺したと報告した。この報告を最後に2度とステラーカイギュウは人間の前に現れることはなくなった。発見から27年後の話だ。
ステラーカイギュウの生存説
1780年・・・一頭のステラーカイギュウを捕まえたという報告。
1818年・・・観察記録の存在
1854年・・・目撃報告。
1962年・・・ロシアの捕鯨船がカムチャッカ半島のアナドゥリ湾でステラーカイギュウに似た6匹の動物がエサを食べているところを目撃した報告。
1977年・・・カムチャッカの漁師がステラーカイギュウと思われる動物の背中に実際に触ったという報告。
いくつかの目撃や報告などはあるが、どれも確証が取れるまではいかなかった。はたして巨大な海牛(かいぎゅう)は生きているのか?。
マナティーとジュゴン
ステラーカイギュウと同じ海牛目ジュゴン科で現在も地球上に生息する生き物、マナティーとジュゴン。知らない人はほとんどいないだろう。どちらも絶滅危機動物だ、毎年数が減っている動物たちなのです。ジュゴンは1種類ですがマナティーは3種類います。この種の生き物は比較的に暖かい場所に住むが、ステラーカイギュウだけが寒い場所に住んでいた。
マナティ
ジュゴン
海牛目  ジュゴン科
海牛目  ジュゴン科
危急種
危急種
アメリカマナティーはフロリダ半島・アフリカマナティーはアフリカ西側の大西洋岸・アマゾンマナティーはアマゾンの川などに生息。 東南アジアからエジプト付近まではばひろく生息。
世界には3種類のマナティーがいる。体長は3mか〜4m以上。アメリカでは毎年何百というマナティーが死んでいる、現在の生息固体数は2000頭弱と推測されている。寿命は60歳。 体長は3m・体重450kg。寿命は70歳以上で長め、歯で年齢がわかる。生息固体数は数千頭。
人魚になった海牛(かいぎゅう)
人魚伝説はマナティーとジュゴンが海中を優雅に泳ぐ姿が人間のようにも見え、魚のようにも見えたところから人魚のモデルになったと言う説が有名だ。世界中の国で、また日本にも人魚の物語や伝説が今も数多く残されている。特に有名なのがアンデルセンBが書いた童話でアンデルセン物語の『人魚姫』だろう。映画でも多くの主役をはってきた売れっ子だ、1989年にディズニーCが制作した『リトル・マーメイド』、1984年制作の映画トム・ハンクスD主演『スプラッシュ』と1994年制作の香港映画金城武E主演『人魚伝説』などなどある。
B
C
D
E
F
G
H
ハンス・クリスチャン・アンデルセン ウォルト・イライアス・ディズニー
トム・ハンクス
金城武
河童(カッパ)
ドラゴン
デンマークの小説家・童話作家。アンデルセン物語は世界中で人気。1805〜 1875。 ミッキーマウス、ディズニーランドの生みの親。1901〜1966。 93年「フィラデルフィア」と94年「フォレストガンプ/一期一会」で二年連続アカデミー主演男優賞受賞。高額ギャラランキングでつねに上位にいる超大物。 1956〜健在。 ・・・台北出身、日本人のパパと台湾人のママをもつハーフ。映画「不夜城」で注目され、現在アジアのスターに。1973〜健在。 日本全国に住んでいる妖怪。ミイラがあるが、実在してたかどうかはわからない。弱点は頭のお皿の乾燥。 映画・TV・本に多数出演する、世界のDORAGON。口から火を吐くのが基本だ。 下アゴからキバが基本。節分の主役。日本の伝統的な怪物。
人魚は河童FやドラゴンGや鬼Hと同じ空想上の生き物だ、しかし河童などと一緒でミイラなど残されている。もちろん細工したものだろうが、ちょっと神秘的だ。
人魚のミイラがあるところ
●静岡県富士宮市の天理教
●大阪市端龍寺
●オランダのライデン民族博物館(日本から送られたとされている)
人魚の定義
人魚は人と魚類が半分半分だと人魚だ。ほとんどの人魚のイメージは金髪のベッピンなオネ〜さんだろう。人魚の呼びかたとして上半身が女性で下半身が魚類だとマーメードと呼び、上半身が男で下半身が魚類だとマーマンと呼ぶ。ヨーロッパでは尾びれが2つある人魚も多い。
