金井原の戦い

 

金井原合戦(東京都小金井市)は武蔵野合戦の一部である。

武蔵野合戦は、南北朝時代観応の擾乱における合戦の一つ。1352正平7/文和元年)閏2月から3月にかけて、武蔵国相模国の各地において、足利尊氏北朝方の軍勢と、新田義興新田義宗南朝方の軍勢との間で行われた一連の合戦である(Wikipedia)。

新田義興ら南朝勢は、鎌倉街道を南下した。南朝勢には、尊氏に反発する直義派の武将も多く参加したと言われる。
尊氏は鎌倉を出て武蔵国狩野川に布陣し、南朝勢を迎え撃つ構えを見せた。南朝勢は閏
218日に一旦鎌倉を占領したが、閏220日金井原および人見原(東京都府中市)にて足利勢と合戦を行った。双方とも相当の損害を出したと言われる。一連の合戦により南朝方の関東での挙兵は短期間で鎮圧されたWikipedia)。

足利軍は破れ、石浜城へ敗走したといわれる。

昭和1134日に都史跡に指定。昭和34年、霊園通りと小金井街道の交差点に「史跡金井原古戦場」碑が建立されたが、平成15年、都道建設に伴い、野川緑地公園(前原町3−3)に移設された(小金井市HP)。

武蔵小金井駅から多磨霊園に向かう交通量の多い街道沿い(前原坂下交差点)に碑が建てられている。

 

 

平成26年9月14日訪問

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