[第四章 拒絶] of [哀しみの追憶]


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第四章 拒絶

 テリーの借りている部屋は、考えられないものだった。
 何もない。
 ベッドですら、軍の払い下げのまたそのお下がりでも譲って貰ったかのような年代物で、それだけが部屋の真ん中に置いてある。
 クローゼットはドアがはずれており、どっちにしても中には大した荷物もはいっていなかった。冷蔵庫は備え付けらしくキッチンの片隅にあるにはあったが、何も入っておらず、水さえもなかった。
 かつてのテリーの部屋には色が溢れていた。本棚に並ぶ趣味の統一されない書物、子どもみたいに夢中になって作ったという大型の戦艦の模型。洋服にも金がかけられ、あか抜けたお洒落な服をいつも身につけていたのだ。それらはいったい、どこへ消えたのだろう。

「……お前、いったい何を食って生きてるんだ?」
 冷蔵庫を開けたロバートは思わず呟いた。
「…送ってくれてありがとう。もう帰ってくれないか?」
 テリーが覚めた口調で言った。
「いや」
ロバートは、正面に立つと、力なくベッドに座っているテリーを見詰めた。目は閉じられ、ロバートを見ようともしない。
「躰をやられた話は聞いた。お前は優秀な隊員だったのに、無念なのも分かる。だが、こんな生活をしていたら……」
「だったらなんなんだ? あんたがここにいる理由は俺を抱くためか?」
「馬鹿をいうな」
 テリーは伏せた瞼をゆっくりと開いた。初めて意識して見たときと同じ、青緑の宝石のような輝きが、ロバートの瞳を捕らえた。
「抱かないんなら帰れ」
「テリー!」
 ロバートの声に、テリーの顔が歪んだ。そしておもむろに服を脱ぎだした。
「着替える」
そう言いながらテリーは、黙って突っ立っているロバートの前で全裸になった。
 肋骨が数えられるほど浮いており、薄い腹部に大きな酷い傷跡があった。それが今にも口を開けてしまいそうに見えて痛々しかった。
 着替えると言いながら、この躰をロバートに見せ付けるのが目的だったかのように、そのまま仰向けに、ベッドに寝転んだ。
「あんたに捨てられた…。ジュリアにも…。SEALにも捨てられたんだ…。神様は俺を見捨てた…」
 テリーは両手で顔を覆い、苦しそうに言った。
 躰ではなく心が血を吐くような、そんな声だった。
 ロバートはひざまずき、その肩に手を置いた。見た目より更に骨張った、痩せた感触に、ロバートはどきりとした。思わず抱きしめると、テリーは黙ってされるままになっていた。
「30分、20ドルだ」
 やがて、ぽつんと言った言葉に、ロバートは思わず躰を離し、正面から見据えた。
「でなければ、もう、かまわないでくれ」
 テリーの冷たい拒否の言葉に、ロバートは立ち上がり、ドアに向かって歩き出していた。

 真っ青な顔で帰ってきたロバートに、サマンサは心配したが、ロバートは黙って書斎に入ると、ひとり頭を抱え込んだ。
 あまりにも酷すぎる、とロバートは思った。輝かんばかりの髪の色をさらに燃え立たせるように、眩しかったテリーの面影が目の前を離れなかった。そして、たった今見たばかりの痩せ衰えた躰が。
 大きな男に貫かれて、棚にすがっていた姿が……。

 ペンタゴンでミーティングに現れた西海岸のチームの隊長を、ロバートは捕まえた。
 会議終了後にレストランで夕食をとりながら、ロバートはテリー・ランドの件を持ち出した。
「ああ、気の毒にな」
 テリーの所属していたチームの責任者であるマービン中佐は、微かに眉間に皺をよせ、遠くを見るように呟いた。
 テリーはジュリアと別れた後は、一筋に仕事にうちこんでいたらしい。隊長としてたくさんの褒賞を受け、順調に昇進していった。いつまでも独身でいることを訝る者もいたが、テリーはガールフレンドひとり作ろうとはしなかったという。そんな話を持ちかけるような雰囲気もなく、寡黙に任務をこなす男だったと聞いて、ロバートは胸が痛んだ。それはロバートが知っている天真爛漫な男ではなかった。
 やがてテリーは事故に巻き込まれ、一時は助からないと誰もが諦めたという。
 車の爆発による焼けた破片がいくつも刺さった腹部が細菌に犯され、毒が全身を蝕んでいたのだ。だが、テリーは生き返った。それを幸いというのなら、今のテリーはなかったはずだ。
 長い入院のあと、自宅で更に療養生活が続けられたが、冷たい風が吹いただけで、テリーは発熱し、少し長く歩いただけでも息を切らした。
 もはや、元の職場への復帰の望みはないと医者に言われ、それが軍に報告されたあと、まだ仕事に復帰してもいない状態で、テリーが男と遊び歩いている姿が頻繁に目撃されたという。
 事務として復帰してからも、基地内で有名になるほどやりまくっている、という噂が広がった。
 裸で倒れたまま発見されたり、酷い顔色でふらふらと彷徨っていたりしたため、とうとうそこにいられなくなってしまった。
 原因が原因であるため、上層部も温情を示し、どこか別の場所でもう一度ちゃんとやり直せと言う勧告をしたらしい。行きたいところの希望があるか、との上司の問いにロバートのいるリトルクリークの基地の名前を言った。

「なぜ……。うちに?」
 どこか知らない場所ならいざ知らず、昔のテリーを知っているものがたくさんいる所へわざわざ戻ってきた気持ちが計りかねた。
「さあ、それがね……」
 マービンは思い出すような目をした。
『…好きな人のそばで死にたい……』
 テリーの吐いた言葉が、ロバートの心に突き刺さった。
「ちゃんと健康管理をすれば、ずっと生きていられる」とマービン中佐がいうと、彼は俯いて首を振り、「もうそれほどの意味はない」と呟いたという。
「死にたいとしか、思えない行動だった。多分長くはないでしょうね」
 マービンはため息をついた。

『好きな人のそばで死にたい……』

 ――テリーがそんなことを?














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