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第九章 告白

 ロイがテリーを父親だと知っていると告白し、母であるジュリアとテリーのいきさつまで多少の知識があるらしい口ぶりに、ロバートは驚いた。
 生まれた時からマイクの息子として何不自由なく愛情を受け、そんな情報など知るはずのないことなのに、ロイがなぜそんなふうに感じたのか、どんなきっかけがあったのかは分からなかった。
 だがそういう秘密というものはえてしてほころびが起きやすく、知られてしまうものかのかもしれない。
 全てを話して欲しい、というロイの表情はきつく、意志の強さを感じさせた。
 一人前の将校としてチームを率いている重責を負っているロイは、いつもの冷静さを欠いているのか、酷く幼い表情を浮かべており、ロバートはそのいたいけにすら感じられるロイをごまかすことができなくなっていた。

 二人はとりあえず服を着け、ロバートの車でロイの家に来た。
 大西洋沿いの海岸の高台にあるロイのビーチハウスは、ロイが結婚した際に借りたまま、ひっそりと建っていた。この家に妻がいたことなど忘れたかのように、しんとした建物は家主が灯りをつけても侘びしいばかりの空間を見せていた。

 だだっ広いリビングには、お洒落なソファやテーブルが設置されてはいるものの、ロバートの家のように手作りのキルトで作ったソファカバーや壁のタペストリー、観葉植物や花瓶に生けた花などは何もなく、主の私生活への無関心さばかりを際だたせていた。
 話が先だと言い張るロイを、冷え切った躰を温めるために、無理矢理にバスルームに追い立てた。怪我を負った躰は極度に体温を下降させているかのように、ロイの顔色は青く、小刻みな震えさえも起きていたからだ。ロバート自身もシャワー後の躰が冷えてしまってはいたが、これからの話をどうしようかということにとりまぎれ、自分のことはまったく気にならなかった。

 空調のスイッチを入れ、勝手にキッチンの棚からブランデーを出して、心を落ち着かせるためにバークがひとりそれを飲んでいると、ゆったりとした部屋着とガウンに身を包んだロイが戻ってきた。
 そそけたように白かった頬に僅かに生気が戻り、暖まったせいか、いくぶん落ち着いたように見えるロイに「勝手にもらったよ」と新しいグラスと差し出すと、ロイはそれを片手に暖炉の前にしゃがみ込んだ。
 寒さがしんしんと部屋中を占領していた。普段ならそれほど時間をかけずに空調が効いてくるはずなのに、なぜだか空気はなかなか暖かくならないようだ。

「寒いな」
 ロバートの言葉を待つまでもなく、ロイは暖炉に火を入れるつもりらしい。
 手際よく薪に火を付けながら、しばらく無言で暖炉に向かっていたロイは、炎が上がり始めると、やっとロバートに話をするよう促した。
「今時薪を使うのか? ウチなどガスであっという間に暖まるぞ」
 ロバートが隣に座って暖炉を覗き込んでいると、ロイは俯いたまま言った。
「テリーはあなたにとって、……どんな意味があるんです? あなたは彼とどんな関係だった…?」
 ごくり、と喉を鳴らしてブランデーが降りていった。
 この清廉潔白な傷ついた若者に、こんな話をする羽目になろうとは……。だがもう逃げようもなかった。
 ブランデーを飲みながら、ロバートは長い話をし、何度もグラスで喉を潤わせた。
 話している時から、ロイはロバートを見なかった。普段、真っ直ぐな眼差しで、相手の目を見て話を聞く行儀のよさを、どうしても今日はする気にならないらしく、ロバートも気にしなかった。暖炉の薪が程よく燃えているかどうかが最大の任務のように、ロイは暖炉の前に蹲り、その炎の調節に余念がなかった。
 ロバートはテリーが彼の部屋を訪ねてキスをし、不意に消えたことまで話した。あれからそのくだりを思い出すたび、あれは夢だったのかもしれないという気持ちになっていたが、なぜか今夜はすんなりと、やはり現実にテリーがあの場に来たことを確信していた。
 テリーが男達としていたことを話しても、武器庫で発見した時のテリーの様子を話しても、ロイは微動だにしなかった。
 青白い横顔に赤々と燃える火が反射しているだけで、ロイは顔の筋肉ひとつ動かすことなくロバートの話に耳を傾けていた。

