清水山城

清水山城(★★★ 長崎県対馬市厳原町西里)

厳原八幡宮の背後にひかえる清水山の城は、豊臣秀吉の朝鮮出兵時の天正十九年(1591)に築いたと言われ、肥前の名護屋尾、壱岐の勝本、この清水山、さらに上対馬の撃方山を結ぶ兵站線の駅城である。独立状の丘陵清水山は馬背状を呈し、その稜線上に、一の丸、二の丸、三の丸と、地形に即して階段上に営んでいる。

 規模は必ずしも大きくないが、歴史的には文禄慶長の役の遺跡として、構造上からは、遺例に乏しい文禄頃の城跡として、また、三郭には虎口の桝形の遺構がきわめてよく残っているなど、史跡としての価値が高い(『城址説明版』より)。

金石城背後の清水山が城跡で、歴史民俗資料館から登城できる。30分程度の登山を強いられるが、見応えのある石垣群に圧倒される。

 

 

 

 (【左写真】本丸から厳原港を眺める。【右写真】本丸虎口。) 

 

(【左写真】ニノ丸内部。【右写真】二の丸虎口。)

 

 (【左写真】三の丸内部。【右写真】三ノ丸虎口。)

(城址遠景)

 

   (2017年1月6日訪問)

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城と古戦場