白川関

白河関(★★ 福島県白河市旗宿字関ノ森)は、古くよりみちのくの関門として歴史にその名を刻み、また文学の世界では歌枕として数多くの古歌に詠まれた場所である。

 関の位置については久しく不明であったが、江戸時代後期、時の白河藩主松平定信の考証により、この地が白河関跡であると断定され、寛政十二年(1800)に「古関蹟」の碑が建てられ、今日に至っている。

 関が置かれた年代については不明であるが、延暦十八年(799)、承和二年(835)の太政官符には「白河剗」の名が認められることや歴史的な背景からみて、大火の改新以後の七・八世紀頃には存在していたものと考えられる(『城址説明板』より抜粋)。

白河神社脇に見事な空堀と土塁が残り、この地が古代に蝦夷の南下を防ぐために建てられた砦であったことが想像できる。

 

(案内図)

 

(【左写真】古関蹟の碑(松平定信により建立)【右写真】白河神社(伊達政宗が改築奉納したと伝わる)

 

(【左写真】広大な空堀)【右写真】土塁跡)

  (2013年4月28日訪問)

 

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城と古戦場