TOPへ戻る スリーネーションズリサーチ株式会社 H16.8.30
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H16.8.30付
冒頭陳述要旨
講演会情報
H17.2.21
最終弁論弁論要旨の要約
H17.3.1付
最終弁論要旨補充
H17.4.7
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平成17年2月21日付弁論要旨(要約)

                          記
第1 緒論

本件は誤認逮捕に基づく不当な起訴であり被告人は無罪である。

1 当日の被告人の行動は,その目的と態様に照らせば誰しもがとり得る自然なものである。横浜の講演会場を出てから品川駅高輪口で志賀に逮捕されるまでの間の被告人の行動について,被告人の説明は終始一貫しており,且つ,客観的事実関係に沿うものである。

2 本件犯行を現認したとされる志賀の供述は,横浜で被告人を発見したときの状況から高輪署へ連行されたときの状況に至るまで,客観的な事実関係や同僚警察官末永の供述と矛盾すること甚だしいうえ,頻繁に変遷するものであり,全く信用性を見出すことはできない。特に,本件犯行を現認したという供述は虚偽以外の何ものでもない。

3 また,志賀による被告人の追跡及び逮捕は,先入観にとらわれた勘による推測のみに基づくものであり,志賀の供述を裏付けるような客観的な証拠は存在しない。いたずらに功をあせった警察官による誤認逮捕である。

4 以上のように,本件は公訴事実を証明し得る証拠が存在しないのにもかかわらず,検察官は,そのような客観的状況に目をつぶり,当日の被告人の行動が不自然だと決め付け,さらに,被告人の私生活をいたずらに暴露して被告人を悪性格な人物だという偏見を強調するだけである。検察官の求刑は証拠なしに有罪を求めるに等しい。

5 被告人を取り調べた高輪警察署の担当警察官は,その取調べにおいて,弁護権侵害,利益誘導,精神的心理的圧迫等の不当な方法を用いて,精神的混乱と錯誤に陥った被告人に虚偽の調書作成に承諾させたうえ,読み聞けも行なわずに捏造した調書に署名・指印をさせた。かかる調書の存在を拠り所に起訴したものであろうが,公訴事実を証明する証拠たり得ないことは明らかである。
以上の次第で,本件において公訴事実を証明する証拠は何もなく,被告人が無実であることは明らかである。


第2 被告人が横浜駅ビル「シァル」の書店へ赴いた経緯

1 書籍購入の予定

(1) 4月8日は被告人の長男の誕生日であり,家族で誕生日会を行なう予定だったが,前日の夜になって小学館発行の学習漫画「少年少女 日本の歴史」全23巻を第1巻より5〜10巻まとめて購入して誕生日のプレゼントにすることを被告人は妻と話し合って決めた。
  しかし,誕生日の会場も決まっていなければ,上記書籍を購入する書店も決めておらず,すべて当日に被告人が手配し用意することになった。 

(2) このような経緯があり,被告人は,4月8日午前10時50分頃に横浜の講演会場に到着した直後,自らの携帯電話から「104」番の番号案内に問い合わせてホテルオークラの電話番号を聞き,続けて同ホテルへ電話をしてレストランへ午後6時半に3名の予約をしたうえバースデーケーキの注文もした。

(3)横浜での講演を終えて講演会場のシェラトンホテルを出て,地下街を抜けてから,横浜駅西口の広場でスケジュールのチェック等をしてから,横浜駅の駅ビルの書店で目的の書籍を探して購入しようと考えた。
ここで,被告人が横浜の駅ビルで目的の書籍を購入しようと考えたのは、大きな駅の駅ビルやデパートには大規模な書店のあることが多く,目的のような書籍は大規模な書店の学習参考書のコーナーでなければ販売されていないと考え、品川駅には目的の書籍が売られているような規模の書店がないことは知っており、横浜で購入できれば品川駅からタクシーで自宅へいったん帰り,自宅に書籍を置いてしまえば,その後,大学へ行き心置きなく用事を済ますことができたからである。

2 アタッシュケースをコインロッカーへ預けた理由

そこで,被告人は,駅前広場から駅ビル1階へ入り,すぐに見つけたコインロッカーへアタッシュケースを預けた。
アタッシュケースをコインロッカーへ預けたのは次の理由による。

(1) 当日のアタッシュケースは6〜7キログラムの重量があったうえ,購入予定の書籍も5〜10巻で2.4〜4.8キログラムの重量があった。

(2) 時間的な余裕がなかったのに,書店に心当たりがなかったため,数件の書店を素早く探し回るためには身軽になろうと考えた。
(実際には転々と探し回らなかったが,その理由は書店に向かう途中で尾行者に気付き嫌気がさしたからであり,その事情は詳細に後述する)

(3) 因みに,志賀は被告人がシァルの上りエスカレーター上で盗撮行為に及ぶものと思い込んだと供述しているが,もしも被告人にそのような目的があれば,アタッシュケースをコインロッカーへ預けたことは説明が付かない。理由は以下のとおりである。
@ アタッシュケースは,他人の視界を遮るためにはうってつけの道具となる。
A 発覚した場合に逃走しようとしても,アタッシュケースをコインロッカーに預けたままであれば容易に逃走できない。アタッシュケースには,携帯電話,予定表,講演資料等の重要な所持品が入っていた。逃走途中でコインロッカーへ寄って回収することは逃走を困難にするのである。犯罪を企てていたとすれば発覚したときの逃走の方法や経路を事前に考えるのが自然であり一般的なことである。


第3 横浜駅ビル「シァル」内における被告人の行動の目的と態様

1 2階から3階へ向かう上りエスカレーター上

(1)被告人の実際の行動態様
@ 当日午後2時10分頃,被告人は,コインロッカーへアタッシュケースを預け終わると,フロア案内図に表示されている駅ビル「シァル」5階の書店に向かうため,同ビルの中央の上りエスカレーターで2階まで上がった。しかし,そのエスカレーターが2階で途切れていたため,さらに上層階へ向かうため,人の流れについて右回りに移動し,3階へ向かう上りエスカレーターの乗り口へ着いた。
A 人の流れについたままエスカレーターに乗ったので,被告人の前には4人ほどの買物客が列を成すようなかたちでエスカレーターに乗り3階へ向かった。

(2) 志賀の目撃供述の矛盾と不合理性
@ 客観的な目撃状況(場所と位置関係)
 志賀が最初に被告人を目撃したのは,横浜シァル内の3階から2階へ向かう下りエスカレーター上のちょうど中間地点であった(第2回志賀12頁「ちょうど真ん中辺りですね」)。
このエスカレーターは,下りエスカレーターと上りエスカレーターが真ん中で交差するように設置されている。そのうえ,2階の上りエスカレーターの乗り口付近は,志賀がいた下りエスカレーターの中間地点からは,進行方向とは逆の左後方に位置するが,左側は,4階から3階へ向かう下りエスカレーターと,2階から3階へ向かう上りエスカレーターがあるため,視界を大きく遮れてしまう。つまり,この4階から3階へ向かう下りエスカレーターと,2階から3階へ向かう上りエスカレーターとの間にできた隙間からでなければ,志賀の下りエスカレーターから被告人がいたとされる上りエスカレーターの乗り口を目撃することはできない位置関係にあった。
このような構造上の理由から,下りエスカレーター上の志賀が,上りエスカレーターの乗り口付近にいた被告人を目撃することができるのは,両方のエスカレーターが交差する中間地点以外にはあり得ないし,その中間地点以外の場所からは上りエスカレーターの乗り口付近の被告人を目撃することは不可能な客観的状況にあった。
A 志賀の目撃方法・態様(目撃の可能性と程度)
では,このとき志賀は実際にどの程度被告人の様子を目撃することができたのであろうか。

