石巻城

石巻城(★★ 宮城県石巻市日和が丘2丁目)

文治五年(1189)の奥州合戦の恩賞として、源頼朝の家人葛西清重は、牡鹿郡ほか数か所の所領を給付されました。以後、天正十八年(1590)に豊臣秀吉によって滅ぼされるまで約四〇〇年の間、牡鹿郡は葛西氏の重要な所領であり、なかでも石巻の日和山は、その居城があったところという伝承が残っています。

しかし葛西氏の奥州における所領支配の実態は明らかではなく、その居城についてもはっきりしたことはわかりませんでしたが、昭和五八年(1983)の発掘調査によって、ここ日和山に大規模な中世城館があったことが確認されました。

この城跡が、葛西氏にかかわる有力な城館であることは間違いなく、石巻市のシンボル的な城跡、「石巻城」として長く保存することとなりました(『城址案内板』)。

現在は日和山公園となっているが、明瞭な遺構は残っていない。東日本大震災発生時、ここは住民の避難場所となった。

 

(【右写真】頂上部にある鹿島御児神社。【右写真】日和山公園内の城址碑。 

城址からの眺め(現在も空き地が多く残る))

 

 (2015年7月25日訪問)

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