高館

高館(★岩手県西磐井郡平泉町平泉字館前)

高館は北上川に面した丘陵で「判官館」とも呼ばれています。現在では、その半ばを北上川に浸蝕され狭くなっていますが、この一帯は奥州藤原氏初代清衡公の時代から、要害地とされていました。
 兄・頼朝に追われ、少年期を過ごした平泉に再び落ち延びた源義経公は、藤原氏三代秀衡公の庇護のもと、この高館に居館を与えられました。
 しかし、文治五年(
1189)閏四月三十日、頼朝の圧迫に耐えかねた秀衡公の子・泰衡の急襲にあい、この地で妻子とともに自害したと伝えられています(『高館・義経堂パンフレット』より抜粋)。

明瞭な遺構は確認できないが、館跡からは平泉随一の眺望が見渡せる。

 

 

(【右写真】高館登り口。【右写真】頂上部にある義経堂。仙台藩主伊達綱村が建立。義経木像を安置。 

 

(【右写真】松尾芭蕉句碑。この地を訪れ”夏草や兵(つわもの)共が夢の跡”と詠んだ。【右写真】館跡からの眺望。眼下に北上川が流れる。)

 

 (2014年9月24日訪問)

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