(a) 前述のエスカレーターの構造上の特徴ゆえに,志賀は下りエスカレーターの手摺りより外側へは顔を出すことができなかった。手摺りベルトから顔を出すと挟まれる危険があるからである。志賀も,「エスカレーターの外に顔を乗り出しては見ていません」「(振り向いたぐらいですか。)そうです。」(第2回志賀35頁)と供述しており,平成16年6月3日に実況見分が行われた際,志賀は当時の目撃状況を再現したが全く顔を乗り出していない(甲31添付写真8)(但し,この写真は故意的に被告人がいたとされる場所とは違う場所―よく見える場所―から撮影されたものであり,実際に被告人がいたとされる場所(同添付写真4参照)からはこれほど志賀の姿はよく見えない。なお,このような意図的な撮影写真の使用は,高輪署における被告人取調べの責任者である松田が作成した実況見分調書(甲4,甲7,甲31,甲32)に共通する手法である)。

(b) しかし,このような位置関係において志賀が被告人を目撃した状況というのは,例えば,センターライン沿いに対向車とぎりぎりすれ違った自動車の運転手が,バックミラーを使わず窓から今しがたすれ違った対向車を振り向くようなものである。エスカレーターの手摺りベルトから上半身(少なくとも頭部)を乗り出して後方を振り向かない限り,被告人を注視することはできない。

(c) 志賀は,エスカレーターの手摺りベルトから顔を乗り出すこともなく4〜5秒間も被告人を観察することができたと説明しているが(第2回志賀21頁),実際には,当該エスカレーターの設置構造上の問題があるため,志賀から被告人を目撃できるのは僅か1〜2秒間にすぎないから(弁3「写真撮影報告書2」写真21〜24,弁4「写真撮影報告書3」写真17〜20),被告人の目付きまで観察できる時間的余裕はない。しかも,被告人の前にエスカレーター利用客が列をなして乗っていたのであるから,そのときの志賀が被告人の様子を観察することは不可能に近い。志賀の説明によれば,下りエスカレーターの乗り口を振り向いたときに女子高校生は上りエスカレーターに乗って間もなくだったが,被告人を観察しているうちに志賀とすれ違ったと説明している(第2回志賀14頁)。しかし,志賀がエスカレーターの中間地点に停止して留まらない限り,このような状況が起きることはあり得ない。上りエスカレーターは片道18〜19秒間のスピードで動いているから,上記の女子高校生の移動には少なくとも7〜8秒間を要するからである。繰り返して述べるが,志賀がエスカレーターの中間地点から被告人を観察できたのは僅か1〜2秒間にすぎないのである。

(d) また,女子高校生は二人連れであり,その女子高校生の後ろにはエスカレーター利用客が2人(志賀と末永の説明によれば3〜4人)いたのであるから,さらにその後方に位置する被告人を観察しようとしても十分な観察はできない。そのエスカレーターの撮影画像(例えば「写真撮影報告書3」添付写真23(弁3))に撮影者の間近まで4名(志賀と末永の説明によれば6〜7名)の者が列をなして乗っている状況を想定すれば,その後方の被告人の様子を観察することが難しいことは容易に想像できる。
  ところが,志賀は,上述のような不合理な説明に加えて,さらに被告人が手ぶらで左手に何かを握っていたが右手は何も持っていなかったという詳細な様子まで目撃したと説明するが(第1回志賀6),志賀がそこまで被告人を観察することは不可能であり志賀の証言は全く信用できない。

(e) また,このとき目撃した被告人の様子について,志賀の供述は次のように変遷し,且つ,極めて曖昧である
 
イ 平成16年4月20日に東京区検察庁において,志賀は検察官に対して,被告人を追尾することを決めたのは3階に向かうエスカレーターに乗った被告人が顔を右横に出して前方の女子高校生に関心を持ち視線を送っている様子だったので被告人が盗撮かのぞきを企てているように感じたからであると説明していた(甲1検面調書)。

ロ さらに,第1回公判で検察官の質問を受けた志賀は,上記供述内容に沿うように,被告人の目線が上を向いていて女子高校生の姿を見ていたように思ったと証言した(第1回志賀6頁)。

ハ ところが,第2回公判廷において,志賀は以上の説明は被告人が3階から4階へ向かう上りエスカレーター上で目撃された行動であり,2階から3階へ向かう上りエスカレーター上での行動ではなかったと供述を覆し,上りエスカレーターに乗ってからの被告人の目線は,上方にいた女子高校生を見ている様子ではなく(第3回志賀61頁),ただ「上を見ている,上目遣いだった」だけにすぎないと説明するようになった(第2回志賀17頁)。志賀は,被告人が女子高校生に視線を送り盗撮か覗きを企てていたので追尾を開始したと検察官に説明したのは記憶違いであったのでこれまでの供述や証言は訂正すると断言した(第2回志賀18頁)。
そうであれば,被告人はただ上方を向いていたから犯罪者だと疑われたことになる。上方といっても上りエスカレーターの進行方向にすぎない。時間がなく先を急いでいる者であれば誰でも取るような普通の行動であり何ら不自然なところもない。結局,志賀は被告人を疑った理由は「直感でしかない」と説明しているが(第2回志賀23頁,第1回志賀6頁),このような志賀の捜査は,先入観にとらわれ勘による推測のみに頼る捜査に他ならず,これは,警察官が犯罪捜査を行うに当たって守るべき心構え,捜査の方法や手続等に関する規範を定めた「犯罪捜査規範」(平成10年3月19日国家公安委員会規則第8号)第4条2項で禁止されている捜査であり不当極まりないものであるのに,しかもそれを志賀は公然と言ってのけるのであるから,もはや捜査官としての適性を疑われても仕方のない態度である。

(f) なお,志賀の直後を付いていた末永は,志賀が下りエスカレーターの中間地点で上りエスカレーターの乗り口付近を振り向いて観察していた様子は見ていないと述べている(第4回末永25頁)。
 結局,志賀が下りエスカレーターから被告人を目撃したという供述自体に信憑性がない。被告人の目つきが怪しかったというためには,被告人を前方から目撃した状況がなければならないので,このような事実に反する無理な供述をしているものと思われる。

B 志賀の移動(追尾開始)の態様

(a) 志賀は,下りエスカレーター上の中間地点から,上りエスカレーターの乗り口付近に立っていた被告人がエスカレーターに乗るところを観察し,怪しいと思い込み追尾するためにエスカレーターを2階で降りてから反対側に位置する上りエスカレーターまで移動して乗り込んだ,ということである。

