大光寺城

大光寺城(★ 青森県平川市大光寺字三村井)

大光寺城は、新城、古館、小館、五日市館からなる。当地は新城跡であり、城域は、主郭・北の郭・南郭・袖郭の四郭からなっており、現在地は主郭(本丸)の内である。

 本城は、発掘調査により11世紀に築城された事が判明し、南部氏に支配が移ってからは滝本播磨守重行など数次にわたり城主の交替があった。

 廃城は、慶長十四年(1609)津軽佐馬之助健広が城主のときとされる。慶長15年の高岡城(現在の弘前城)の築城に伴い、本城は取り壊されたため、当時の遺構はないが、現在国の重要文化財に指定されている弘前城北の郭北門(亀甲門)は本城の追手門を移築したものであり、往時の偉容が偲ばれる(『城址案内板』より)

城跡は住宅地となっており、遺構は全くない。主郭部分に公民館と案内板がある。

 

 

(【右写真】現地案内図。【右写真】主郭跡の大光寺公民館。)

 

 (2015年8月25日訪問)

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