東郷槙山城

東郷槇山城(★★ 福井県福井市南山町)

朝倉氏3代氏景の次男正景が、15世紀の前半、一条家の荘園であった東郷荘を預けられ、東郷下総守と称したが、槙山城はこの頃築城されたと思われる。

 文明三年(1471)の頃、朝倉氏が一乗谷に本拠を移してからは、その支城としての役割を担うようになった。尾根続きの御茸山までには大規模な4ヶ処の堀切があり、一乗谷と密接に結ばれていたことが知られる。

 朝倉氏の滅亡後、柴田勝家を経て、天正十二年(1584)に長谷川秀一が城主となり、東郷の地を治めた。秀一が朝鮮(文禄の役)で陣没した後、北庄城の丹羽長秀の次男長昌が城主となり、15万石を領した。

 現在も、山の尾根には大小の様々の郭(くるわ)が段上に数多く存在しているが、北東の郭群は朝倉氏時代の姿を残している。また、山頂の城台や千畳敷、二ノ丸などは長谷川氏の代に整備され、城台には石瓦の建物があったと推定される(『城址案内板』)。

城址は公園となっており、断片的だが土塁、堀切等の遺構が残っている。

 

 

(【左写真】下城戸に残る水濠 【右写真】下城戸石垣(谷の入口の防御施設にあたる)

 

(【左写真】城台に建つ長谷川秀一の碑 【右写真】城台からの眺望)

 

(【左写真】千畳敷跡(奥に土塁が残る) 【右写真】千畳敷脇の堀切跡)

(草が生い茂る郭跡)

 

   (2013年9月21日訪問)

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