牧野城

牧野城(★★ 愛知県豊川市牧野町丁畑)

牧野城は、戦国時代に東三河地方に勢力をふるった牧野氏が最初に築城した城として名高い。築城は応永年間(13941428)に遡り、足利将軍義持の命により新補地頭となった田口(田内)伝蔵左衛門成富が、四国の讃岐からここ三河国中条郷牧野に来住し、城を構えたといわれている。
成富の子成時(古白)はこの地方で勢力を拡大していき、明応二年(
1493)に一色城(豊川氏牛久保町)の城主波多野全慶を討ち、同年瀬木城を築き、名も地名をとって牧野と称するようになったとされる。その後成時は、永正二年(1505)に今橋城(後の吉田城)を築いてこの城に居を移し、同年牧野城は廃城になったと伝えられる。

当時の牧野城は豊川の旧河道に面した自然堤防上に立地しており、発掘調査の結果、城の規模は南北約102m、東西が北堀で72m、南堀で約84mであったことが確認された。城の形態はいわゆる掻揚城であり、今でも南側の土塁が良好に保存され、高いところで約3m、幅は最大約13mをはかる。このように立地状況や規模からして牧野城は防御を意識した造りをなしており、当時の動乱の時代を表している(『城址案内板』)。

ビニールハウス群の中にポツンと土塁の一部と案内板がある。

 

現存する土塁の一部。) 

 

 2015.3.20訪問

城と古戦場

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