徳島県「解同王国」崩壊の第二章−民主勢力、県民のたたかいのさらなる前進を−村崎 勝利

 日出議員除名取り消し裁判の勝利
 一 第四回口頭弁論での追及
 徳島県での「解同」と行政の癒着による、数々の無法行為にたいするたたかいは、確実に前進させられています。昨年、本誌の十一月号で紹介した「解同王国」崩壊の序章からわずか半年あまりですが、そのたたかいの展開はまさに劇的といえます。
 まず、日出氏除名取り消し裁判ですが、この裁判闘争の最大の山場は、本年一月二十二日の第四回口頭弁論でした。この公判の前半は被告側弁護士の日出氏への反対尋問でしたが、前回の日出氏への主尋問の代理人弁護士の質問に日出氏は、川島町内で「解同」の森本一族が公共事業を独占するために、町会議員や町当局をおどして、議員の三親等までの業者を排除する決議を議決させたこと。また、「解同」関連の町外の清掃業者を引き入れ、町内業者を圧迫していることなど具体的な「解同」幹部のエセ同和行為の実態を生なましく述べ「解放同盟の町への介入の事実を指摘して批判したことで議員資格をはくだつするのは許されない」と訴えました。
 そのため、相手の被告側弁護土は、日出議員の発言は町から排除された特定業者の代弁と利益誘導ではなかったのかと執効に迫りました。これに対して、日出氏は「行政は当然町内業者を育成すべきで、解放同盟の圧力で主体性のなさを問題にしたのだ。強制は公平性と公益性が必要だ、こうした立場からの発言だ」と堂々と反論しました。
 口頭弁論の後半、被告(町議会)の住友順一議長(日出氏除名時も議長)にたいして、日出氏代理人林伸豪弁護士(十五名の弁護団の主任)を主に数名の弁護士が反対尋問をおこないました。この尋問で、議会側の主張が崩れ、「解同」に屈伏した町・議会の実態が完全に暴露され、議長を答弁不能に追い込み、裁判勝利を決定づける迫真の追及でした。
 第一の問題は、「解同」幹部の経営する森本工務店が町の公共事業を独占するために、競合する後藤田工務店(日出除名にただ一人反対した後藤田議員の兄が経営)を排除することの目的で、町や議会に圧力をかけ、議員の兼業禁止を三親等にまで拡大したことです。
 議会側は、日出氏の指摘にたいして「三親等の決議は議員の自発的で、解放同盟の圧力によるものではない」と言い張っていました。しかし、林弁護士は議会の総務委員会記録に「解同」との行政交渉、議員が一人ひとり「解同」事務所に呼び出されて三親等決議をするよう約束させられたことが書かれており、「解放同盟の圧力はなかった」の主張の嘘を暴き、議長は答弁できなくなりました。
 第二の問題は、町内業者育成の方針に反して、町外の「解同」森本一族経営の清掃業者を川島町が指定していることです。林弁護士は、川島町も参画している阿北環境整備組合の他の町村では町内業者を指定しているが、例外として「解同」幹部の経営する二業者だけであることを資料を突き付けて追及、議長は「知りませんでした」となんの反論もできず黙んまりを決めこみました。
 第三の問題は、「解同」幹部が差別発言をデッチあげて町職員の人事に介入したことですが、議長は「人事介入については、私白身は確認していない」と立往生です。
 この住友議長への弁護団の追及で議会の「『解同』いいなり体質」が誰の日にも明らかになりました。
 また、弁護団が「国の審議会が言っている〃エセ同和行為〃とはなにか知っているか」と質したのに対し、議長は「読んだことはありますが」と答えたものの、内容の説明はできず、言葉の意味もわからぬまま、日出氏を議会から追放しようとした不見識さと理不尽さをみせつけました。
 林弁護士等の追及に議長は「頭のなかは真っ白」とか、「水をのませて下さい」と休憩を求めるなど答弁不能で自失茫然です。これをみかねた傍聴席の同僚議員が、議長へ「わからんなら、わからんと言いなよ」と不規則発言、林弁護士がすかさず一喝するという一幕もあり議会側の狼狽は極に達していました。逆に傍聴席をうめた日出氏の支援者にとっては胸のすくような感動と喜びに満ちた法廷でした。


