本保陣屋

本保陣屋(★ 福井県越前市本保町)は、越前国内の幕府直轄領を支配していた役所で、幕末の丹生郡や今立郡、大野郡などの175か村余、約5万石を統治していた。

享保六年(1721)に初めて子の地に設けられ、一時廃止されたが、延享元年(1744)に再び設置され、その後、明和四年(1767)に飛騨高山郡代の支配下におかれ、明治まで存続した。明治二年(1869)に本保県が成立すると。旧陣屋が県庁に当てられ、一部の建物を改修したり、新築して同四年7月に開庁した。しかし4ヵ月後の11月に本保県は廃止され、同六年ころまでに旧陣屋の建物は全て取り払われた。この図は、天明元年(1780)から寛政元年(1789)ころの「本保陣屋絵図」に基づいて、江戸時代の本保陣屋の建物の様子を復元したものである。

周囲に約4尺ほどの惣堀が廻り、土塀に囲まれた敷地は、東西約42間、南北方向は西辺が約40間、東辺が約28間、広さは1500坪余であった(『現地案内板』より抜粋)。

遺構は何もないが、跡地の一角に冠木門が復元されている。

 

(復元された冠木門)

 

   (2013年9月21日訪問)

 戻る

城と古戦場