長崎城

長崎城(★ 福井県坂井市丸岡町長崎)

養老五年(721)泰澄大師がこの地に阿弥陀堂を創建したのが始まりで、正応三年(1290)に称念坊兄弟等が伽藍を整備して、時宗の念仏道場となった。

 南北朝争乱記の延元三年(1338)に南朝方の新田義貞が灯明寺畷の戦いで戦死し、その遺骸は称念寺に運ばれて葬られた。その後、朝倉時代には寺境内は長崎城となり、一向一揆の戦乱に巻き込まれるが、近世になって徳川家や福井藩から手厚い保護を受け、現在に至る。

流浪中の明智光秀が門前に寺子屋を開いたと伝わり、元禄二年(1689)に松尾芭蕉が称念寺に立ち寄って明智夫妻を偲んで詠んだ句碑が残る(『称念寺案内』)。

城跡は現在も称念寺として残るが、遺構はない。

 

称念寺

新田義貞公墓所

松尾芭蕉歌碑

 

   (2013年9月22日訪問)

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城と古戦場