(b) しかし,2階で上りエスカレーターに乗り3階に到着するまでには18〜19秒間かかるのであるから(第2回志賀30頁,弁3,弁4),下りエスカレーターの中間地点から2階へ降りて上りエスカレーターの乗り口へ到着するまでには8〜9秒間を要する。
この下りエスカレーター上の状況について,「あなたの前は,だれかお客さんがいましたか」と弁護人から質問を受けた志賀は「いたと思います」と即答し(第2回志賀13頁),さらに「あなたの前にはお客がいたんでしょう」と弁護人が念を押すと志賀は「はい」と即答した(同30頁)。従って,志賀が下りエスカレーターを2階で降りたのは被告人を発見した時点から8〜9秒経過後となる。なお,志賀に続いて証言をした末永は,志賀の前に客はいなかった,志賀が足早に下りて行ったという証言をしたが(第4回末永3頁),末永の証言には矛盾や変遷が多々見られ,記憶も曖昧だと述べるほどで信用性がない。
さらに,志賀は下りエスカレーターの降り口から,右側のシャツ販売店「ボンサンス」の横を回り込むようにして上りエスカレーターの乗り口まで移動したが(第2回志賀31〜33,同調書添付略図2志賀記入部分),この経路は足早に歩いても実際に12秒間を要する。この移動に要する時間について,志賀は2〜3秒間だと供述するが(第2回志賀33頁),まるでホップ,ステップ,ジャンプと跳ねたと説明するようなものであり事実を無視した全く荒唐無稽な説明である。末永はこのときの状況について「右回りに,足早に2階から3階のエスカレーターのほうに歩いていきました」(第4回末永24頁),「2,3秒じゃあ乗れないと思いますね」(同26頁)と説明している。とすれば,志賀が被告人を発見してから上りエスカレーターへ乗り換えるまでに合計20〜21秒間を要し,他方,エスカレーターに乗った被告人は18〜19秒間で3階へ到着した後4階へ向かう上りエスカレーターへ乗り換えている。
因みに,志賀は,上りエスカレーターに乗り込んだとき,被告人は3階に着く少し手前だったと説明しているが(第1回志賀7頁),被告人がエスカレーターの乗り口付近からその位置に至るまでには15〜17秒間を要すると推測され,志賀も14〜15秒を要したように説明している(第2回志賀34頁)。しかし,もしも志賀が下りエスカレーターを足早に降りてから2階のフロアを走って移動したのであれば,これほどの時間が経過している訳はなく矛盾する。

(c) なお,志賀が供述内容を変えたことに応じるように,末永の説明は曖昧なものになった。末永は,捜査報告書(甲3)では,2階の上りエスカレーターの乗り口付近からエスカレーター上の被告人を見ると体を左右に振るようにして女子高校生に視線を送っており,同様に3階から4階へ向かうエスカレーター上でも同様に女子高校生へ視線を送っていたとはっきりと記載していたが,第4回公判では,「現時点では,ちょっとよく覚えていないので自信がありません」(第4回末永7頁)と述べたり,弁護人から「被告人が体を振るような格好で上を見ていたというのは,その時点で分かりましたか。」と聞かれると「2階から3階の時点では,上を向いている程度は分かったと思います。」(第4回末永27頁)と曖昧な返答をするようになった。

(d) なお,志賀が,2階で上りエスカレーターに乗った時点で被告人は3階に着く少し手前にいたというのであれば(第1回志賀7頁),その被告人からさらに2人(志賀と末永の説明によれば3〜4人)の客を置いて前方にいた女子高校生はとっくに3階へ到着して4階へ向かう上りエスカレーターに乗り換えてしまっている。
  末永も,女子高校生がいたかどうかはっきりしない,せいぜい前にお客がいた程度の記憶しかないと説明している(第4回末永8頁)。被告人を初めて目撃したときに怪しいと感じて志賀と追尾開始したというのであれば,その状況が強く印象に残っているはずなのにその記憶が曖昧だというのは不自然極まりない。

C 小括
志賀と末永の説明は曖昧なところが多く,矛盾や訂正も多々ある。仮に,平成16年4月16日に末永が作成した捜査報告書(甲3)に当時の記憶内容に近いものが記載されていると評価されるとしても,そこには,志賀が被告人に注意を向けたことを末永が気付いたのは「2階の上りエスカレーターの乗り口前を通過する際」だったと記載されている(甲3‐2頁)。この報告書には,志賀が下りエスカレーターの中間地点で突然足早に下り出したという記載もなければ,2階のフロアを走って上りエスカレーターに乗り込んだという記載もない。
以上により,志賀が2階の上りエスカレーターの乗り口へ到着した時点で,被告人はすでに上りエスカレーターを3階で降りて4階へ向かう上りエスカレーター上に乗り換えていたことになる。
そして,志賀と末永は,エスカレーター上で前に利用客が乗っていたために,被告人との距離を詰めることができないまま3階へ到着したから,その時点で被告人は既に4階へ着いていた。
2 3階から4階へ向かう上りエスカレーター上

(1) 被告人の実際の行動態様

@ 3階で,被告人は前にいた客に続いて列をなすようにして4階へ向かう上りエスカレーターに乗り,そのまま4階のフロアへ到着していた。

A 被告人が,4階で5階へ向かう上りエスカレーターへ乗り換えようとしているとき,下の階の3階で上りエスカレーター乗り口付近に志賀と末永がいて,エスカレーターの隙間から上方を見上げるようにしているのを発見した。被告人としては,そのときの志賀や末永の行動や目つきが通常の買い物客とは雰囲気が異なる異様さを感じて不審に思った。

(2) 志賀の目撃供述の矛盾と不合理性

@ 志賀と末永が3階で上りエスカレーターに乗った時点で,被告人はそのエスカレーター上にはいなかったから,両名が被告人の様子を目撃した事実はない。
ところが,志賀は,上りエスカレーターに乗った時点で被告人が同じエスカレーターの上の方にいたと説明しているが(第2回志賀37頁),この説明は全く信用できない。つまり,前述のとおり志賀が2階で上りエスカレーターに乗った時点で被告人は既に3階に着いていたし,エスカレーターを利用していた者全員が,位置関係も距離関係も変えないまま2階から3階へ向かう上りエスカレーター上から,3階を経て4階へ着くまでそのまま移動していたからである。
仮に,志賀が2階で上りエスカレーターに乗った時点で被告人は3階に着く少し手前にいたという志賀の証言(第1回志賀7頁)を前提としても,そのまま移動している限り,志賀が3階で上りエスカレーターに乗った時点で被告人は4階に着く少し手前にいたということになる。そうであれば,このときも,その被告人からさらに3〜4人の客を置いて前方にいた女子高校生はとっくに4階へ到着して5階へ向かう上りエスカレーターに乗り換えてしまっている。それにもかかわらず,志賀は,被告人が体を右横にずらして女子高校生のスカートの中を見ているのではないかと思ったと述べるが(第1回志賀7〜8頁),すでに同じエスカレーターに乗っていない女子高校生を覗き見ることは到底不可能である。このような客観的な事実を無視した自己矛盾供述には全く信用性がない。

A このときの被告人の様子について,志賀は被告人が体を右横にずらしていたと説明しているが(第1回志賀7〜8頁),末永は体を左右にふるような感じだったと説明しており(第4回末永5頁),両者の説明は相反し矛盾する。

3 4階から5階へ向かう上りエスカレーター上

(1) 被告人の実際の行動態様

@ 4階のフロアに着き,5階へ向かう上りエスカレーターに乗り換える際,被告人は,下の階の3階のフロアの上りエスカレーターの乗り場付近に,志賀と末永がエスカレーターの隙間から上方を見上げるようにしながら,4階に向かう上りエスカレーターに乗ってくるのを発見した。志賀と末永の目つきや行動は異様さを感じさせるようなもので,周囲の一般の買い物客と雰囲気が違うため,特に被告人の注意を引いた。志賀も,自分たちが不審に見られるような状況だったことを自ら認めている(第2回志賀40頁)。

A 4階のフロアでは,被告人のすぐ前にいた2人(志賀と末永の説明によれば3〜4人)の買い物客がエスカレーターを降りて店舗の方へ行ったので,被告人は5階へ向かう上りエスカレーターに乗ってから何段か歩いて上がり女子高校生スペースを詰めた。女子高校生から4,5段下まで来たときに,女子高校生は5階へ到着してそのまま右手方向へ進んだ。被告人は5階で降りて書店へ向かった。

