川北城

川北城(★ 三重県津市大里川北町)は、文永十一年(1274)長野工藤氏の与力川北氏によって築かれたといわれている。

城は東海道から関で分かれて津に至る伊勢別街道が平野にかかる地点を見下ろす台地上にある。台地の南西斜面に土塁・空堀・郭などを築き、その背後の丘陵上に居館を配し、その面積は約25000uに及ぶが、現在多くの部分が住宅団地となっている。
昭和
5359年にほぼ全域が発掘調査された。その結果、堀や土塁・柵列で区切られたいくつかの郭を形成し、その中に多数の掘立柱建物を配しているという極めて計画性を持った城であることが明らかにされた。出土遺物は、山茶碗・山皿・鍋・釜などの日常雑器の他、青磁・白磁など中国から輸入された高級陶磁器も出土している。川北城の盛期は13世紀末から14世紀中頃になり、鎌倉時代から南北朝時代にわたる地方武士団の生活の様子を示している(『城址案内板』)。

城跡は公園となっており、櫓台の様な高台が残る。その他の遺構はない。

 

 

公園内に櫓台らしき高台が残る

 城址碑

  (2013年2月10日訪問)

 

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城と古戦場