百目木城

百目木城(どうめき・☆福島県二本松市百目木字本館)は、永禄年間(155869)から天正十六年(1588)にかけて石川弾正及びその父摂津守が居城し、百目木・田沢周辺を領していた。

石川氏は天正八年(1580)、小浜城主大内定綱らとともに主家石橋氏を相馬に追い、同十三年(1585)九月、伊達政宗と大内定綱の戦の際に伊達方として戦功があり小手森城を与えられたが、小浜城主となった政宗の家臣、白石若狭の支配下におかれたのを不服とし、同十六年(1588)五月、相馬を後盾として政宗に反乱を起こした。石川氏はこの一戦で相馬に敗走し、その後会津の上杉氏に仕えるなどしてまた百目木に戻ったと云われる(『城址説明板』)。

国道459号沿いの保育所に説明板があり、背後の山が城跡だが登城口を探しきれず断念…。

 

城址説明板(背後の山が城跡)

  (2013年4月27日訪問)

 

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城と古戦場