(2) 志賀の目撃供述の矛盾と不合理性

@ 志賀の前にいた2人のエスカレーター利用客は,引き続き4階から5階へ向かうエスカレーターに乗ったため,志賀と末永は被告人との距離を詰めることができないまま5階に着いた。この2人の客が志賀の直前にいたため,志賀は「私の位置からは,植草の様子がよく見えませんでした。」とも述べている(甲1‐3頁)。
  つまり,志賀が被告人との距離を詰められない間に,被告人は前にいた客がいなくなったためエスカレーター上を数段歩いて進み,志賀との距離は開いてしまった。その結果,志賀が4階に着いたときには被告人は既に5階に着き書店に向かって進んでいたことになる。志賀は,2階で上りエスカレーターに乗ったときから5階でエスカレーターを降りるまでの間,ずっと客の後ろに着いたままであり,被告人との距離を詰めた事実もない。仮に,2階で上りエスカレーターに乗ったとき被告人は3階へ着く少し手前だったというのであれば,被告人が5階へ向かう上りエスカレーター上で数段ステップを歩いて上れば,志賀が4階に着いたとき被告人は既に5階に着いていなければならない。

A 志賀は4階で上りエスカレーターに乗っているときに,被告人の様子を目撃していたと称して,被告人が女子高校生の後方へスッと付き,右足を一段上に乗せ,肘の先が見えない程度に右肘を曲げて下を向いていたと詳細に説明し,カメラ付き携帯電話で盗撮していると思った旨述べるが(第1回志賀9〜11頁),以上のように志賀が被告人をここまで詳細に目撃できた状況はない。

B さらに,志賀は5階で降りた被告人がどのような経路を歩いて書店へ行ったかについても,同様に目撃できないはずである。志賀は,5階でエスカレーターを降りた被告人がまっすぐ書店に向かわず女子高校生の後をつけてアクセサリー売場の横を通るようにしてから書店に向かったと説明し,いかにも被告人がおかしな行動をとっていたかの如く印象付けようとしているが信用できない。志賀の直後を付いていた末永が,5階でエスカレーターを降りたとき,書店に向かって歩いている被告人を目撃したと証言していることからも(第4回末永29頁),志賀の上記説明が虚偽であることは明らかである。

4 5階の書店における状況

(1) 被告人の実際の行動態様
5階へ到着した被告人は,左手方向に書店を発見したのでまっすぐその書店へ向かった。この書店は,被告人が想定と異なる小規模な書店だったので「こんな書店に捜している本があるだろうか」という疑念を抱きながら,陳列棚を縫うようにして書店内を探して歩いたが,目当ての本が置いてありそうなコーナーは見つからなかった。売り場の大半をコミック本が占めているような書店だったため「どうもこれはだめだな」と思った。そこで被告人が店員に尋ねようとした矢先に,志賀か末永がまるで被告人のあとを追うかのように書店に入ってくるのが見えた。被告人は,言いがかりをつけられるのではないかという不安感と不快感を抱き,横浜での本の購入を中止して東京で購入しようと思い,その書店を出て駅へ向かった。

(2) 志賀と末永の目撃供述の矛盾と不合理性

@ また,被告人が本を探した書店には,人の背丈ほどの書棚が並んでおり,書棚の間を縫うように歩いて本を探している被告人を観察しても,その頭が見える程度である(第4回末永30頁,甲31添付写真21〜22,弁2添付写真12)。しかも,志賀も末永も書店から相当離れた場所から書店内の被告人を観察していたのであるから(甲31添付写真18〜19における志賀と末永の佇立状況),被告人の目線の動きまで目撃できるわけがない。通路からでも書店の中は一目瞭然で全部見えるという志賀の説明(第2回志賀46頁)は全くの虚偽である。
  志賀と末永が,遠巻きにしてこの書店内の被告人を監視していたのは,出てきた被告人がもう一度ビルの下の階へ戻り上りエスカレーターに乗り直すのではないかと疑い,その被告人を追尾し直そうと考え被告人が書店から出てくるのを待っていたにすぎない。

A また,被告人は,当該書店に学習書のコーナーが設置されていないことで半ば諦めていたから,仔細に本を探すような素振りをしていない。仮に志賀がこのような被告人の様子を目撃しても,間違った先入観を抱いていれば誤解に誤解が重なったことはあり得ることである。


第4 横浜駅構内における被告人の行動

1 被告人はシァル5階の書店からコインロッカーへ戻り,アタッシュケースを出してJR横浜駅の構内へ入った。改札口を入場したのは午後2時15分頃であり,志賀が被告人を最初に発見したとされる午後2時10分頃から僅か5分後のことである。横浜から品川へJRを用いて戻るためには,東海道線,横須賀線,京浜東北線のいずれかを利用することができるが,横浜駅の発車予定列車の掲示板は,品川方面だけをまとめて表示するものがなく,各ホーム別に列車2本ずつの予定が表示されるだけある。そこで,あまり横浜駅を利用したことのない被告人は,少しでも早く東京へ戻ろうと思い,発車時刻の掲示板を見ながら横須賀線,東海道線,京浜東北線の上り線のホームを渡り歩くようにして移動したが,その途中で不審な男性に思えた志賀らを再び発見し,階段下の目立たない場所で列車到着を待つことにした。被告人が改札口を入場したのは午後2時15分頃であり,乗車した京浜東北線の発車時刻は午後2時22分である。その間は僅か7分間にすぎない。

2 志賀は,このときの被告人の行動に不審な点があったと述べているが,被告人が慣れない横浜駅で少しでも早く品川へ帰ろうとしていたこと,志賀や末永から追尾されていることを知って強い嫌悪感と不安感を抱いていたこと,顔や名前が世間に知れ渡っているために目立ちたくないという気持ちを抱いていたこと等の事情に鑑みれば,被告人の行動には何一つとして不自然なところはない。

3 志賀や末永は,被告人が不審な行動をとったと説明するが,それはあくまでも両名が誤った先入観に基づくものであり,上記の被告人の事情を知らないが故の誤解にすぎない。


第5 JR品川駅における被告人の行動の目的と態様

1 品川駅構内での被告人の行動
 被告人が乗車した京浜東北線は午後2時49分に品川駅に到着した。品川駅で列車を降りた被告人は,山手線で高田馬場まで行き,早稲田大学で用事を済ませてから,新宿の紀伊国屋書店で子供の誕生プレゼントの本を購入しようかと考えながら,いったん山手線のホームへ移動した。しかし,本を買うと荷物になることを危惧して,ホーム上で逡巡しているところへ,渋谷・新宿方面行きの2時52分発の山手線外回り電車がホームに到着した。被告人は乗ろうかどうかと迷った挙句,いったん自宅に戻ってから自家用車で移動しようと思い直し,山手線に乗らず品川駅の改札口を出た。

2 品川駅の改札口を出てからの被告人の行動

(1) 改札口を出てから左手の高輪口の方向にある公衆電話の設置場所へ向かった。公衆電話が置かれている台の上にアタッシュケースを乗せて開け,2時55分,携帯電話を用いて知人へ電話をした(甲39別紙1番号7,甲40(開始時刻14:55:01))。電話の目的は,当日,同氏へ推薦状を送ることになっていたので送付先の住所を問い合わせたのだが,あいにく留守番電話であったためメッセージを残した(甲40(通話時間35秒間))。電話の後で,アタッシュケースの中を探したが同氏の住所が判明しなかったのでアタッシュケースを閉めてから,タクシーに乗って自宅へ帰るために高輪口の下りエスカレーターに乗り1階へ下りた。

