[ロイ] of [哀しみの追憶]


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第六章 ロイ

 後から考えると、噛まれた唇は、テリーからの無言の抗議のように感じられた。
 あれは、実態ではなかった。
 時間的にテリーがあそこにいたはずはないのだ。  

 ロバートはことのはじめから、すべてをサマンサに打ち明けた。
 テリーが墓に入ったその日の夜だった。
彼を抱いたことも、自分の卑怯な行動も、そして最後の彼の幻のことも、ロバートはサマンサに伝えた。伝えることで、ロバートは自分を罰したつもりでもあった。全てを失う覚悟はできていた。
 サマンサは何も言わず、テリーのために泣いた。
 彼女は、最初からテリーの瞳がロバートだけを見詰めていたことに気付いていたと告白した。そして自分も彼を心から愛していたのだと、サマンサは言った。
「私があなたに会う前に彼に出会っていたら……、多分私は彼を選んでいたわ。だから裏切ったのはあなただけではないの」
 もしもテリーの情熱がサマンサに向けられていたら、彼女はロバートを裏切る行為をしたのだろうか? 
 実直な彼女には有り得ないと思ったが、実際に自分がはまりこんだことを思えば、断言はできない。それほどにテリーという男は魅力的だったともいえる。
 ひとりぼっちにしてしまった、宝石のような瞳を持った男。
 ロバートとサマンサの間に、彼は生き続けていたが、その思い出を語り合うことはなかった。

そして時は常に残された者の味方となる。
テリー・ランドの面影は、不意にロバートを捕らえることはあっても、徐々にその回数が減っていき、穏やかな眠りを妨げられることもなくなりつつあった。

 だから、ロイ・フォードが入隊してきた時、テリーが、まるでロバートに罰を与えるように、そっくりな息子を自分の手元に送り込んだような気がした。記憶の彼方に自分を押しやろうとしているかつての恋人に、見せ付けるかのように。
 フォード家は、海軍三代であるが、SEALの家系ではない。
 なぜロイがSEALを志願したのか、なぜ自分のもとに来たのか、ロバートは運命を感じて仕方がなかった。
 ロイが桜貝のような、薄い皮膚をした唇をこちらに向けるたび、ロバートは強引にその唇に唇を重ねようとする自分を押さえ込んだ。
 いくつからを老年と呼ぶのかは知らないが、すでにかなりの年をとった今のロバートに、そんな激情が残っていたことが意外だった。
 時にははっきりと、相手がテリーではなくロイだと承知の上で、押さえ込んで裸に剥いて責め立てている夢を見ることさえ幾度もあった。
 そんな時、ロバート自身は、かつて恋に身を焦がした青年士官ではなく、現在の年老いた姿をしていた。
 倒錯している……、と目覚めたときには全身に粟が立つ思いで、ロバートは頭を抱え込んだ。こんなに歳月が流れ、かつての恋人の息子がその同じ年頃に成長したというのに、その時期になるのを待つかのように、テリーは再びロバートの中で息づき始めていた。

 ロイ・フォードは見た目はそっくりだが、性格はテリーとはまったく違うとロバートはいつも思い知らされる。
 任務や訓練の時の二人はまるで同一人物のように思えるほど、行動や吐く台詞が似ていて、驚かされることがままあるが、普段の性格は、どちらかというとロイはマイク・フォードを思わせた。
 マイクは暖かく優しい男だったが、気高さを感じさせ、口数が多い方ではなかった。
 ロイは更に屈折した何かを抱えて育ったような、刃物のような鋭さを全面に出していることもあるが、うち解けてくると、驚くほどマイクとよく似たものを感じさせた。
 歩き方ひとつをとっても、おそらくロイは無意識のうちに育ててくれた父親の真似をしていたのかもしれなかった。遠くから歩いてくる制服姿を見ると、ロバートはいつもテリーではなく、マイクを思い出した。
 だが、それを知っていてなお、ロイはロバートの心をかき乱すほどに、テリーの生き写しのようだった。
 それでも、マイクと同じように潔癖なバリアを張ったかのようなロイには隙がなく、ロバートの心は人知れず揺れながらも平静を保つことができていた。

 だが、運命は残酷だ。
 ロイが初任務の時に、半分死んだ状態で戻ってきたとき、何があったかを部下のホーナーから聞いたロバートはその夜、一睡もできなかったほどのショックを受けた。
 どんなジャングルにいてさえ、まるで石けんの香りに包まれてでもいるようなフォードを、敵国のテロリスト達はよってたかって蹂躙しつくしたのだ。
 それは単なるレイプではなく、単なる拷問でもなく、薄い皮を一枚ずつ剥いでいくようにフォードは身にまとっていた人間の尊厳を残らず剥ぎ取られたのだ。
 身体中傷だらけになり、医師の話によれば内臓にも酷い損傷を受け、そのせいで死にかけている……。

 ロバートはたびたび彼の病室を訪れた。
 彼は眠りから覚めぬまま横たわっており、ロバートは心配しながらも、まじまじと彼の顔を見詰め、ついつい観察している自分を恥じた。
 成長過程でたびたび目にしてはいたものの、ロイが自分の直属の部下として制服姿で現れた時には、一気に時が二十数年戻ったような錯覚に陥り、ロバートを動揺させた。
 それ以来、目の端で、あるいは何気ない日常の会話の中でロイを見ることはあっても、こまかい部分までじっくり見る機会はなかったし、あえて見ないようにもしていたのだ。
 濃い影を落とす睫や、額にたれる金色の髪。薄紅色の、皮膚の薄そうな唇。
 テリーが横たわっているようだった。
 彼の母親であるジュリアが、現実と夢の間をさまよっているとき、ロイをテリーと呼んでいたのを、聞いたことがある。ロバートだって、ついそう呼びそうになったことが何度もあり、あやうく息を飲み込むことで、声を出さずにすんだことも何度もあるのだ。

 夢にうなされているらしい、目覚めぬロイの悲痛な声を耳にしたとき、ロバートの心臓は早鐘のように鳴り響いた。どのような拷問だったかは、その苦痛に満ちた呻き声で容易に察せられる。
 男達に嬲られた状況が、棚にすがっていたテリーの姿にだぶり、そうではないと否定しても、ロバートの脳裏を離れなかった。
 今も夢の世界でロイはその状態で責められているのだろう。かすかに開かれた唇から、苦しげな声が幾度も漏れる。
 それは、テリーの、ロバートによって引き出される甘い呻き声を思い出させた。
 もちろん、ロイのそれは苦痛の訴えであることは承知していたが、もしロイがロバートの手によってテリーと同じ快楽を与えられたなら、やはり同じような声をあげるのではないか、とロバートは不謹慎な想像をした。

 部下の一大事に、なんということを…、と、ロバートは顔をおおった。
 しかもここに横たわって死にかけているのは、大事な親友の息子であり、愛した男のDNAを確かに受け継いでいる青年なのだ。

 悲痛な呻き声を漏らす部下のベッドの前で、小さな椅子に腰掛け、ロバートは両手で顔を覆った。
「テリー……」
 ロバートは、覆った手の間から、噛みしめるようにその名を呼んだ。















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