丸山城

丸山城(★★ 三重県伊賀市下神戸)

天正三年(1575)、北畠具教が隠居城として築城するが、築城途中で具教は三瀬館へ引き上げ、織田信長・北畠信意(後の織田信雄で具教養子)に謀殺される。翌年、信意は伊賀郷士の伊賀国侵攻の手引きを受け、家臣・滝川雄利に丸山城修築を命じるが、完成直前にこれを知った伊賀郷士らに急襲され落城。

天正七年(1579)、信意が独断で伊賀へ侵攻するも敗走。信長より厳しく叱責される。

天正九年(1581)、北畠信意を総大将に5万の大軍で伊賀に侵攻し制圧。丸山城を滝川雄利に与え、伊賀国の守護とする。

天正十二年(1584)、小牧・長久手の戦いの後、滝川雄利が松ヶ島城へ移ったときに廃城となったとされる。

城跡は集落の中の丘陵にあり、道路脇の見逃しやすい登城口の案内表示に従って数分登ると本丸にたどり着く。本丸天守台に城址碑のみ残る。

 

 

 (【左写真】天守台跡。【右写真】天守台跡の城址碑。)

 

 (【左写真】郭跡にある小さな祠【右写真】道路脇にある城址までの案内表示)

  (2015年10月31日訪問)

 

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城と古戦場