(2) エスカレーターを下りた被告人は,タクシーに乗るために品川プリンスホテル前の横断歩道の方向へ6〜7メートル移動したが,少し進んでから,やはりタクシーに乗る前に知人へ電話をしておこうと思い,大きく右側にUターンしながら,アタッシュケースを置いて携帯電話を取り出すことのできる場所を探しながら移動した。知人へ電話をする目的は,予定されていた講演会の日程打ち合わせと,4月11日のゴルフの予定確認をする必要があり,当日も知人から連絡をするようにという留守電メッセージを受けていたからである(甲39別紙2番号9及び13)。
しかし,人通りが多いこともあり,アタッシュケースを平らな場所へ置いて開くことのできる適当な場所が見つからなかったので,たった今電話した改札口横の公衆電話のところで電話しようと考え,上りエスカレーターへ向かった(第6回被告人1〜3,6〜7頁)。その移動経路は第6回被告人調書添付「別紙3-1 現場の見取図」へ被告人が記入した矢印のとおりであった。

3 志賀の目撃供述の矛盾と不合理性

(1) 志賀は,品川駅構内において被告人が不審な行動をしていたと述べるが,誤った先入観に基づくものであり,被告人の事情を知らないが故の誤解にすぎない。

(2) 品川駅の改札口を出た時点で,志賀も末永も被告人を見失ったという。しかし被告人は改札口横の公衆電話が設置された場所で携帯電話を使用して電話をしていたものであり,特に逃げ隠れしていたわけではない。いかに志賀と末永が捜査官としての注意力に欠けていたかが明瞭に分かる出来事である。

(3) 志賀は,高輪口の下りエスカレーターに乗った時点で被告人が柱の傍ら(第6回調書添付「別紙3-1 現場の見取図」A地点)にいたところを目撃したと言い,あたかも被告人が本件犯行の機会をうかがっていたかのように説明しようとしているが,自己矛盾の説明であるうえ説明内容が客観的状況に反する。以下その理由を詳論する。

@ まず,志賀は,エスカレーターを降りてそのままタクシー乗場の方向へ移動し,案内掲示板の前(甲7別紙3-1「現場の見取図」B地点)で停止して被告人を観察していたと説明している。しかし,志賀がいた場所(B地点)からは,被告人がいた場所(A地点)は柱の陰になってしまい被告人を見ることができない(弁14「写真撮影報告書7」添付写真3)。

A この柱の傍らで,立ち止まっていた被告人が手に何かを所持していたかどうかについて志賀の説明は三転した。即ち,第1回公判で検察官に質問されると,アタッシュケースを下に置いていたような気もするがよく覚えていないと証言していたのに(第1回志賀証言36頁),第3回公判で弁護人から質問されると,アタッシュケースは地面に置いていたと断言したものの(第3回志賀証言18〜19頁),志賀がいた位置からでは柱の死角になって被告人は見えないのではないかと弁護人から追求されると「ちょっとはっきりしない」と曖昧な答えに転じてしまった(第3回志賀証言20頁)。これまた記憶に基づかない誤った説明をしている証拠である。
  仮に被告人が本件犯行の機会を狙っていたとすれば,咄嗟に対象となる女性に接近するためにはアタッシュケースを地面に置いていると迅速な行動がとれず間に合わなくなる。その意味でも志賀の説明は矛盾する。

B 被告人の移動経路は,同人が第6回公判において説明したとおりである。このことは,末永が被告人を見失った事情から裏付けられる。とすれば,被告人は,同調書添付「「別紙3-1 現場の見取図」ロ地点から上りエスカレーターへ向かって移動したのであるから,被告人が前記A地点にいたという志賀の説明は間違いであり矛盾する。何よりも,被告人が前記ロ地点でもA地点でも立ち止まった事実はない。

C 志賀は,被告人が前記A地点に立ってエスカレーター方向を見ていたと説明しているが(志賀第1回36頁),被告人が本件犯行を企てていたとすれば,A地点で対象となる女性を発見し(その情景について弁14「写真撮影報告書7」添付写真5参照),急いで女性に駆け寄ってもその女性の直後に付いてエスカレーターに乗ることは不可能である。ただ間に合わないという距離的な困難性ばかりでなく,京浜急行や路線バスの乗り換え等で人ごみの多い場所であるから,次々と利用者がエスカレーターに乗り込んでいる状態では,狙った女性の直後に付くことが困難である。
  志賀や末永が簡単に被告人を見失ったことからも,当時は通行人が多く混雑していたことは明らかである。

D ことさら被告人が逃げ回っていたわけでもないのに,品川駅の改札口で志賀も末永も被告人を見失い,末永はエスカレーター上で被告人を発見したのにもかかわらず再び見失っているというような状況からすれば,志賀も,エスカレーターを降りた被告人を再び見失ったというのが真実であろう。
被告人が,知人へ電話しようと引き返したタクシー乗場の近くの地点(第6回調書添付「別紙3-1 現場の見取図」イ地点)は,エスカレーターの降り口付近からはコーヒーショップの陰になり見えなくなってしまう(同見取図,弁5「写真撮影報告書4」添付写真5参照)。志賀がエスカレーターを降りたときに被告人が前記A地点に立っていたというのは虚偽説明であり,真実は,志賀は再び被告人を見失い,被告人が移動してきたと思った前記B地点で,上りエスカレーターに乗り込んだ被告人を再度発見したのであろう。そのように考えなければ志賀や末永の行動及び自己矛盾の供述は説明が付かない。

4 末永の目撃供述の問題点

(1) 下りエスカレーター上の被告人を発見して追跡した末永が,エスカレーターを降りた被告人を見失ったことには重要な意味がある。

(2) 末永が下りた階段からエスカレーターを見たときの情景は,弁護人撮影による「写真撮影報告書4」(弁5)添付写真11〜13のとおりである。即ち,エスカレーターと階段とではかなりの高低差があるうえ背丈ほどの仕切りがあり,階段を通行する者からはエスカレーターの利用者をよく見ることができない。さらに,末永はこの仕切り沿いに階段を下りたようであるから,仕切りが視線を遮りエスカレーターの利用者をよく観察することは困難になる。

(3) 仮に,被告人がエスカレーターを降りてから,志賀が目撃したという柱の傍ら(第6回調書添付「別紙3-1 現場の見取図」A地点)へまっすぐ移動していたら,階段を下りてきた末永にすぐ発見されていなければならない。末永は下りエスカレーターに乗っている被告人を発見し,そのエスカレーターと並行する階段を下りて行ったからである。しかし,末永が被告人を見失ってしまったのは,エスカレーターを降りた被告人がいったんタクシー乗場の方向(末永が階段を下りた場所と反対の方向になる)へ進んだために末永の視界から消えたものに他ならない。被告人の説明が事実に基づき正しいことの証左である。

(4) また,エスカレーター周辺が多数の通行人で混んでいなければ末永が被告人を見失うことはあり得ない。

5 小括
 以上のとおり,被告人をエスカレーター上からずっと観察していたという志賀の説明は客観的な状況や事実関係に照らして信用性のないものである。志賀も末永も,いったんは下りエスカレーター上の被告人を発見したものの再び見失い,周辺を探しているうちに,上りエスカレーター上の被告人を見つけた志賀がエスカレータを駆け上がったものである。特に志賀の説明には信用性がない。

第6 高輪口エスカレーター上における被告人の行動

1 被告人が上りエスカレーターに乗ろうとした時,横から来た女子高校生が被告人の前に乗った。

2 被告人はエスカレーターに乗ると,アタッシュケースを女子高校生が立っているステップの一段下の段に横向きに置き,その下の段に真っすぐに立った。左右の両足は揃えて同じ段に立ち,右足だけを前の段に乗せたような事実はない。
 被告人は,アタッシュケースをステップに置くと,左手で,ズボンの左ポケットからハンカチを出して握り,その上に右手を組み,臍の前辺りに両手を組む形で直立していた。被告人はこのとき鏡を取り出していないし所持していなかった。
 被告人が乗った上りエスカレーター上では,被告人も含めて乗客はステップの左側へ一列に並んで立ち,右側1列が追い越し用に空けられていた。その右側に対面する下りエスカレーターとの間に視界を遮る障碍物はないので,下りエスカレーター上の乗客からは,被告人の全身の様子が丸見えになるような開放的な構造になっていた。
  しかもエスカレーター上はひっきりなしに通行人が上下するような状況にあり,被告人は多数の通行人からの視線を感じていたところ,下りエスカレーターで下りてきた2人の中年女性と目が合ったので,被告人は眼で会釈をした。
  実際にあったことはこの程度の事実にすぎない。

