福井城

福井城(★★ 福井県福井市大手3丁目)

ここは、福井城の本丸跡で、周囲の内堀は往時のままです。福井城は慶長六年〜十一年(160106)に徳川家康の次男、結城秀康によって築城されました。秀康時代の福井城の建物は寛文九年(1669)に焼失してしまいました。

 藩の権威を象徴していたのが本丸の北西隅に聳えていた天守で、高さが約30mという壮大な建物でした。中央には藩政において最も重要な本丸御殿がありました。北東・南東・南西の各隅には3つの櫓が建っていました。南側の御本城橋から本丸への正式な通路で、この橋を渡ると、本丸の正門である瓦御門がありました。西側には屋根付きの御廊下橋もかかっていました。現在の御廊下橋は平成二十年に資料に基づいて再建されたものです(『城址案内板』)。

本丸がそのまま県庁になっている珍しい城跡であるが、天守台や石垣が良く残っている。

 

 

(【左写真】天守台石垣(かつては4層5階の天守が造営された)【右写真】地名の由来と伝わる福の井)

 

(【左写真】大手門に通じる御本城橋【右写真】復元された御廊下橋)

 

   (2013年9月21日訪問)

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1601年に徳川家康の次男・秀康が築城した。いくつかの候補地があったが、北ノ庄城を拡大し、城下町もそのまま活用できる事から現在の場所に縄張りがされた。

本丸や二の丸は家康自ら縄張りを実施したという。本丸を中心に各丸が囲み、濠を幾重にもめぐらせた環郭式縄張り。建築にあたっては北ノ庄城から石垣を移行させた。

今は県庁などが建ち、石垣と水堀が遺構であるが、福井の中心地である事に変わりはない。

 

(【左写真】本丸石垣 【右写真】城址には県庁などが建つ)

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