桑折西山城

桑折西山城跡(★★★ 福島県伊達郡桑折町万正寺)は室町時代に築城され、奥州戦国大名、伊達稙宗・晴宗(奥州探題)の居城跡で、標高193mの高舘山を中心に位置し、本丸・中舘・西舘の三郭からなり東西880m・南北570mの自然の要害をなす中世山城です。

 陸奥国守護、伊達稙宗は西山城にあって天文五年(1536)伊達氏の分国法『塵芥集』を制定し、同十一年には稙宗と晴宗による「天文の乱」が起こり南奥羽諸大名と家臣を二分する大乱に発展し、西山城の攻防が繰り返されました。

 城跡には空堀・石塁・土塁・井戸跡などの遺構が良好に保存され、よく戦国時代の大名居城の姿をとどめる重要な遺跡です(『城址説明板』)。

観音寺脇に登城道がある。城域は広大で、時間の都合上、全てを見ることはできなかったが、遺構が良く残っている。

 

 

【左写真】本丸跡 【右写真】本丸跡から二の丸方面を眺める 

 

【左写真】空堀跡 【右写真】砲台場跡の土塁 

 

【左写真】大手門跡 【右写真】城址登城口。背後の山が城跡)

  (2013年4月27日訪問)

 

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城と古戦場