 二 裁判の勝利判決と弁護団声明
 「解同はエセ同和行為」と議会で批判をして、町議会で不当に除名され、川島町議会を相手に除名処分の取り消しを求めていた、日出和男議員(無所属)にたいし、今月十四日、徳島地方裁判所は、日出議員の訴えを全面的に認め、「解同」森本等の行為が「えせ同和といわれても仕方ない」と、明確な判断を示し、除名取り消しの判決をおこないました。
 判決の主文は、@被告が平成一〇年一月十九日原告に対してなした川島町議会議員の除名処分を取り消す。A訴訟費用は被告の負担とする。という内容です。
 この勝利判決の意義については、弁護団声明が厳密な指摘をしておられるので、全文を紹介をします。
   声明
 本日徳島地裁は、川島町議会の同議会議員日出和男氏に対する除名取り消の判決を言い渡した。日出議員に対する除名処分の理由は、議会での質問で解放同盟(以下解同という)森本一族の不正、不当な利権あさり、町への人事介入に対し「えせ同和行為」であると厳しく指弾したことが無礼な差別発言であるということにあった。しかし、日出発言が的確であったことは、徳島県警の森本一族に対する検挙などその後の経緯によっても余りに明らかである。
 同町議会の除名処分は町、議会が解同森本一族と癒着し、そのいいなりなってきたこと、解同への批判は許されざるものとする解同タブーに支配されていることによるものである。
 それは議員の議会発言を否定する点で、議会制民主主義への挑戦でもあった。
 本日の判決は、日出発言が正当でありその除名処分違法なものとして取消したもので解同に対する批判の自由を認め、民主主義を護ったものとして高く評価することができる。
 日出除名についてはすでに執行停止に関して、高松高裁、最高裁判所において違法であるとの判断がなされ確定している。
 私達は地裁判決がなされた現在川島町議会がいたずらに抗争することを止め控訴を断念するよう強く求めるものである。川島町議会は議員が力をあわせ、解同森本一族によって喰い物にされてきた町行政のゆがみを正すことに全力を挙げることが急務である。
 川島町議会が地方自治の精神にのっとり住民の期待に応え、本来の責務を果たすよう心から要望する。
 右声明する。
 一九九九年(平成十一年)五月一四日
    日出和男除名処分取消訴訟弁護団

 三 町議会に控訴させない取り組みの強化を
 昨年九月十八日の初公判から約七ヵ月間のスピード裁判でしたが、それは弁護団の方針で、議員という立場から、その復権・復職は一日も早くなければならないからです。日出氏はすでに議会に復職しています。今回の裁判の勝利判決に「私の議会での発言が間違っていなかったことが裁判所に認められてうれしい。同時に、こんな不当な処分をおこなった議会にたいする怒りもあらためてわきます。ずっと支えていただいた日本共産党とみなさまがたのおかげです。ひきつづき、『解同』タブーを打破し、間違った同和行政を正すために全力をあげたい」と決意を新たにしています。
 この裁判闘争を支え、たたかった「除名処分に反対し、議会制民主主義を守る会」(守る会・平田敏行代表世話人)は、この日も五十名あまりが傍聴し、判決後、勝利報告集会をおこないました。
 この集会では、裁判勝利を祝い、今までの活動を称え合いましたが、ここでも弁護団から「判決から二週間のたたかいが最も重要、それは町議会が控訴をするかどうかの態度を決める期間であり、絶対に控訴させない取り組みが必要である」ことが強調されて、支援の参加者も身を引き締めていました。
 集会後、「守る会」の代表等は、早速川島町議会に赴き、町議会の丸尾英雄議長に対して、判決に従い控訴をしないよう「申し入れ書」を提出、丸尾議長は「我方の弁護士も日出氏の主張が多くみとめられているといっている」と語り、そして「判決文を議員に早く届け、早い時期に議会全員協議会を開き、態度を決めたい」と苦渋に満ちた顔を隠しませんでした。
