金川城

金川城(★★ 岡山県岡山市北区御津下田)

臥龍山にはじめて砦が築かれたのは諸説あり、定かではないが、戦国時代初期の文明12年(1480)頃、松田氏系図第8代元成が本拠を富山から金川に移し本城としたのは確かなようである。以来、5代約90年にわたって西備前随一の山城として栄えた。
永正6年(1509)、元成の子元勝の時、三条西実隆より玉松・麗水の二書を贈られ、以後玉松城と命名した。
 松田氏は、元盛、元輝と続くが、備前東部の天神山城主の浦上宗景と勢力を争い、永禄11年(1568)7月5日、宗景の被官宇喜多直家に攻められ、城主元輝と嫡子元賢は共に壮烈な戦死を遂げ7日早暁ついに落城した。
その後、宇喜多直家の弟春家が城主となったが、関ヶ原合戦後に宇喜多氏が滅亡し、小早川・池田氏と移り、岡山城主池田氏の家老日置氏が入ったが、一国一城令により廃城となった(『城址案内板』より)。

北区役所(御津支所)前の城山が城跡で、支所前に登城口がある。桝形虎口、天守台など遺構が良好に残っている。

 

   

 (【左写真】天守跡(本丸内で一段高くなっている)【右写真】杉の木井戸跡)

登城道には散乱した石積みが…

 

   (2016年4月25日訪問)

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城と古戦場