第7 志賀による逮捕状況

1 志賀が被告人に駆け寄った状況

(1) 志賀は,被告人が上りエスカレーターに乗るところを発見し,被告人との間には数人の利用客をはさんで同じエスカレーターに乗り,その後,被告人の様子を観察していたところ,被告人の状況から,盗撮をしているものと思い急いでエスカレーターを駆け上がったと説明している。このとき志賀が,被告人が女子高校生に対して盗撮をしていると判断した理由について,被告人が持っていたアタッシュケースを一段前のステップに乗せ,右足をそのステップの上に乗せ,前屈みになって右ひじを曲げ頭を下に向けたからだと説明している。特に,被告人の右肘の様子について,志賀は,曲げた右肘が見えたものの肘から先の手の部分は見えなかったと明確に述べているが,この説明自体が矛盾するのである。
  即ち,志賀の目撃した被告人の姿勢をエスカレーター後方から見ると,被告人の右肘はほとんど曲がらず,肘から先の手の部分もよく後方から見える(弁10添付写真5〜6,甲7添付写真12〜13参照)。これに対して,被告人が実際にとっていた姿勢をエスカレーター後方から見ると,被告人の右肘がよく曲がって見え,肘から先の手の部分はほとんど見えなくなる(弁10添付写真3〜4)。即ち,曲げた右肘が見えたものの肘から先の手の部分が見えなくなるのは,被告人が説明しているように,直立して両手を臍の前辺りで組んだ姿勢のときであり,志賀が説明したような姿勢のときではない。
志賀は,被告人が一歩踏み出した右足の膝のところに手を差し出していたと説明しているが,そのような姿勢をとる限り,右肘はほとんど曲がらず肘から先の手の部分は後方からはっきり見えるのである。被告人の説明している直立した姿勢では盗撮も覗き見をできる状態ではない。(同様の勘違いは,志賀が横浜の駅ビルで目撃した被告人の姿勢についても共通して認められる(第1回志賀42頁)。)

(2) 志賀がもっと冷静に被告人を観察できていれば,右肘が曲がりその先が見えない状況で盗撮をしている状況でないことは容易に判断できたはずなのに,被告人が盗撮しているものと思い込み駆け上がったのは,発見した被告人がたまたま女子高校生の後ろに立っていた状況があり,しかもつい先ほど下りエスカレーターに乗って降りたのに引き返して同じ場所の上りエスカレーターに乗ったので,横浜の駅ビルのときに思ったように盗撮犯は何度も上りエスカレーターに乗るという経験を思い出したことに加えて,それまで現認できなかった悔しさや焦燥感という感情に駆られたからに他ならない。

2 志賀が被告人の直後に立ち目撃していた状況

(1) 志賀は,エスカレーターを駆け上がり,被告人の右後方から被告人が鏡で覗き見をしている現場を目撃したと述べている。しかし,志賀のこの供述は全くの虚偽である。

(2) まず,そのときの被告人の姿勢に関する志賀の説明は合理性を欠き信用性がない。

@ アタッシュケースをエスカレーターの進行方向に平行(縦方向)にして一段上のステップに置いたところを目撃したというが,被告人が所持していたアタッシュケースは大型で重量もあり,そのような置き方をすると底面の蝶番がステップの角に当たり極めて不安定な状態になる(弁9添付写真1〜9)。そのような不自然な置き方をする理由は全くない。

A 右足を一歩前方のステップに踏み出し,その足の上に右手を乗せて鏡を持っていたところを目撃したと述べているが,そのような姿勢をとると,前述のように,右肘はほとんど曲がらず肘の先の手の部分は後方からはっきりと目撃できるが,志賀は全く反対の説明をしている。
また,そのような位置に右手を置いても,前方の女子高校生の右太股後ろ側の辺りを向いてしまい(甲4添付写真3),スカートの中を容易に覗き得るような状況にはならず極めて不自然である(第6回被告人13〜14)。そのような問題があるため,実況見分の際,仮想被害者として使用されたマネキン人形はステップの中央付近に置かれ,且つ,仮想被疑者が手に持つ鏡に臀部を向けるような向きを付けて置かれている(甲7添付写真8〜14)。そうでもしなければ,右手が前方の仮想被害者の臀部の中心付近に行かないからである。
なによりも,もしこのような姿勢で覗き見をしたとすれば,対向する下りエスカレーターからは鏡をかざしているところまで丸見えになってしまう(甲7添付写真11〜13。但しマネキンの位置をステップの左側へ寄せたうえ正面を向かせた場合にはもっと仮想被疑者の右手は露出する)。
従って,通行量の多いエスカレーター上でこのような姿勢で覗き見をすることは,直ちに周囲に発覚するのであるから通常では考えにくい上,何よりも世間に周知され人目を気にしている被告人が公然とこのようなことをする訳がない。
 
(3) 次に,志賀は被告人がその右手にはハンカチが握られておりそのハンカチの上に鏡が鏡面を上に向けて置かれていたと説明しているが,志賀の説明は曖昧で信用できない。鏡であることが確認できた理由について,検察官に対し「光が反射していたので」鏡だと分かったと説明していたのに(甲1‐8頁),光が反射したわけではないので説明を訂正すると述べているように(第3回志賀25頁),その説明内容は曖昧である。

(4) 志賀が,被告人が鏡を右手に持って覗き見をしている状況を目撃したうえ,続いて被告人が鏡を右手から左手に持ち変え,左手に持った鏡をズボンのポケットにしまうまでの様子を漫然と観察していたというのは,被告人を検挙しようとしていた警察官がとる行動としては極めて不自然である。少なくとも,手にしている鏡をポケットにしまうに任せていたという説明は到底信用できない。

(5) 志賀が被告人の右肘のスーツの生地をつまむようにしたことは,逮捕の方法ではなく,職務質問のための停止(警察官職務執行法2条1項)の方法に他ならない。  

3 所持品検査の状況

エスカレーターを降りると,志賀は被告人に対して所持品検査を開始したが,そのこと自体が,志賀が被告人の犯行を現認していない証左に他ならない。
まず,志賀は被告人に対して「ポケットの中の物を出せ」と命じ,被告人がポケットから,ハンカチと鏡を順次出して志賀に渡したところ,志賀は「手鏡」と驚いたような声を出した。そして,慌てたように「携帯電話を出せ」と命じて被告人に携帯電話を提出させ,受け取った携帯電話の保存画像のチェックを行った。しかし,志賀が,被告人が鏡で覗き見をしているところを現認して現行犯逮捕をしたのであれば,このように被告人に携帯電話を提出させ,その携帯電話の保存画像までその場でチェックする志賀の行動は説明が付かない。
 以上のような事実関係に鑑みれば,志賀は,被告人がエスカレーター上でカメラ付き携帯電話で盗撮をしているものと思い込み,駆け上がって被告人を停止させたうえ,職務質問と所持品検査を行ったにすぎない。ところが,被告人がポケットから出したのは携帯用の鏡で,携帯電話がアタッシュケースから出てきたため,その時点で,盗撮ではなく鏡による覗き見をしていたものだと思い直したものである。志賀は,被告人が鏡で覗き見をしているところを現認した事実はないが,エスカレーター上で目撃した被告人の右肘の曲がり具合からすれば鏡で覗き見をしていたに違いないという推測をもって被告人を交番へ同行したものである。

