福島城

福島城(★★ 福島県福島市杉妻町)は、現在の福島県庁の地にありました。

この地は戦国時代までは、杉目城(杉妻城)又は、大仏城と呼ばれていました。「大仏城跡出土宝塔」は大仏城の由緒を示しています。応永二十年(1413)、伊達持宗が大仏城に立て籠もり、関東公方足利持氏に背いたとの記録があり、戦国時代末まで伊達氏の居城でした。

 豊臣秀吉の奥州仕置により、蒲生氏郷から信夫五万石を任された木村吉清は文禄元年(1592)頃、大森城から杉目城に移り、福島城と改称しました。しかし文禄四年、秀吉の命で福島城は取り壊され、その後当地は、上杉氏(15981664)、本多氏(167982)、堀田氏(16861700)が入部し、その間は幕領となるなど頻繁に領主が替わりますが、新たに城は築かれず、陣屋での支配が行われていました。

 元禄十五年(1702)、板倉氏が三万石で信濃から入り、福島城の整備が行われました。福島城の総面積は約25fで、天守閣はないものの三万石の大名の居城としては大規模なものでした。本丸は現在の知事公館付近、政務をとる二の丸は県庁舎付近にあり、城の南東を阿武隈川が流れ、その流水が内堀を巡っていました。藩主が住む殿中から眺めたお庭が現在の紅葉山公園です。また庁舎の南側には当時の土塁が残っています(『城址説明板』)。

城跡の大部分は福島県庁となっている。土塁や庭園跡等の遺構が残る。

 

 

【左写真】本丸御殿跡 【右写真】城址碑(城域の大部分を福島県庁が占める)

 

【左写真】県庁内に残る土塁 【右写真】紅葉山公園(二の丸御外庭と呼ばれた)

背後に流れる阿武隈川)

  (2013年4月27日訪問)

 

戻る

城と古戦場