 長い話が終わると、ロバートはほうっとため息をついた。
 ひどく疲れていた。
 小さい頃からロブおじさん、と慕ってくれた息子のようなロイ。
 親友にそっくりな仕草と話し方をするロイ。
 恋人と瓜二つの姿を見せつけるロイ。
 彼に嫌われたくはなかった。できればこの手で抱きしめたいほど愛しささえ感じることがあるというのに、ロバートのしてきた過去は、ロイには酷く残酷な話に違いない。もう二度と口もきいてくれないかしれないと思うと、やりきれない虚脱感が襲った。
 さっきからずっと黙って暖炉に火をくべているロイの横顔からは、何の感情も伺えなかった。
「軽蔑してかまわないよ、ロイ」
 暖炉から少し離れた床につきあうように座り込んだまま、自嘲気味にロバートが言うと、ロイは薪を持ったまま、じっと燃える炎を見詰めていた。
「かわいそうな人だったんだ…」
 ロバートは黙った。悲惨な死に様になってしまったこんな話を、やはり聞かせるべきではなかったと、後悔が押し寄せてきたのだ。
「ロイ、私は……」
「あの人は一度母に会いに来たんです」
 ロバートは顔を上げた。
「な、なにをしに?」
 ロイは顔を向けた。何となくべそをかいたような表情だった。
「母を呼び戻しに…。父が死んだあとです。多分、父が死んだことを知って来たのだと思う」
「なぜジュリアは…、行かなかったのだろう?」
 肩を微かにすくめ、初めてロイの瞳が揺らいだ。
「俺がいたから…。……俺がマイクの息子だから」
 ロバートは、一瞬、ジュリアがそう思っていたわけはない、と言おうとして黙った。そんなことは分かり切った事だった。ジュリアはおそらく、もう、マイクを裏切れなかったのだろう。たとえ彼が死んでも、他人の子を息子として愛し続けたマイクを。ジュリアを心から包み込んでくれていた男のことを…。
「でも、テリーの死亡記事を見たとき、母はひどく泣きました。気が狂ったようにね。父が死んだときも気丈にふるまっていたし、俺には一度もそれまで泣き顔など見せたことがなかった。……あれからあの人はだんだん夢の中に入っていくようになった…」
 行き違いやすれ違い…、タイミングの善し悪し。人生はままならないことが多いとロバートは思った。それはジュリアとテリーの間でも起こり、ロバートとテリーの間でも起こった。もしサマンサと出会う前にテリーに会っていれば、今も彼は生き生きとここにいたのかもしれなかった。いや、サマンサを捨て、テリーと生きることを自分が選んでいたならば。
 グラスが空になっているのを見て、ロイは立ち上がった。
「おかわりを…」
 急によろめいて倒れかける躰を、ロバートは思わず支えた。
「足を怪我してるの、忘れたな?」
 ロバートが言うと、ロイは冷や汗をかいたような顔色で、怪我のない方の足で躰を支えた。
 ロバートが座ろうとしたとき、ロイがそのまま倒れこんできた。はずみで尻餅をついたが、ロイはロバートの肩に顔をうずめたまま黙っていた。
 ロバートは、その躰が熱くなり、微かに震えているのを感じ取った。
「…私は君の父親を愛し、この手に抱いた。そしてもうひとりの君の父親は私の親友だった。……どちらも…かけがえがない……今でも彼らを愛しているよ…」
 ロイは頭をロバートの肩に乗せたままだった。その躰に腕を回すと、ロバートは言った。
「深い縁を感じるね。私とサマンサはずっと君を息子のように思ってきた。ただならぬ何かで繋がっているとしか思えないんだ」
 ロバートが顔を覗き込むと、ロイが躰を剥がすように少し身を引いた。
 青緑色の瞳が濡れているのが見えたが、今は泣いてはいなかった。
「テリーを……忘れられないんですね?」
 ロバートはロイを見詰め、深く頷いた。
 膝の間に座り込んだロイの頬を両手で挟み、その両方の頬に交互にキスをした。
「ああ、今でもずっとね…」

 息子がいたらこうして抱きしめて、お互いの傷を癒すことがあるのだろうか、とロバートは思った。いや、本当はそんなことを考えてなどいなかった。
 ロバートは今、ロイの頬ではなく、唇にもう一度キスをしたくてたまらない欲情に躰が火照るほどの自分に驚いていた。
 理性が全力でロバートを押さえ込んでいるために、冷や汗がじっとりと湧いてきているかのようだった。











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