[別れ] of [哀しみの追憶]


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第五章 別れ

 SEALは過酷な特殊部隊だ。
 それは入隊時から徹底して厳しさを追求することから始まる。
 まず、志願者しか受け入れない。海軍所属の者なら誰でも志願できるが、推薦などは有り得ない。
 訓練所に入学を許可され、志願などしなければよかったという目に遭わされながら、卒業できるものはたったの何割か。辞めるのは自由だ。この学校の象徴である鐘を鳴らしヘルメットを置いたあと、彼らは元の職場に復帰できる。

 その訓練校を首位で卒業し、任務も訓練も人一倍熱心に完璧にこなした男。
 そしてロバートに恋をし、一途に瞳を向け続け、やがて裏切られた。
 ジュリアへの愛情も、ロバートの意を汲んで、意識して気持ちを向けていったのかもしれなかった。けれども、ジュリアもまた、彼を捨てた。
 すがる思いでテリーが仕事をしたことは察せられた。志願して苦労して手に入れた仕事。
 人が変わるほどに傷ついた心でも、それがあれば、生きていける仕事が。
 それなのに、仕事までがテリーを打ち砕いた。
 二度と元へは戻ってくるなと仕事にも捨てられ、テリーは絶望したのだ。
 空っぽの冷蔵庫。
 何もない部屋。
 休日、彼は食事も取らず、あの空っぽの部屋で何を考えているのだろうか。

 翌日、ロバートは、重い足取りで自分のオフィスに戻った。
『好きな人のそばで死にたい……』
 その言葉がロバートを捕らえて離さなかった。
 テリーには家族はいない。
 テリーはまだティーンエージャーの頃から、一人で生きてきた。天性に備わった明るい性格が、テリーを真っ直ぐに前に進ませてきたのだ。
 だが、死にかけた彼のそばに誰も救いの手を延ばしてくれる者がいないことを、その言葉が語っているようで、ロバートは切なかった。結局、彼はロバートの元に戻ってきたのだ。
 ロバートのそばで死ぬために? 
 だったらなぜそう言って自分に甘えてこないのかと、ロバートは思った。
 今ならもっと冷静に、抱きしめて慰めてやることだってできるかもしれないのに。けれども、テリーはロバートを拒み続ける。
 あれから何度も接触し、家を訪ねても見たが、テリーはわざとロバートが来そうな時間に男を連れ込んで、その場面を見せつけた。話などできなかった。
 好きな人、とは自分のことではないのだろうかとさえ、考えてしまう。それが己のことだと言い切るほど、ロバートは自分に自信があるわけではなかった。
 ……いや、最初彼はロバートの家の前に立っていた。
 サマンサがそばにいたために、逃げるように去っていったが、あれはやはりロバートに会いに来たテリーだったのだと思うと、やりきれない。
 金を払ってでも、彼を抱くべきなのだろうか、とロバートは机に肘をついて考え込んだ。そうすれば嫌でもその時間、彼を束縛できる。二時間でも三時間でも、望むまま金を出して。
 けれどもそんな事で彼の心が開けるとは思えなかった。それに、バークは恐れてもいた。
 あの傷のある、痩せさらばえた躰を自分は抱くことができるのだろうか……。 
 ノックもなしにドアが開き、テリーが入ってきた。
「ロバート」
 テリーが微笑んだ。
「テリー?」
「今、辞職願を出してきた。辞めるよ」
「……辞める?」
「やりなおす。もう一度、最初から」
 ロバートは、久々に明るい表情のテリーに、ほっとして微笑んだ。
「そうか。そうだな。ここでなくとも、仕事はたくさんある」
 却って軍の関係でないところの方が、精神的にいいのでは……と言おうとして、ロバートは黙った。テリーがほんのすぐそばまで来て、青緑色の宝石のきらめきを正面から向けたからだ。
「だから、キスして送ってくれる?」
 幼い子どものような口調でテリーが言った。
 かつて躰も心も繋がっていた頃、彼は良くこういうものの言い方をしたものだった。
「いいよ」
 立ち上がり、ロバートは、未だに桜貝のような色をした、柔らかそうな唇にそっとキスをした。
 その唇が、強引に情熱を弾けさせるように熱く応え、かつての若かった自分たちの関係が戻ったように思えた。思わず夢中になってキスを交わしていたロバートは、いきなり唇に激痛を感じ、テリーを押しのけた。テリーの唇に赤い血がぽつんとついていた。
 自分の唇に手をやり、噛まれたことを悟ったロバートは顔を上げた。

 目の前にいたはずのテリーは消えていた。
 ひとり部屋に立っている自分にロバートは呆然とした。
「テリー?」
 廊下を覗いても見たが、たった今までそこにいて、キスをしたはずの相手はどこにもいなかった。思わず唇に手をやると、まだテリーの熱い名残がはっきりと感じられ、噛まれた血の味さえ残っていた。
 ロバートは立ちつくしたまま、身動きすらできないでいた。

 SEALの武器弾薬の倉庫で、銃声のような音が響いたのは、それからすぐだった。ロバートは青い顔をして駆けつけた。
 ドアが開かれたままになっており、後ろから数人が駆けつけてくる足音が聞こえた。
 横向きに倒れているのが誰なのか、ロバートには見る前から分かっていたような気がした。
「きちんと弾を抜いて、分解掃除をしなかった者は厳罰だぞ!」
 きびきびしたハリのある声で隊員達に指示していた、テリーがそこにいるかのような気がした。
 ここは彼が最も気持ちを引き締めた場所だった。ロバートと二人で弾薬をチェックし、銃を点検し、数を数えて書類を作った。
 その床に、こめかみから血を溢れさせて、テリーは横たわっていた。
 ロバートが近づくと、その唇にぽつんと血が滲んでいるのが見えた。
 間違いなく、さっきロバートの唇を噛んだ時についたものだった。
 駆けつけた兵士のひとりが、報告に走り、他の数人が見守っている中で、ロバートは遺体に近づいた。
 それは、紛れもなく遺体だった。
 これまでの彼の苦しみを思えば、それは幸いにも、という言葉が使えるほど、完全に事切れていた。
 ロバートはそっと額にかかる髪の毛をかき上げた。

 哀しみを堪えているかのような、何も見ていない青緑の瞳が未だに宝石のように見え、ロバートはその目を覗き込んだまま、目をそらすことができなかった。















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