[狼藉] of [哀しみの追憶]


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第八章 狼藉

 唇を塞がれたまま、目を見開き、愕然とした表情で見詰めている青緑の宝石のようなきらめきが、薄暗い中でなお、光を放って見えた。
「おかえり」

 唇を離して微笑むと、幽霊はロバートをまるで凝視しているかのようだった。
「待ってたよ……」
 ロバートは青く光る瞳を見ながら、片方の腕をどんどん下へ滑らせた。タオルが手に当たり、その合間から強引に手を差し入れようとした。
 “それ”は組み敷かれた躰を捩りかけ、ぴくっと手を持ち上げた。床に落ちた別の破片が、右手の指の先を傷つけ、赤い筋がこぼれ落ちていた。
「っつ!…」
「ガラス…。ああ、分かってるさ」
 その指を銜え、優しく吸い取ってやる。ガラスの破片は二人のキューピッドなのだ。 
差し入れた手が的確に探していたものを探り当てると、下に敷いた躰がびくんと跳ね上がった。膝で体重をかけたまま、押さえ込んでさらにそれを撫でさすろうとすると、テリーは力なくもがき始めた。
「やめ…、やめ…て」
「静かに」
 やめて欲しい動きではない、とロバートは微笑んだ。「暴れるな。会いたかったよ、テリ…」
「離してくだ…! …大佐! バーク大佐!」
 なぜいつものようにロバートと呼ばないんだと思い、控えめながら抵抗を続ける躰に乗りながら、“大佐”という階級が不自然なことに気がつき、ようやく、もうひとつの可能性に思い至った。
「…君は…」
「ロイ・フォード大尉です、バーク大佐」
 うっ、と今度はロバートが呻き声を出した。
「なぜか、躰が…動かないんですが」
「す、すまん、私は何ということを!!」

 ロバートがロイの躰から身を引くと、ロイはそのままの体制で寝転んだまま起きあがろうとしない。
 心配になって手を引っ張りあげて座らせると、不自然な堅い動きで座り直した。しばらくぎくしゃくした動きで腕や肩を動かしていたが、徐々に躰はほぐれてきたらしい。
 どういうことだ? とロバートは思った。
 むざむざとキスなどされずに、突き飛ばせばすむものを。
 躰が動かなかったと言うのは、ガラスを踏んでショック状態にでもなっていたのだろうか?
 いずれにしても紛らわしく受け入れ体制をとってロバートを誘ってでもいたかのように思え、苦々しい思いが湧いてくる。同時にばつの悪い思いと、何と言い訳をすればいいのかという途方に暮れた気分も襲ってきた。
 かたわらに正座の状態で座り込むロバートの存在を無視するかのように、ロイは痛そうな顔をして足の裏を検分した。やがてガラスの破片をそっとつまむといきなり引き抜いた。よほど痛かったのか、呻いて自分の膝に顔を埋めている。
「だ、大丈夫か? 医務室に行かないと……いや、病院の方がいいな」
 横抱きにして医務室に運んだ過去を思い出したが、今それをこの大尉にするわけにはいかなかった。それに彼が絶対に拒否するだろうことも分かっていた。
「ええ。でもできるなら、ロッカーに常備してあるキットを出していただけると、ありがたいんですが」

 ロバートはあわてて立ち上がり、救急キットを出すと、ふたを開けてロイに差し出した。
 ロイは手際よく薬を出し、脱脂綿に浸して眉を寄せながら消毒を始めた。手伝おうか? という言葉すら出ないほどロイの発する冷たい気配に、ロバートはただ彼の前に座り込んで眺めていた。
 俯いて作業するロイのそばで、ロバートはぐるぐると言い訳が頭を巡るのを、止めることができなかった。
 違う人と間違えた……いやそれでは間違えるべき相手が存在するという、余計にやっかいな疑いがもちあがる。
 君の躰が綺麗なので女性だと勘違いした……女性を押さえ込んだとなれば、男よりも罪が重い。それに女だと思われたのではよけいに怒るかもしれない。
 ではもともとロイが好きだったので、衝動に走った……どれを考えても問題がさらに膨らみそうで、ロバートは絶望した。

 俯いているために前髪が顔を半分隠したままのロイが、さりげない調子で言った。
「……どなたと間違われたんですか?大佐」
「え?」
ロバートはどぎまぎした。どなた、と言われてもまさか幽霊だなどとはいえない。
「あなたが俺を押さえ込んでキスするはずがない。さっきは様子がおかしかったし」
「い、いやその、確かにおかしかった、そうだな」 
 助けて、ロバート、と言う声が、確かに聞こえたのだ。考えてみれば、こんなロッカールームで一度ならず二度もグラスが転がって、それを踏んで蹲るなどという光景が繰り返されたのも奇妙だった。それもロバートが普段いもしない時間に偶然に。
 ロイは、ロバートの顔を横目で睨むように、深い暗い目を光らせた。
「……俺が暴れなかったら、あなたは俺のペニスを掴み、それから行くべき所まで行くつもりだったのでしょう?」
 珍しいロイのはっきりした物言いに、ロバートは後じさった。
「た、大尉……いや、ロイ…」
「俺は誰かと間違われることはあまりないんです。では大佐は俺をそんな目で見ていたと?」
 ロイは、容赦なく突っ込むつもりらしい。
 目つきといいものの言い方といい、まるで真剣に怒った時のマイクに責められているようで、ロバートはどぎまぎした。
「でも、おかしかったのは大佐だけじゃなかった……」
 動かなかった躰のことを言っているのだろう。ロイは軽く右手首を回してそれをじっと見た。
「テリー……」 

 ロイの呟きに、ロバートは黙り込んだ。
 おそるおそるロイの方を見ると、彼は立っているロバートを、挑むような光をたたえた瞳でまっすぐに見つめていた。
「確かにそうおっしゃった」
「……ロイ…、君は…」
「テリー・ランドのことでしょう?」
 青緑色に揺れる目。

 テリーと同じ色なのに、今目の前にあるそれは、ロバートを誘っているのはなく、詰問している。そして、その瞳には複雑な感情が露わに見え、ロバートから反らされることもなく返事を待っている。

 ロバートは観念した。
「…そう。彼と間違えた」ロバートはロイの視線に耐えられず、思わず床に目を落とした。
「テリー・ランドと……」















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