 議会側が徳島地裁の判決を不服とすれば、高裁への控訴となりますが、それは、すでに、仮処分の最高裁判断が出たうえでの、今度の判決であるだけに、まったく道理のない態度として町民の怒りが沸騰することは間違いありません。それは、町政の歪みを正せという町民の願い無視の議会であり、すでに三百万円にのぼる裁判費用のうえに、町の税金のムダ使いを重ねることにもなるからです。
 いま、日本共産党と「守る会」は、川島町民にたいし、ピラの全戸配布、街頭宣伝によって、「議会は謝りを認め控訴を断念せよ」の声を高めようとよ呼びかけています。この呼びかけに応えて、町民が議会への抗議、申し入れをはじめています。
 いずれにせよ、本誌が読者のもとに届く頃には結論はでますが、全解連徳島県連も独白の町議会の申し入れをするなど、裁判闘争の完全勝利のための取り組みは最後まで続けられます。
 最後に、日出氏は議会の除名処分の不当性を訴えて、県知事に審決の申し立てをしましたが、「解同」と癒着しべッタリの圓藤知事は、まともに調査・審理もしないまま、冷酷に棄却しました。しかし、今度の地裁の判決によって圓藤知事の責任が最も重要ものとなりました。新たな責任追及のたたかいが求められます。

 徳島市体育振興公社の背任事件等のたたかい
 徳島市での「解同」の市政支配と利権あさりの実態は、体育振興公社の井上雅史事務局次長(四一歳)らの逮捕・起訴によって、その醜悪な実態がさらに浮き彫りになってきました。
 今回の事件は、振興公社に君臨する井上被告が、市が公社に委託している陸上競技場の芝の管理業務のなかで、実際の仕事は公社の職員がしているにもかかわらず、工務店が仕事をしているかのように見せかけて、五百七十万円を支払い、その金の一部を井上雅史が着服していたという背任事件です。
 背任の元である「男山工務店」とは、井上被告の元妻の父親が経営しているというペーパー会社で、九六年度の公社の施設修繕費三二二〇万円の内九割を受注していました。そのため、この背任事件は氷山の一角といえます。
 昨年の本誌の十一月号の「序章」で、井上直樹の市互助会の背任事件をくわしく紹介するとともに、今度の体育振興公社の疑惑にもふれておきました。しかし、兄弟の犯行とはいえ、その手口はそっくりです。なぜこのような犯罪が安易にできたのか。
 本年三月徳島地裁で開かれた、井上雅史被告らの第一回公判で、徳島地検の冒頭陳述は「井上被告の公社支配の状況」について分析し、「井上被告は、公社事務局長に次ぐ地位にすぎなかった。しかし、公社の職員労働組合を組織して初代書記長になり、その後も組合委員長の要職につくなどしたこともあって、徳島市の幹部に対しても強い影響力を与えるようになった。さらに、徳島市職員だった実弟井上直樹被告(三七歳)=市職員互助会背任事件で公判中、懲戒免職=が市職組書記長として、市の理事者や幹部職員に絶大な影響力を及ぼし、影の市長とまでうわさされるような隠然たる勢力を持つようになり、実弟の勢力を背景にした井上雅史被告に対しても、市の幹部職員はなおさら恐れ、一介の公社事務局次長という立場に過ぎないのに、市の学校教育指導面にも介入するのを許すまでになった。
 事務局長以下の職員も、このような井上被告の横暴とも思える振舞いをつぶさに見るにつれ、また被告の粗暴的性格も相まって、次第に公社の事務全般にわたって井上被告の意向に従うようになった。公社内での影響力はますます高まり、事実上、井上被告が公社の実権を握り、公社の実務の実質的決定権限者で、公社全休を支配する構図ができあがり、公社の人事権まで掌握しているという状況となった」と言っています。長い引用となりましたが、弟が「影の市長」、兄が「裏の教育長」として君臨し、予算や人事にまで介入、市政を私物化していた実態をリアルに暴露しています。
 また、河野みどり市議会議員の報告では、市互助会背任事件の裁判を傍聴して、市の元課長が証言に立ち「被告の井上直樹市職労書記長(当時)は強い発言力をもち、『殿』と呼ばれ、要求を通すためなら手段を選ばず、市長はなんでもいいなりだった」と証言したいいます。
