本宮城

本宮城(★ 福島県本宮市本宮字舘ノ越)は、室町時代から戦国期にかけて、菅森山から愛宕山にかけて畠山満詮により築城された。

畠山氏は後に鹿子田氏・本宮氏とも称したが、畠山本家との争いに敗れて岩城に逃れた。本宮氏と伊達政宗の親交は篤いものがあり、後に本宮氏は伊達氏の家臣となっている。人取橋合戦の際には伊達政宗が一時本宮城に退却している。

 主郭は花山公園一帯とみられ、数段の腰郭が認められる。安達太良神社の北東部は大黒山とも呼ばれるが、頂部に郭・低土塁・堀切など残存し、数段の帯郭が取り巻く。現在は本宮小学校の校舎とプールになっている地点にも居館跡があったと思われる。

 江戸時代以降は廃城となっていたため、畑などの耕作が進み、戦後は大規模な開発のために遺構の大半は消滅している(『城址説明板』)。

城跡は花山公園一帯となっている。土塁が僅かに残るが、他の遺構は確認できなかった。城址近くに人取橋古戦場跡がある。

 

主郭跡)

神社脇に残る土塁)

人取橋古戦場跡碑)

  (2013年4月27日訪問)

 

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城と古戦場