マーメード
マーマン
太平洋・インド洋に住んでいるが、欧米で大人気キャラ。金髪で超美人が基本。  
ステラーカイギュウが人魚のモデルだったらこんな感じだろうの画。
・・・以上
日本の人魚伝説
古くは720年の「日本書紀」に、また「古今著聞集」「甲子夜話」「六物新誌」など今まで見たことも聞いたこともないような本に書いてあるそうだ。それらの本に登場する人魚の特徴は色白で髪が赤く下半身は魚類でやたら長い、そして九州北部や日本海沿岸によく姿をあらわす・・・などだ。すべての条件を分析して日本の人魚伝説の正体はリュウグウノツカイ だと言われている。「な〜んだ」の世界だ。
日本の人魚はこんな感じの画
日本各地の人魚伝説
●福井県 若狭にこんな人魚伝説がある。『むかし、漁師が海で人魚を捕まえました。珍しいので家に置いといたら漁師の幼い娘八百比丘尼(やおびくに)がお腹が減ったので人魚を食べてしまいました。人魚を食べた娘はその後八百年も年をとらずに長生きしました。長生きしすぎた娘は疲れて、尼(あま)になりました。全国を旅して若狭に戻り、空印寺にあった洞穴の前に椿の木を植えて、「この木が枯れたら私が死んだと思ってください」と別れを告げて洞穴に一人入っていきました。今でも椿の木はきれいな花が咲くそうです。』
●東北地方にある人魚伝説『むかし、源義経Iの家来だった清悦という男がいました、清悦は海で捕まえた人魚を食べて400歳まで生きつづけたそうだ。清悦は死ぬまでの400年間ひたすら義経の話をみんなに聞かしたそうだ。』
●沖縄にある「ニライカナイ伝説」という人魚伝説。『人魚の神様、人魚神は毎年島に来てはみんなに幸せを運んできました。人魚神がニライカナイに帰るときはザンノイオ(ジュゴン)に乗っていった。』人魚神の乗ったザンノイオ(ジュゴン)は琉球王朝で不老長寿の妙薬として珍重されたそうだ、王様もザンノイオ(ジュゴン)食べたそうだ。
みんなも気がついたと思うが、日本の人魚伝説はほとんど不老長寿という理由で人魚を食べちゃう。半分は魚類だから殺人にはならないよなぁ、刑が半分に減刑されるのか?。まっどっちでも良い話だが・・・・「たべちゃうのかよ!」(さまぁ〜ずJ)だ。
I
J
源義経
さまぁーず

平家を滅ぼした戦いの天才。兄・頼朝に裏切られて自害。実は生きのびて北海道の王様になった。モンゴルのチギス・ハーンになったなどの伝説がある。

左が大竹一樹、右が三村マサカズ。バカルディーからさまぁーずに改名後大ブレーク。エロネタが多いので子供には人気いまいちの感がある。俺は好き。
人間と動物が合体した生き物
ケンタウロス
ガルダ
半漁人
ミノタウロス
オリバー君
さかなクン
ギリシア神話に登場。上半身が人間、下半身はウマの部族。お笑いのTVでたまに使われるキャラ。 インド神話に登場する鳥の神。体は人間その他はワシ。インドネシアの航空会社「ガルーダ航空」はこの人から取った名前。 フランスに住んでいて、全身ウロコで覆われ高い知能がある。世界的に名前は知られているが主役になるにはインパクトがない。時代はくるのか・・・。 ギリシア神話に登場。体が人間で、頭がウシの怪物。クレタ島にある迷宮のラビリンスに閉じ込められた。 人とチンパージーのハーフとして昭和51年に来日して日本全国オリバー君旋風がまき起こり、サル顔の人はみんな『オリバー君」と呼ばれた。その後器用なチンパージーとわかる。今でもフランスに生きている。 TVチャンピオン「魚通選手権」で5連覇をして子供の人気者へ。魚マニアのちびっ子に市民権を与えた英雄。さかな〜さかな〜さ〜かな〜・・・。
ステラーカイギュウの発見
