高田城

高田城(★★ 岡山県真庭市勝山)

高田城は、勝山の街並みの背後にそびえる山城です。

戦国時代が始まって間もない文亀元年(1501)、高田荘を本拠とする国人三浦氏の当主、貞連が最初の城主になったと伝えられます。以降、貞国、貞久、貞広と代々の当主が居城とし、尼子氏・毛利氏などの近隣勢力との城の争奪を重ねています。

 天正三年(1575)に三浦氏が退去した後は、毛利、宇喜多、小早川、森の各氏が支城として利用しました。

 その後一度は廃城となったものの、明和元年(1764)、新たに入部した勝山藩主の三浦明次が、城山の麓に藩庁を構え、山上でも城郭整備を進めようとしました。しかし、10代、約100年を経て、整備は未完のまま明治時代を迎え、再び廃城となりました(『城址案内板』より)。

城山として良好に整備されており、本丸、二の丸、郭跡などが確認できる。二の丸グランドから登城。

 



  

 (【左写真】本丸跡【右写真】本丸の一段下の郭)

 

 (【左写真】二の丸跡(グラウンドとなっている)【右写真】馬洗場跡)

 

 (【左写真】山麓の三の丸跡(近世は藩庁として利用された)【右写真】城址遠景)

 

   (2016年4月25日訪問)

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城と古戦場