織田信長本陣

織田信長戦地本陣(★ 愛知県新城市牛倉字城山)

天正三年(1575長篠の戦いに臨んだ織田信長は、設楽原の決戦を控えて、上平井の極楽寺で軍議を開き、武田軍の騎馬隊攻略の作戦を練った。そして自らは、この茶臼山に進撃し、本陣をおいて指揮をとった(『現地説明板』)。

このすぐ北側には、側近木下秀吉を従え、徳川家康を最前線の弾正山に配置した。布陣は、当時の信長の権力の絶大さを示しているといえよう(『現地説明板』)。

茶臼山頂上に信長の歌碑などがあるが、明瞭な遺構はない。

 

 

(【左写真】茶臼山頂上部。【右写真】帯郭の様な削平地があるが、遺構であるかは不明。)

 

 2015.3.20訪問

城と古戦場

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