大通寺陣地

大通寺陣地(★ 愛知県新城市長篠市場51)

長篠の本丸、巴城郭、瓢郭を眼下に見る丘にあって、天正三年(1575)の長篠合戦の時、武田軍の宿将馬場信春、武田信豊、小山田昌行等諸将の率いる二千人がこの大通寺山に配備されていた(『現地説明板』)。

医王寺本陣で軍議が開かれ、設楽原に進撃と決まった時、敗戦を覚悟して寺の裏山の清水の湧出井戸で、馬柄杓で別れの杯を汲み交わした杯井戸が本堂裏にあり、そのそばに杯井戸の碑と句碑、歌碑が、本堂前には菅沼琉山碑もある(『現地説明板』)。

境内に馬場信春、内藤昌豊、山県昌景、土屋昌次ら諸将が別れの杯を汲み交わしたと伝わる井戸が残っている。

 

 

(【左写真】大通寺本堂。【右写真】境内に残る大通禅寺杯井。)

 

 2015.3.20訪問

城と古戦場

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