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食肉目 イヌ科
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生息地
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日本の北海道
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主食
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エゾシカが大好物、他にもウサギや鳥も食べていた。
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大きさ
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体長1.3m、尾長40cm(ニホンオオカミよりはるかに大きかった)
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・エゾオオカミ ニホンオオカミ
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| 日本の生態系の頂点にいた日本産オオカミ。1905年に絶滅したニホンオオカミと1900年に絶滅したエゾオオカミは同じ時期に地球上に存在していた。どちらも神のように崇められ、そして憎むべき害獣として存在を消された。津軽海峡は、この2種類のオオカミをけっして接触させなかった。もしエゾオオカミとニホンオオカミが闘ったらどちらが強かったのだろう?。体力的には完全にエゾオオカミが圧倒しているがニホンオオカミにはそれを凌駕(りょうが)する不思議な力があるような気もする。剛のエゾオオカミに対して柔のニホンオオカミの構図になるのではないか、私的に敗北寸前まで追い込まれたニホンオオカミが隠された魔力が覚醒してギリギリ勝利・・・・みたいな感じになるのかな。もしエゾオオカミとニホンオオカミが同盟を組みハーフの子供が生まれていたら、スーパーウルフ(スーパーサイヤ人系)が誕生していたかもね。 | ||||||
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名前の由来
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| エゾオオカミの「エゾ」は、北海道になる前の「蝦夷地(えぞち)」のエゾだ。ほかにもエゾヒグマ、エゾリスなどいる。 | ||||||
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性質
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| 寿命は14年〜17年ぐらいで野生の肉食系としては普通。雪の多い北海道を縄張りにしていたエゾオオカミは生息している環境にあわせて進化した、雪の上を自由に歩けるように雪ん子Cのはいている物みたいに、足の裏がデカくなっているのだ。同じ日本のオオカミ、ニホンオオカミと比べると足の大きさもそうだが体の筋肉の発達から足の長さなどすべて上回っている。大自然の地で育ったせいか走るのも早く、スピードは100メートルを8秒以内でかけぬけた、またジャンプ力もあり、さらに視力もよく、ニオイにも敏感、頭もよく群れのなかまを大切ににしていた。自然界で生きていく必要な能力は身についていたのだ。 | ||||||
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アイヌ民族とエゾオオカミ
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| 大昔から北海道で生活している先住民族です。『アイヌ』の意味は『人間』。独特の文化をもち、今では各地で展示会などを開いていたりして「アイヌ文化」として人気もある。現在北海道に住むアイヌ民族は24000人といわれている。 | ||||||
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| エゾオオカミはアイヌ民族の間では『ホロケウカムイ』と呼ばれて尊敬されるような動物であった。ホロケウの意味は「オオカミ」、カムイの意味は「神」。エゾオオカミを時には毒矢を使って狩りもしたが、生活に必要な範囲での狩りだった。その意味では、うまく共存していた。 | ||||||
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現在も生きている同じ食肉目イヌ科の絶滅危惧種
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| ※・・・絶滅危惧種(絶滅の危機にある種)・危急種(絶滅の危険が増大している種)・希少種(絶滅する要素が大きい種)。レッドデーターブックを参考にしてます。 |
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人間の上陸
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| 北海道のキャッチコピーでもっとも有名なのが昭和40年代だっただろうかテレビCMでブレークした「でっかいどう北海道」だろう。当時の子供はおろか大人もじいちゃん、ばあちゃんも誰もがみんな一度は口にしたはずだ。その後「ゆっくり走ろう北海道」がそこそこ世間に認知され、現在は「試される大地、北海道 」へとなった訳だが、どのコピーもどこかで北海道の大自然のニオイがする出来上がりになっているのではないだろうか。そんな北海道に初めて人間が足をふみ入れたのが2万年前ごろだ、まだ陸地はほかの大陸とつながっているころで、歩いて北海道に来たことだろう。縄文時代が始まる1万年前のお話だ。 | |||||||||
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そして開拓
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| 1868年ちょんまげに別れを告げた明治維新がおこる。とうぜん北海道も例外でなく近代化の波が押し寄せた。翌年の1869年に本格的に開拓するために開拓使が作られる。この時に「蝦夷地(えぞち)」という名前が「北海道」に変更された。開拓の手始めは札幌からだった、道路はもちろん産業を発展させるためのビール工場(現在のサッポロファクトリー)や炭鉱、鉄道なども設けた。札幌農学校(現在の北海道大学)もその時に作られ、さっぽろ時計台がその時の建物として現在も残っている。未来の地に夢を見て多くの人が北海道に集まりだし、開拓も奥へ奥へと進み始めるようになる。原野を切り開いて耕地や牧場にしてしまい、エゾオオカミの大好きな食べ物であるエゾシカも大量に捕獲してしまい、数がきょくたんに減ってしまった。食べ物がなくなったエゾオオカミは牧場の家畜を襲うようなっていった。 | |||||||||
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絶滅へ・・・
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| エゾオオカミは長い間、北海道の先住民族である@アイヌ民族とは良好な関係にあったが、牧場の家畜を襲われた本州から渡ってきた人間は銃や毒薬でエゾオオカミの駆除をはじめる。人間とエゾオオカミは完全に敵対関係になってしまう。 | |||||||||
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絶滅のおもな原因
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エゾオオカミ絶滅のキーマン
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| 北海道の畜産業の基礎を作り「酪農の父」と呼ばれた男、それがアメリカ人エドウィン・ダンだ!。モロボシ・ダンBではない。ウシ・ウマ・ヒツジの大量飼育の方法を教え、アメリカ政府から駐日公使にまで任命された男ダン!。しまいには日本人女性をかみさんにしたバリバリの親日家ダン!。そんなダンが北海道の新冠(ニイカップ)にウマの大牧場を作った。ある日牧場のウマがエゾオオカミの大群に襲われてしまった。ダンはエゾオオカミは牧畜の大きな障害になると判断し毒薬のストリキニーネを使用する事を決断をした。東京と横浜の店にあったストリキニーネを在庫がなくなるほど買いしめ、不足分は母国アメリカから輸入した。そして鹿肉に混ぜてエゾオオカミの行動する地域にばらまいた。狙いどおりエゾオオカミは折り重なるように大量に殺されたという。牧畜業は見事に守ったが、駆除の仕方に批判がない訳ではない。もちろん「酪農の父」の輝かしい功績が損なわれるはずもない。真駒内公園に「エドウィン・ダン記念館」があり横には銅像もある。 | |||||||||
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エゾオオカミの生き残り・・・?
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| 現在の千島諸島の国後島とロシアのサハリンに住んでいるハイイロオオカミが、エゾオオカミと同じ亜種ではないかという説がある。可能性としてけっして低くない。 | |||||||||
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戦え絶滅動物で調べられるその他のオオカミ
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懸賞金がついた北海道のオオカミ
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エゾオオカミ
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1900年に絶滅
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