4 志賀による執拗な追尾の目的

(1) 横浜駅ビル内で志賀が被告人の追尾を開始したのは,そのとき見かけた被告人の目つきが変だったからという直感に基づくものであった(第2回志賀23頁,第1回志賀6頁)。しかし,5階の書店に着くまで盗撮現場を確認できなかった。

(2) そこで,書店を出てくる被告人を待って,もう一度下の階から上りエスカレーターに乗り直したら盗撮現場を確認できるかと考えて追尾した(第2回志賀43〜45頁)。しかし,被告人はそのまま1階に向かいコインロッカーからアタッシュケースを出して横浜駅の改札へ向かった。その時点で盗撮の犯行に及ぶという疑いはなくなり,志賀は,被告人がそのまま電車に乗るのだろうなと思ったと述べている(第2回志賀52頁)。

(3) それにもかかわらず,改札口を通過した被告人をさらに追尾した目的について,志賀は「どこまで行くのかな」「どこの線に行くのかな」というだけの気持ちだったと述べているが(第2回志賀52頁),これではまるでストーカー行為も同様である。
  志賀は,一方では被告人による盗撮の現場を確認できなかったので職務質問もできなかったと述べながら(第2回志賀43〜44頁),それだけの相手に対してこのように執拗に追尾した合理的理由が見出せない。

(4) さらに,京浜東北線に乗車した被告人を追尾した理由について,志賀は,横浜駅構内で不審な行動をとったと思ったこともあるが,別に列車内で盗撮をすると疑ったわけではなく,いずれ横浜に来て同じ場所で不審な行動をする可能性があるので「人相,着衣だとか,そういうものをよく覚えて引き継ぎをする」という目的があったと述べるが(第3回志賀8頁),志賀は既に被告人を十分観察しているから信用性がない。

(5) 品川駅の改札口を出た被告人を見失ったので探し回った理由については,志賀は見失ったこと自体が悔しかったので探したと述べている(第3回志賀16頁)が,これではもはや個人的な感情論にすぎず捜査の合理的必要性がなかったことは明白である。

(6) このように,横浜の駅ビルを出てから以降の志賀の追尾行動は,捜査の合理的必要性を超えた個人的な感情論に変化してゆき,勘が外れたことに対する悔しさ,盗撮を現認できなかったことに対する焦り,見失ったことに対する悔しさ,などの感情が次第に高まっていったものである。志賀が,被告人がたびたびテレビ等に出演している有名人だと気が付き,手柄を立てたいという功名心でも沸いたのかと疑いたくもなるような執拗な追尾行動である。

5 小括

志賀は被告人を追尾したり逮捕したりした理由を正当化しようと,当時の客観的な状況や事実関係を無視した証言を並べ立て,検察官作成の調書に記載されている供述内容さえ平気で変更する始末であり,同人の証言は全く信用できないものである。このような志賀の証言態度に鑑みれば,検面調書における同人の供述内容も信用できない。他方,末永は当時の記憶に基づいて捜査報告書(甲3)を作成したと思うと述べながらも,志賀の証言内容に合わせるように捜査報告書記載の供述に反して証言をする傾向を見せ,どちらが記憶に基づくものか自信がなくなったとさえ述べる。また,被告人の追尾を決めて自ら逮捕したと中心的な役割を果たした志賀が作成しているはずの捜査報告書が存在せず,ほとんど被告人を目撃していない末永の捜査報告書しか存在しないのは不自然であり極めて異例というべきである。おそらく末永は志賀の指示説明内容に沿って報告書を作成したのではないかという疑いがある。
 客観的な状況及び事実関係に照らし合わせたとき,志賀が被告人を疑って追尾を開始したことについても,執拗に品川まで実際に追尾したことについても,さらに,女子高校生のスカート内を覗き見たとして逮捕したことについても,志賀の説明は矛盾することが甚だしく信用できない。誤った先入観と勘に基づき追尾したもののなかなか犯行を現認できないうえ,たびたび見失う失態を演じたことに対する悔しさと強い焦燥感を抱き,功をあせり誤認逮捕したのが本件の実情である。

第8 高輪警察署における取調べ状況
 
被告人は,志賀に逮捕され,品川駅前の交番へ連行され,直ちに高輪警察署へ連行されたが,この間,容疑を認める発言は一切していないし弁解を述べる機会も与えられていない。つまり高輪署で取調べを受けるまでは全面否認していたのにもかかわらず,高輪署の警察官古旗が作成した調書ではまるで自白したかのような記載がある。
この調書の存在がその後の事件の展開に大きな影響を与えたことは否めないものであり,調書の作成経緯を詳細に検証する必要がある。

1 松田による弁解録取
 
高輪警察署に連行された被告人は,まず警察官松田による簡単な取調べを受け,弁解録取書(乙2)が作成された。弁解録取書の記載には,手鏡は差し出していない,A弁護士をお願いすると記載されている。本件犯行について全面否認する旨の記載である。
もっとも,のぞきたい気持ちがあったとの主観的事情が記載されているが,被告人の記憶では読み聞かせもされないまま署名指印をさせられたものであり,訂正を申し立てる機会は与えられなかったものである。

2 古旗による取調べの問題点

(1) 調書作成方法の問題

@ 古旗は机上のノートパソコンへせっせと入力を始めた。被告人からはパソコンの画面も見えず何を入力しているのかも判らないまま,時おり古旗から質問を受けて答えることはあったが,古旗は黙々と入力を続けた。品川駅での状況説明をしている最中に,突然古旗が立ち上がり調書作成の打ち切りを宣言した。直ちに印字された調書が被告人の面前に置かれ,記載内容を確認することもなく古旗に言われるままに署名指印をさせられ,それに引き続き前述した弁解録取書にも内容を確認しないまま署名指印をさせられた。このときに被告人が署名指印させられた調書が,4月8日付員面調書(乙1)と同日付弁解録取書(乙2)である。

A 被告人はその晩一睡もできず,翌朝から古旗の取調べが始まった。この際も黙秘権の告知は受けていない。前日と同様,取調室には被告人と古旗の2名のみで,机を挟んで対面で座り,古旗がノート型パソコンに黙々と入力していった。被告人が調書作成中に何度か意見を述べようとすると,古旗に黙っているようにと遮られたまま調書が作成された。最後に古旗は「これなら大丈夫だ」と述べ,前日と同様に調書の読み聞かせもないまま,印字されたばかりの調書に署名指印をさせられた。このとき作成されたのが4月9日付員面調書(乙5)である。前日の古旗の説明があったので,「実際にのぞいてはいないが,のぞこうとした」という内容の調書が作成されたものだと被告人は思い込んでいた。

B 調書の作成が終わり,写真撮影と指紋採取があり,署内の階段で実況検分写真の撮影が行なわれた。撮影が終了すると古旗から「これですべて完了した。あとは弁護士がいかに検察に話しを通せるかにかかっている。」と言われた。

C このように,古旗が作成した調書は,調書の体裁はあっても被告人の供述が記載されたものではなく,供述調書としての実体を有するものではない。そのことを端的に象徴するものが,作成後の調書について読み聞けが行われず,読んで欲しい,見せて欲しい,という被告人の要求を一切無視したことである。

