猫岳城

猫岳城(ネコダケジョウ☆標高120m、鹿児島県川内市高江町猫岳)は、高江町にあった山城。

天正十五年(1587)五月、豊臣秀吉の九州征伐において築城されたという。

先陣の小西行長らは薩摩川内に侵入したものの島津氏の抵抗が見られたため、この猫岳および北側の猪子岳に一夜城を造って周囲を睥睨したとされる。
さらに本隊は東側の安養寺ヶ岡(鉢巻城)に布陣して、一帯の丘に陣城を築いたという。(安養寺には安養寺丘古墳があった)
猫岳城の
現況は山林、寺社境内地(秋葉神社)であり、城の規模は150×300mの単郭、遺構として腰郭、空堀が比較的良好に残るという(『現地説明板』『鹿児島県の中世城館跡』)。

城跡はいかにも城山という形の「猫岳」の頂上にあったという。豊臣軍がここを物見番所として一時的に利用したというのは至極当然の地形である。また、北側の峰にも遺構があり、「猪子岳城」と呼ばれているようである。

 

 

(猫岳遠望)

 

 (2013年12月22日訪問)

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