亀山城

亀山城(★★ 岡山県岡山市東区沼)

亀山城は、城の本丸、二の丸のあった弁天山の形が亀に似ているところから名づけられた。沼城ともいう。小学校の所在地に西の丸、楢部に出丸があり、これらを総称して亀山城と呼んだ。

戦国時代中山備中守信正によって築城され、宇喜多直家が永禄2年(1559)浦上宗景よりこの城を賜り、新庄山城より移った。以来、直家の壮年時代活躍の拠点となった城跡である。
天正元年(1573)岡山城に移るまで14年間在城した。

慶長6年(1600)春、宇喜多氏にかわって岡山城主となった小早川秀秋によって廃城となり、亀山城の中心櫓(天王)は、岡山城表書院の段の大納戸櫓に、城門は秀秋の家老稲葉内匠頭本邸の表門に移築された(『城址案内板』より)。

浮田小学校北東の宗形神社のある丘陵が城跡で、明瞭な遺構は少ない。直家が備前中部の広大な穀倉地帯を手に入れ、急速に勢力を拡大することになった飛躍の地となった。

 

 

 

 (【左写真】本丸跡【右写真】本丸跡にある「直家飛躍の地」「秀家生誕地」の碑)

 

 (【左写真】本丸櫓台跡【右写真】西の丸跡(浮田小学校)

 (城址遠景)

   (2016年4月25日訪問)

 

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