[再開] of [哀しみの追憶]


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第三章 再開

 テリーが西海岸へ再び赴任したのは、それから間もなくだった。
 本人の志願なのか、命令なのかは不明なまま、ロバートはただ、「元気で」ということしかできなかった。
 おそらく前者だったのだろう。
 テリーにとってこの土地は裏切りの連続だったのだ。

 それから数年間、ロバートはサマンサとの生活を楽しむよう心がけ、早く子どもができないかと期待したが、バーク家に赤ん坊が訪れる気配はなかった。
 子宮に問題があると結果が出たとき、サマンサはひとりひっそりと泣いたようだった。
ロバートは、子どもなど欲しくはないよ、と慰めたが、サマンサは離婚して欲しいと告げてきた。ロバートが本当に子どもが欲しければそれも考えるが、サマンサなしの人生を送る気はない、というと、彼女は初めてロバートにすがって泣いた。
 ロバートは以後二度と、この女性を自分の勝手な都合で泣かせるようなことはしないと、このときひとり誓った。 

 マイク・フォードの家を訪れるたびに、子どもは成長していた。
 愛らしく、美しい子どもだった。
 マイクがつけたロイという名は、彼の死んだ父親の名前であった。マイク自身が名付けたという。だからロバートは自分がその名を聞いたときに持った違和感を打ち消すよう努力した。
 テリー・ロイ・ランドという名はこの子供とは無関係なのだと。
 テリーとの関係を彼が知っていたかどうかは分からないが、結婚後、早すぎる出産をしたジュリアに、サマンサでさえ微かに疑問を感じているようだった。
 美しいプラチナブロンドのジュリアに、子どもはそっくりだった。
 髪の色も目の色も、マイクにはどこも似たところがなく、ロバートは子どものふとした表情に、忘れられないテリーの面影を見つけるたびに、心臓が音を立てるのを感じていた。
 聡明そうな青緑色の純真な瞳を見ると、ロバートはあの日の強い光が宿ってはしないかと目をこらした。子どもというものが、いや人間の遺伝子というものが、これほどまでに伝わっていくことを、ロバートは初めて知った。

「気高い、聡明なところがあなたにそっくりね」
サマンサの言葉に、マイクは微笑んでいた。
会うたびに子供のブロンドは濃くなっていく。それはロバートの気のせいではなく、おそらくロイがティーンエージャーになる頃には金粉を蒔いたような美しい輝きを放つようになるのだろうと、ロバートは確信していた。

 やがてロバートは、大切な、たった一人の親友を亡くした。
 救助活動を行っていた航海士のマイク・フォードは殉職した。
 葬儀の日、泣かずに堪えてじっと棺を見詰めていたロイの姿が哀れだった。どういう育ち方をしたのか、意固地なまでに、たまった涙でさえ飲み込もうとするかのようだった。まだ十四になったかならずの少年は、気高い雰囲気を漂わせて居並ぶ大人達を圧倒した。
「これからは私がいる。何でも相談するんだよ」
 ロバートがそう声をかけると少年は頷き、頭を上げて母親と共に父を見送った。

 ふたたびテリーに出会ったのは、それからさらに数年後のことだった。
 すでにチームの隊長として活躍していると思っていたのに、テリーは別人のような姿でロバートのいる基地に戻って来た。
 彼は陸上勤務者としての仕事に就いていた。
 訓練中に誤って爆発した車のそばにいたことで、足と健康を損ね、特殊部隊の活動は断念されたのだという話を准将から聞かされた。
 もちろんSEALのある区域に、彼は挨拶にすら来なかったが、軽く足を引きずり、面やつれした顔を見かけたとき、ロバートは痛ましい気分でそれを見た。しかしそれでも彼は十分に魅力的だった。
 テリーはすでに若者とは言えなかったし、びっくりするほど痩せてはいたが、美しさは衰えることなくその面に残っていた。
 テリーが基地に戻るほんの数日前に、ロバートの家の前に不審な人物が立っていたことがある。庭でサマンサと植物の鉢の植え替えをしていたロバートは、顔を隠すように目深に帽子を被った男が誰なのか分からなかったが、今考えるとそれはテリーだったように思えた。おそらく間違ってはいないだろうことをロバートは知っていた。

 事務室の廊下を通り過ぎるとき、窓から見えるテリーは、パソコンを操り、書類作成に余念がないように見え、視線を感じて顔を上げても、決してロバートと視線が合うことはなかった。
 見詰めているのが誰なのか、彼には分かっているかのようだった。
 テリーの噂がロバートの耳に入ったのは、彼が赴任して数ヶ月もたたない頃であった。
テリーの名前が、野卑な連中の口の端に上る時、もはや優れた士官に対しての尊敬も敬愛の念も何も感じさせない、侮辱のみの対象にされていることに、ロバートは唇を噛んだ。
 下手な店に行くくらいなら、20ドル持ってテリーのところへ行けばいい、だれもがそういって笑いあった。 
 人なつこい、前向きな指揮官として将来を嘱望されたテリーは、もはやどこにもいなかった。

 ある雨の日、ロバートは事務室の前をうろついていた。
 ここ数日、用もないのにこのあたりをうろついては不審な目で見られていたが、その日、テリーはここにはいないようだった。一度話をしてみようと思っていたのだが、今日も諦めるしかなさそうだと残念に思う気持ちと、ほっとした気持ちがない交ぜになって、ロバートは廊下を歩き出した。物置や準備室などが並ぶ廊下を通り過ぎるとき、ひとつの部屋の中から不審な物音がするのに気がついた。がたんという音。くぐもった声……。
 ノブを回してみたが、鍵が掛かっているらしく、ドアは開かなかった。ロバートはドアに体当たりをした。

 白いものと大きな黒い影が目に飛び込んできた。大きな影がぎょっとするように動きを止めた。我々チームが身につける黒のつなぎだとすぐに気がついた。
 もちろんよく知っている隊員だった。そして、その前に全身をさらして棚にすがるように立っている痩せた白い躰は、テリー・ランドだった。
「…なにをしている?」
 低い声で言うと、隊員は慌てて飛び出していった。
 その勢いに突き飛ばされ、テリーは床に倒れ込むように蹲った。
 かつて、テリーに尊敬の眼差しを向けていたはずの隊員であったことが、ロバートの心を曇らせた。ロバートはテリーの肩に手をかけ、強引にこちらを向かせた。青緑の瞳が、睨むようにロバートを見返した。
「邪魔しないでくれないか?せっかくお楽しみだったんだ」
 ロバートは物も言わず、そばにまるめてあった衣服を放ると、部屋を出て行った。だが、立ち去ることができずに、苛立つ気持ちを抑えるように少し離れた窓に寄りかかった。しばらくテリーのいる部屋のドアを見詰めていたが、あまりにも出てこないのに腹を立て、また戻って覗いてみた。テリーは衣服は付けていたが、真っ青な顔で床にへたり込んでいた。頭が棚によりかかり、眉間に皺がよって苦しそうな表情だった。
「どうした?具合が悪いのか?」
 ロバートが聞くと、テリーは力なく首を横に振った。
「いつもだ…」
 テリーは呻くように言った。「いつも具合が悪いんだ、ロバート」

 ロバートはテリーを立たせ、医務室まで連れて行った。
 そこが、最初にテリーを抱いた医務室だと気がつくまで、少し間があった。というのも、今日は医務官がおり、内装も以前とは変わっていたからだ。
「あまり無理なことはしないように」
 医務官は、冷酷な声でテリーに告げた。
 テリーが目を閉じたまま唇の端で嗤うのが見えた。















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