[幽霊] of [哀しみの追憶]


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第一章 恋

 テリーと同じくロイもまた、いろいろなものを亡くしてきた。
 子供の頃に最愛の父を亡くし、母親もまた、ロイの救いとはなりえないままその命を終わらせた。
 テリーのように、健康面での心配だって、かつては確信されていたのだ。
 ロイの場合、任務によって負わされた拷問による精神的崩壊の危機が、躰への深刻な影響を与え、一時はもう元には戻れないと諦めたほどなのだ。
 躰が回復して平気な顔でチームに戻ってからも、ロバートには彼の心の傷が見えるようだった。
 ほんのわずか、どこかをつつかれただけで、ロイ・フォードはばらばらに崩れ落ちてしまうのではないかと感じられた。テリーの二の舞をさせるのだけはごめんだ、と必要以上に気を配ったが、だからといってロバートにできることはなかった。
 だが、彼は蘇った。
 ロイにはテリーが持っていなかったものがあった。
 常に影のように付き従う騎士のような大きな男がピッタリと彼のそばについていたことだ。
 部下であり、友人であり、おそらく恋人なのだろうと、ロバートは確信していた。
 ジム・ホーナーがロイを、いやロイがホーナーに全てを委ねている、と気がついたのはいつだっただろう。それと共にロイの中に、剥ぎ取られ、滅茶苦茶に裂かれてしまった誇りがふたたび蘇ったように思えた。
 ジム・ホーナーはたたき上げの兵士で、曹長のポジションにいる。
 若き将校にさりげなく気を使いながら、部下の兵士たちをまとめていく人間性は、魅力的で頼りがいがあるとの評価を受けていた。
 彼はロイ・フォードが拷問を受けたとき、一緒に捕らえられて一切をそばで見ていた人物だ。
 そのために却って復帰しようとするフォードに煙たがられ、世話を焼こうとする彼に反発しているかのような場面をたびたび目にしていたものの、気がついたらすっかりフォードを包み込んでしまっているかのように見えた。
 ロイは相変わらずポーカーフェイスで、彼の挙動からは二人の関係を見いだすことはできなかった。
 だが、育ち方も考え方もあまり共通点があるようには見えないが、ホーナーのロイを守ろうという態度は露骨に感じられる時がある。
 彼にはそれだけの度量がある。
 ふたりが恋人なのか、親友なのかは分からないが、いずれにしてもいざとなったら海軍などあっさり捨ててでもロイを守るだろうと想像がついた。

 気位が高く、生まれつき将校になるべくしてなったかのようなロイが、全面的にホーナーに抱きかかえられているような様子を、ほんの一瞬かいま見せたとき、ロバートはああ、やはり、という確信と微かな嫉妬すら感じたほどだ。同時に愛の力というものが、いかに人を支えるものかを思った。
 もしもロイに、ホーナーという存在がなかったら、ロイがテリーのように自傷行為に走り出しても、不思議ではなかった。あるいは自殺することも。
 ロイを見るたびに、いや、二人を見るたびに、ロバートはなぜテリーをむざむざと一人にしてしまったのだと後悔の念に苛まれる。
 健康を失っても、支えがあれば回復したかもしれないし、回復しなくても希望を持って生きていくよすがとなったはずなのだ。
 それを伝えに、あの最後の日、テリーは自分にキスをしに来たのかもしれないと、ロバートは思っていた。


 冷たい雨が降る晩だった。
 オフィサー専用と書かれたシャワールームで、ロバートは一人トレーニングを行った後の汗を流していた。
 誰かが入ってきた気配がした。
 かちゃん、という音がしたあと呻き声が聞こえた。ロバートは一瞬、冷たい水を浴びせられたような気がした。
 ロバートはシャワーの栓を捻り、耳をそばだてた。こんな時間に誰がきたというのだろう。誰も来ないとは断言できないが、それにしても今の音は…。
 一息に、あの日を思い出していた。
 また、呻く声。
 やはり空耳ではない。
 ぎょっとして腰にバスタオルを巻いてロッカールームを覗くと、白いものが蹲っているのが見えた。まるで同じ構図で、そこにそれは存在した。ロバートは悪寒に全身を包まれ、幽霊だと直感した。最近毎日のようにテリーのことばかり考えるから、テリーを冥界から呼び戻してしまったのかもしれなかった。
「誰だ?」
 一応そう声をかけてみると、「たすけて、ロバート」という声がした。
 ロバートは、大きく見開いた目で、白い裸の背中を凝視した。テリーの幽霊を怖がることはないのだと自分に言い聞かせた。
 そこにいるなら抱きしめてキスをすればいい。

 近寄っていくと、腰にタオルを巻いて、苦痛に眉を寄せている金色の頭が見えた。足下にグラスが転がっており、割れて一部が足の裏に刺さっているのも見えた。
 テリーはあの日のまま、美しい白い背中を露わに見せ、ガラスをふんだ拍子にしゃがんで乱れたタオルの間から、魅惑的な太ももを覗かせていた。
「ガラスが…」…
 そう言いかけた肩を掴み、ロバートは強引に自分の方へ向けると、肩を抱きしめたままキスをした。
 呆然としたように動かない唇と、強ばったままの躰に手を滑らせ、滑らかな背中を撫でさする。
 やはり幽霊なのだ。
 肌がうっすらと冷たく感じられる。
 微かに抗う気配が見えたので、強引にその場に押し倒し、キスをしたまま躰の上に乗り上げて押さえ込む。
 唇からうっという声が漏れる。
 ガラスが刺さったままだったことを思い出し、今のショックでさらに傷つけたのかもしれないと思ったが、ロバートはかまう余裕を失っていた。















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