小浜城

小浜城(★★★ 福島県二本松市小浜字下館) 

大内氏は、かつて福井県の小浜に居住していたが、晴継の代である応永年間(13941428)、東安達を統治していた石橋氏の家臣となり当地に移住した。そして、その子宗政が築城した折、地形が本国に似ていることから小浜城と名付けたという。

 その後、戦国の世に弱小の国人領主であった定綱は、大名領主であった伊達・芦名に交互に身を寄せては自分の安全を計っていたが、天正十三年(1585)伊達政宗に背いて芦名に属したことから攻撃を受け敗走した。そして政宗は、畠山氏が居住する二本松城の包囲戦を実行するため、当城に一年ほど在陣している。

 昭和五十六年(1981)三月の発掘調査によって、七棟の掘立柱建物跡が発見された、本丸東側(上段)では小規模な建物跡(物見櫓)を発見、西側(上段)では桁行18.5m・梁行9.2mの南北に庇、西に正方形の付属屋が付く本格的な、政宗の殿舎と推定できる建物跡を発見、軍事の中核拠点であったことが確認されている(『城址説明板』より)

城跡は公園となっており、蒲生氏時代の石垣などの遺構が残る。

 

 

 (復元推定図)

 

  (本丸の案内図)

 

 (【左写真】本丸(上段)櫓跡に建つ碑【右写真】本丸からの眺望)

 

 (【左写真】本丸に残る石垣(蒲生氏時代のもの)【右写真】本丸と二ノ郭の間の堀切)

  (2013年4月27日訪問)

 

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城と古戦場