須賀川城

須賀川城(★ 福島県須賀川市諏訪町)

二階堂氏が戦国大名として台頭するのは、十二代二階堂行続、十三代二階堂為氏の時代である。『仙道表鑑』に「鎌倉公方足利持氏の時、奥州岩瀬郡を二階堂三河守行続に恩賜あり、須賀川城を築き在城す」とある。
その後、須賀川城は二階堂為氏によって、長禄年間(
14571460)、現在の市街地に改築された。このとき二階堂為氏は、陸奥守護職を務め、岩瀬郡のうち、約五万七千石を所領していた。

 為氏入城後の須賀川城は、現在の市街地全体に及んでいた。城の入口に当たる大手は本町、二の丸は中町、鍛冶町、東町、三の丸は上北町、搦手は北町、犬馬場は弘法坦を本城とし、要所に出丸を築いた。西に八幡崎館、南に方八丁館、東に古館を置き、愛宕山の城は、詰めの城としてもしものときに、援軍を待つ間、籠城する役割を果たすものであった。二階堂神社は、元の本丸の場所に当たっている(『城址説明板』)。

本丸に二階堂神社があるのみで、遺構はない。

 

主郭跡)

本丸の二階堂神社)

  (2013年4月28日訪問)

 

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城と古戦場