(2) 黙秘権の不告知
古旗は,取調べ冒頭において行われるべき黙秘権の告知をしなかった。黙秘権の不告知が直ちに黙秘権を侵害するものではないとはいえ,古旗の取調べ方法が,被告人の黙秘権を尊重しようという基本的な態度に欠けていたことを象徴するものであり,加えて,黙秘権の告知を受けることによる被告人の心理的圧迫の解放がなかったことを推認させる事情として,被告人の供述の任意性を判断するうえで重要な意味を持つ。黙秘権の告知とは,供述の義務がないこと,供述を拒否してもそのことによって不利益を受けないことを告げることであるが,古旗は全く逆に,自己の意思に反してでも早く罪を認めるように被告人を説得し,認めないと不利益を受けると執拗に述べたのである。

(3) 利益誘導
被告人は古旗に対し全面的に否認する供述をしたところ,古旗から次のような説明を延々と受け,容疑を認めるよう強く説得された。

@ 鉄道警察隊による現認逮捕だから否認しても絶対に無理である。
A この程度の微罪であれば,認めれば略式起訴で罰金を払って全部終わるし,マスコミへ公表されない。
B 逆に,否認すれば長期拘留になるしマスコミへ公表するから,テレビの仕事を今まで通りに続けることはできなくなる。
C 今日(木曜日)の午後5時までに調書作成が終われば,明日,区検に行ってその日の夜には釈放される。しかし調書作成が終了しないと検察庁へ行くのが土曜日になる,土曜日は担当検事ではなく日直検事だから処理が長引き,確実に長期拘留になり公表されることになる。
 このような説得を受けても被告人は否認主張を続けたが,古旗は前述の説得を繰り返すばかりで供述録取書を作成しようとしないため,被告人は古旗の執拗な説得により極度の精神的混乱状態に陥り,「では,どうしたら良いのですか。」と古旗に尋ねたところ,古旗は「実際にのぞいてはいないが,のぞこうとしたと言えばいい」と言い,それでも抵抗を覚え躊躇する被告人に対して古旗はさらに執拗な説得を続けた。
このときの被告人の心情は次のようなものであった。
@ 否認すればマスコミに公表されてしまい,その場合には取り返しようのない打撃を受け,社会的な信用を失うだけではなく,すべての仕事も名誉も失ったうえ,家族や親族も含めていろいろと報道されることになる。
A 仕事のスケジュールが詰まっているため,長期拘留になっただけで大変な混乱となり,多数の関係者に多大の迷惑と損害をかけることになる。
B 否認しても絶対にひっくり返らないと言われたので,否認しても不利益を被るばかりだと思い込んだ。
 このように,わずか1時間に満たない猶予だと時間を区切られて調書作成の完了を迫られたこと,認めれば翌日釈放されると持ちかけられたこと,なによりも否認すれば長期拘留されマスコミへ公表すると脅かされたことなどから被告人は他に選択の余地がないと思い込み,古旗に対し「それでは,その方向で調書を作ってください。」と言ってしまった。
 古旗が申し出た当該犯罪に関する寛大な処分や早期釈放については,たとえ古旗にその利益の処分権限がなかったとしても,被告人としては,古旗が他の警察官に対して被告人の事件を担当する最高責任者であるように振る舞っていた状況があったため,あたかも古旗に処分権限があるように信じ又は処分へ重大な影響力を有すると信じるについて合理的な理由があった。また,マスコミへの不公表は世俗的利益の提供の一種であるといえるが,当該犯罪の性質と被告人の社会的立場に鑑みれば極めて重大な意味を持つものであり,これだけで被告人の供述の任意性を奪うほどの影響力を有するものであった。
 なお,被告人が全面否認の態度を明確にした直後,高輪警察署はマスコミへ積極的に公表したものであるが,公表内容は被告人の事件の担当責任者である松田が作成したものであったが,その内容は,被告人が申し訳ないと認めているという内容虚偽のものであったうえ,数日後には被告人の前科についても公表した(この点について松田は知らない等と曖昧な説明に終始しているが信用できない)。実際にこのようにマスコミに公表された事実があることは,古旗が申し出ていた供与利益が現実のものであり且つ古旗ないしその上司である松田に利益処分の権限ないし重要な影響力があったことを示すものである。

(4) 弁護人選任権の侵害
 
4月8日,被告人は,松田に対する弁解録取において,A弁護士を依頼する旨を表明したうえ,古旗による同日の取調べ直後に,実際にA弁護士へ電話連絡をして刑事弁護を依頼し,A弁護士は同種の否認事件を取り扱った実績のあるB弁護士を直ちに高輪署へ接見に向かわせるべく待機させていたところ,古旗はその電話の会話を傍らで聞き,実績あるB弁護士が接見に来ることを被告人から聞かされるや「そういう弁護士ではない。検察に話を通せる弁護士でなければならない。ヤメ検の弁護士がいい」などともっともらしい話を述べて被告人を説得し,上記両弁護士への依頼を断らせた。
  その結果,警察の話に合わせるように助言をするだけの元特捜検事と称するC弁護士へ依頼をさせ,翌4月9日に同弁護士が接見に来る前に,2度目の取調べを終了して供述調書(乙5)を作成した。被告人が古旗による調書作成に協力しようとしたことについて,C弁護士の助言が大きな影響を与えた。古旗は,弁護方針の具体的内容いかんにより依頼する弁護士選定を実質的に指示したものであり,被告人の弁護人選任権を実質的に制限したに等しいものである。

(5) 被告人の心理状況(精神的心理的圧迫ないし錯誤)

@ 古旗は,取り調べに先立ち,調書作成が午後5時までに完了すれば翌日には釈放されるが完了が遅れると勾留は長期に及ぶと時間的に切羽詰っていることを強調し,そのことにより被告人に強い切迫感を与えた。
A 午後12時30分頃にC弁護士がD弁護士を同伴して接見に現れたので,被告人は誤認逮捕であり無実であることを説明したが,C弁護士は,警察官により現認逮捕されたら無罪は非常に難しい,否認すれば長期の勾留がつくので,うまく話を合わせるべきだというアドバイスをして僅か数分で引き上げてしまった。仕方なく,被告人としては,あとはC弁護士と検察官との交渉を期待するしかないと思い込むに至った。

(6) 小括
古旗作成の員面調書2通(乙1,乙5)は以上のような事情と経緯により作成されたものであるから,任意性を欠く証拠能力のないものであり,仮に証拠能力があるとしても記載内容に信用性はなく証明力の乏しいものにすぎない。

第9 関連性のない証拠方法

1 前科
  被告人の前科は,本件公訴事実とは全く態様が異なり参考にもならない。むしろ,被告人が古旗の利益誘導に乗せられた理由を知るためには参考になるくらいである。

2 押収品(携帯電話の画像及び自宅等からの捜索押収物)
著名人の私生活を暴露して覗き見ることは刑事裁判の目的ではない。また,被告人の趣味趣向や性格的性向は、犯罪事実の存否を認定する上で法律的関連性は全く認められるものではなく、せいぜい情状との関係で関連性が認められる程度である。情状立証をもって公訴事実の立証に代えることはできないのであるから,公訴事実の存在が立証されない以上,情状立証は意味を持たない。

第10 まとめ
  
本件の公訴事実を立証できるものは,志賀の目撃証言が唯一のものでありそれ以外に存在しない。しかし,その目撃証言が信用性のないことは弁護人の立証により明らかである。志賀の目撃証言に信用性がないものであるため,検察官は被告人の前科や私生活を殊更に強調して被告人が悪性の高い人物だと印象付けようと懸命であるが,そのことによって思い込みによる誤認逮捕の過ちを糊塗することはできない。被告人が誤認逮捕されたうえ不当な取調べを受けたことは,これまでの証拠調べにより明らかとなった以上,被告人の無実はゆるぎないものと確信する。
以上




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