吉田城

吉田城(★★★ 愛知県豊橋市今橋町)

吉田城ははじめ今橋城と称し、永正18年(1505)牧野古白によって築城された。

以来東三河の要衝として今川・武田・徳川ら戦国武将が攻防を繰り返した後、天正18年(1590)に池田輝政が入封し152千石の城地にふさわしい拡張と城下町の整備が行われた。
しかし輝政は在城
10年で播磨姫路に移封され、のちに入封した大名は譜代ながら小禄のため輝政によって大拡張された城地も未完成のまま明治に至った。

この城の縄張りは背後の豊川をひかえ、本丸を中心に、二の丸、三の丸を前面と側面に配した半輪郭式の「後ろ堅固の城」といわれるものである(『城址案内板』)。

現在は豊橋公園となっており、空堀や土塁が随所に残り、見応えがある。

 

 

 

(【右写真】本丸に建つ鉄櫓(復興)【右写真】本丸の空堀が良好に残る。) 

 

(【右写真】本丸背後を流れる豊川。【右写真】二の丸(左)と三〜丸(右)の空堀跡。) 

大手門跡の石垣) 

 

 2015.3.20訪問

城と古戦場

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