1741年の秋に、ロシアの冒険家であり航海者のベーリング@が隊長をしていた第2次シベリヤ探検隊の船セント・ピーター号が遭難をしてしまう。カムチャッカ半島の付近の小島に漂着したが飢えと寒さで乗組員の半分と隊長のベーリング自身も亡くなってしまう。ベーリング亡き後に隊長役になったのは、生き残りの一人「ステラーカイギュウ」に名前が残っているドイツ人医師で自然学者のゲオルグ・ウィルヘルム・ステラーAだった。ステラーたちは10ヵ月後にこの小島から奇跡の脱出をするのだが、それまでの間に乗組員の看護と一緒に自然学者の血が騒いだのか島の周りの自然環境をを詳しく調べていた。その時に海にプカプカ浮かぶデッカイ海牛(かいぎゅう)を発見したのだ。
@
A
ベーリング
G.W.ステラー
ロシアの冒険家・航海者。ベーリング海峡の名前はこの人から取ったもの。1680〜1741 ドイツ人医師であり、自然学者だった。1705〜1742(顔は未確認)
ステラーカイギュウと一緒に運悪く見っかちゃったのが現在超人気者に成り上がったラッコやアシカと区別がつきにくいオットセイ、そしてステラーカイギュウと同じ道をたどってしまった絶滅種メガネウだ。
生息地
ベーリング海のアリューシャン列島のコマンドル諸島などの限られた地域にのみ生息していた。
主食
海底や浅瀬で岩についたコンブや藻類などを食べていた。現在のマナティーやジュゴンのにある歯が退化して無くなっていた。そのため下アゴと上アゴのギザギザした角質をすりあわして食べていた。
歯抜けのおじいちゃんやおばちゃんのようだ。
大きさ
全長7.5〜9.0m・体重4トン〜12トン
一人っ子
一夫一婦制で子供は1回の出産で1頭しか生まなかった。子孫が少なかったのも絶滅に拍車をかけた。
ステラー様御一行は漂着してから9ヵ月後ごろに島からの大脱出用の食料を調達するためステラーカイギュウを狩りを始めた。ステラーカイギュウの肉は日持ちが良く、味は子ウシのようだったそうだ。ミルクはバターに加工されて脂肪はランプの燃料になった、燃やされた脂肪のニオイはアーモンドのニオイがしたそうだ。また分厚い皮は、乗ってきたセント・ピーター号の破損した材料で作った船の水漏れ防止などに使われた。1742年8月に作戦決行され、ステラーたちは無事に母国に帰ることができた。それから約10年後の1751年にステラーはラッコやオットセイ、メガネウそしてステラーカイギュウの事を詳しく書いた観察記を発表してしまった。これによりヨーロッパやロシアの人々に存在がバレて不幸の運命を突き進むことになる。肉・皮・脂肪・・何でも利用できるステラーカイギュウは人間にとっては大金を生み出す黄金の海牛に思えただろう。大勢の人間が海牛狩りに出かけてしまった。1741年にステラーに発見されてから27年後の1768年にはステラーカイギュウは地球上から消えてた。人々に知れわたってからはたったの17年だ。なぜ、こんなに短期間に巨大な海牛は絶滅したのか、人間の底なしの欲望が最大の原因だが。もうひとつの理由としてはステラーカイギュウの性質が大きな要因になっている。
       
好都合な性質
「僕を狩ってください」と聞こえるほど、ステラーカイギュウは海の男たちにとっては好都合な性質を持っていた。ふだん海で生活している時は背中の上の部分がいつも海面から出ていたのだ。ちょうど船が転覆したイメージだろう。ときおりクロカモメなど、海の鳥たちの休息所になったりもしたが、飢えた海の男たちには簡単に居場所がわかる標識みたいなもんだったろう。
太陽光線で海水からでている部分を暖めて、冷たい海水でひえた体の温度調整をする役わりがあった。もぐるのがめんどくさかった訳ではない。
また、仲間が敵に襲われると助けようとする習性があった。特にメスが襲われた時はオスが何頭も集まってきた。そして突き刺さったモリやロープをとろうとした光景があったという。最近の人間界で薄れつつある愛情・友情・男気が感じられる。しかし、狩りをする側にとってはこれほど楽な獲物はいなかったであろう。
人間がどれほど怖い動物かと言う事を知らないステラーカイギュウは人間が近くに寄ってもまったく無防備だった。「人間ってヤバイんじゃないか!」と気がつく前に絶滅させられてしまったんではないだろうか。
 
 
仲間が襲われると助ける習性がある海牛
ステラーカイギュウ
1768年に絶滅