保科正直邸

保科正直邸(★ 愛知県安城市山崎町大手)

保科正直は信濃国高遠(長野県伊那市)高遠城主でした。武田氏に仕えましたが、仁科盛信が討死し武田氏が滅び、本能寺の変の後に北条氏に帰属します。

 天正十二年(
1584)、小牧長久手の戦いのころ徳川家康につき、山崎村に領地を与えられ、その館跡が正法寺の境内地と伝わっています。

 天正十八年(1590)、正直は家康の関東移封に伴い下総国多胡(千葉県香取郡)に移りました(『現地案内板』『Wikipedia』)。

現在は館跡に正法寺があり、遺構はない。

 

(正法寺) 

 

 2014.11.12訪問

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