 この兄弟の父親が「解同」徳島県連の最高幹部であることから、市長など市幹部が「解同」に屈伏し、追従してきたことが根本の問題であることは明らかです。しかし、この父親も二人の息子の逮捕・起訴、そして市民の批判のなかで、「解同」県連から解任されたといわれています。
 この相次いで摘発された二つの背任事件の徹底糾明を求める、市民的なたたかいが展開されています。
 二月十日、「差別撤廃条例」に反対し、人権と民主主義を守る徳島県民連絡会議(条例反対県民会議)の代表、約五十名が二つの背任事件の全容を明らかにすることを要求して、対市交渉をおこないました。
 交渉では、@体育振興公社事件、互助会事件の中心人物として井上雅史、直謝兄弟が逮捕・起訴されたが、どうして一職員にすぎない人物が、横暴・勝手な不正行為をおこなうことができたのか、二つの事件で共通している「どう喝・暴力行為」「人事介入」「カラ出張」の全容を明らかにすること。A「解同」いいなりの同和行政を改め「差別撤廃条例」の廃止をはじめ、同和行政の終結、同和教育の廃止を求める、B「解同」への膨大な補助金の廃止、「解同」。の介入を根絶するため、関係を断ち切れ−というものです。
 しかし、市側は「どう喝や暴力行為については確認できずわからない」「人事介入があったかどうかは確かめられない」「部内で調査している」として、まともに答えようとしません。それのみか、井上被告兄弟には「さん」づけで、ここにいたっても庇いだてする態度ありありです。
 交渉団からは、「あなた方には人間の良心はないのか」「これだけ市政を腐らせておいて、なんの反省もないのか」などの厳しい追求・批判なされましたが、市当局は返事ができません。ただ「申し入れは市長に伝え、文書で回答する」答え、全容解明を先送りしました。
 四月六日夜、徳島市内において「二つの背任事件の徹底糾明を求める市民集会が開催され、市内の各界から百五十名が参加しました。各界から事件の概要、たたかいの報告受けて、筆者もたたかいの意義について少しまとまった報告をしましたが、会場からは、案内のビラを見て参加した、という市民をはじめ発言があいつぎ、参加者は、疑惑を徹底解明し、「解同」と徳島市の癒着をたちきるまで、世論と運動を強めてゆく決意を固めあいました。そして、その場で二つの事件・疑惑の「徹底解明を求める市民の会」を結成。新たな市民運動を開始しました。
 こうした取り組みのなか、日本共産党は先の互助会事件の際の市職員のアンケート調査の教訓を生かし、徳島市内の全世帯(八万)を対象に「互助会・体育振興公社事件についてのアンケート」を実施しました。
 このアンケートでの反響はすざましく、今日までにすでに千五百通以上が返送されているといわれていますが、書き込まれている内容も、市民の怒り、願いがつまっています。
 ▽処分の軽さに唖然とした。▽事件は氷山の一角、徹底的に解明して清潔・公正な市政にするため頑張りましょう。▽私も井上兄弟に暴力を受けた、徹底的に解明してほしい。▽市の幹部答弁はオドオドしている。「解同」であれ、なんであれ物事の善悪はきっちりすべきだ。▽市長は井上兄弟のいいなりになって知らぬふりをしていた。井上と密着していた幹部が居座っているのはおかしい。▽こんな市長のもとで市民生活するのは我慢できない。などなどです。とにかく市民の批判は予想をはるかに越えるものでした。
 そして、この事件、疑惑の徹底解明の最中にいっせい地方選挙がたたかわれました。徳島市では、市民の徹底解明の願いに誠実に応え、疑惑解明と清潔・公正な市政実現の先頭にたってたたかい抜いている、日本共産党がこの問題を選挙の重大な争点に押し上げ、劇的な大躍進をとげました。結果は県議選で一人から二人に挑戦し、全解連会員の山田豊さん第一位で、他の党候補も二位で当選。市議選では四人から五人が立候補して全員当選、全解連役員・会員の河野みどり候補が二位、新人の桑原真治候補が五位でした。まさに、「疑惑解明のたたかいで市政の山が動いた」との評価もあります。
 こうして、たたかいの確実な前進とともに、「解同」王国の崩壊の第二章を迎えたのです。