[談議その1] of [おもちゃ談議]


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おもちゃ談議 その1

 店の中は賑わっている。

 久しぶりの休暇を前に、海軍特殊部隊の兵士達はぶっとんでいた。
 彼らは常に行動を共にし、一緒に飲むときはほとんど全員が参加をし、前後不覚になるほどに飲みつぶれる。
 もっとも、そういう機会はそれほど多いわけではない。
 いつ出動して極秘任務につくやも分からず、待機を余儀なくされるときは、酒も控えめにして大人しくしていることも多い。
 だから、大手を振って飲める時は店を貸し切らんばかりの勢いで飲むのだ。
 実際、貸し切りにしたわけではなかったが、お馴染みのバーにはすでに客は彼らだけとなり、店主も深夜映画を眺めながら一緒に酒を食らっている。
 ジム・ホーナーはこのチームをまとめる曹長だが、潰れるほど飲むことはほとんどない。というより、どれほど飲んでもそう乱れるほど酔うことはないのだ。
 
 チームはここしばらく難しい任務に就いていたがやっとそれも終わり、久々に街に戻って来て、しかも明日からしばらく休暇がもらえるとあれば、ジムは酒を飲むどころではない。
 今夜から荷物を抱えて恋人の家に直行する者も多いはずだ。もちろんジムもそうするつもりだ。だが、他の連中と違ってジムの恋人は家で待っているわけではなく、ここで一緒に飲んでいるから慌てることはない。
 カウンターに立って、そっと恋人の様子を伺うと、さっきまで直属の上官であるバーク大佐と話をしていたロイ・フォード大尉は先に帰るという大佐を見送って戻ってきた。
 さっきから座っていたボックス席に戻ると、ロイはさすがに飲み過ぎたのかぼんやりと考え事でもしているように見えた。
 同じ席に行こうとするジムを、他の隊員が呼び止め、恋人とうまくいかないのは仕事のせいかと絡まれ始めた。
 そんなことまで曹長に相談されてもかなわない、恋くらい自分でなんとかやれ、俺だって苦労が絶えないんだと心の中で毒づきながらもジムは仕方なく隊員の愚痴を聞いてやっていた。

 レクスターは、何だか飲み過ぎてふらついてきた。
 ずっと立ったままカウンターを囲んで飲んでいたが、すっかり飲み疲れてしまったのだ。
 チームのみんなとの輪から離れ、ボックス席に座ると、熱い息を吐いた。
「あ、大尉、ごめん。座っていい?」
 先に座って目の前にいるのが、自分の隊長だったことに、レクはちょっと戸惑った。私服の薄い黒のセーターを着ているロイは、とても軍の人間には見えないほど、綺麗だ。綺麗ではあるが、表情が乏しい。
 酒を飲むと、さらに乏しくなってくる。レクはこの上官が大好きであったが、ちょっと苦手でもある。
「かまわないよ、レク」
 青白い顔でロイがグラスを傾けるのを、レクはじっと見た。
「ちっとも酔わないんだね、大尉って」
 レクが言うと、ロイはめずらしく霞がかかったような、青緑の瞳を向けた。
「……酔っている」
「うそ」
 レクは、ロイの顔をまじまじと見た。この人にこういうことをすること事態、レクは自分が相当酔っているんだな、とどこかで思った。
「大尉ってさ、いつも家で何をしてんの?」
 何か話さなきゃ、と気詰まりになって、適当な質問をしてみる。
「なに……って?」
「週末とかさあ、大尉みたいな人って何してんのかなあって、思って」
「……なんだろうな…。ごろごろしてるかな」
「うそ…。大尉が家でごろごろしてんの?」
「うん……」
「ごろごろして、……テレビを見てるとか?」
「テレビは……ニュースくらいしか……見ない。あまりつけないな」
「じゃあ本を読んでる?」
「うん……。読んでる…こともある」
「ミステリとか…ホラーとか、俺好きなんだけど大尉ってどんなの読むの?」
「……超小型潜水艦の…艦長が書いた本とか…、新しい兵器のメカニズムについてとか…」
「ミステリじゃないんだね」
「趣味がないんだ。馬鹿みたいだな、考えてみると。ちっともおもしろみのないやつだって、こないだビリーに言われたけど、おまえもそう思うか?」
 思わぬ質問に、レクスターは目を白黒させた。
 大尉は大尉であることだけで素晴らしいような気がするのに、おもしろみまで求めなくてもいいような気がする。
 ビリーに言われたことをまさか気にしているのだろうか、とレクスターは訝しみながら、返事を待っている風でもなく液体を流し込んでいる大尉を前に、さりげなく話題を変えた。

「ねえ、大尉。大尉って、恋人いんの?」
 ロイは黙り込んだ。
 グラスを置いて、レクスターをじっと見ている。
 馴れ馴れしすぎたかな? と、レクは思ったが、酔っているせいか、止められない。
「大尉って、セックスとかしないように見えるから」
「レク……。俺は…そんなふうに見えるのか?」
 ああ、しまった。なんて露骨なことを聞いたんだ、とレクスターは後悔した。いくら大尉が潔癖に見えても、セックスくらいはするだろう。
 でも、誰と? と思うとやっぱり興味がわく。確か大尉は離婚していて、今は恋人はいないらしいが、元の奥さんはすごいほどゴージャスな美人だったというもっぱらの噂だ。
 この大尉と並ぶなら普通の美女程度では引き立て役になってしまって駄目なのかもしれない。
「怒った? 大尉」
「いや……。俺もお前に質問がある」
「なに?」
 ロイは、据わったような、堅い目をしてレクの前に顔をつきつけた。
「……おまえ、大人のおもちゃって、知ってるか?」
「うん」
 レクが、何の戸惑いもなく返事をすると、ロイはちょっと口を閉じ、
「使ったことは?」と、聞いた。
 レクはあはは、と笑った。
「使うって言うか、俺の場合、使われちゃったって感じかなあ。いっぱい……今までいろんなのあるよ」
「…………いっぱい…?」
 といってから、ロイははっとしたように眉を寄せた。
「すまない、レク。おまえにつらい話をさせたかったわけじゃないんだ。俺は……ただ…」
 目の前のレクスターは子供の頃から性的虐待の対象にされ続けた過去を持つことを、ロイは思い出したのだ。
 大人になっても、私生活の部分ではどこか頼りないレクスターは、やはり男達の欲望の視線を受けることが多く、トラブルに巻き込まれたことが幾度もあった。
 レクスターは明るく笑った。
 酒のせいか、もともとの性分か、レクスターにはそんなところがある。あまり物事を深刻にしない天性のなにかがあり、それがレクスターを救っているともいえた。
 だが、時折耐え難い事態が起きると、彼自身が自覚しているよりも大きな傷口がぱっくりと開いてしまうことがあることをロイは知っているのだ。
「いいんだよ。俺、愉しかったことだけ話すから。あれってねえ……いろいろあるけど…」
 レクはくすくす笑いながら、本当に楽しそうに身を乗り出した。
「あのね、こういうディルド知ってる? 大尉」
 レクはテーブルに、ビールで形を描いた。
「……それが?」
「それでね、最近ここに別のモーターがついててさ」
 レクは形の下部を指差し、「で、それをやられると、俺、死にそうになるんだ」
「死にそうに……?」
 ロイの眉が上がった。
「もうね、連続で達っちゃうんだ。泣いてもやめてくんないから。ルネ……」
 ロイは黙ってグラスを唇に運んだ。
 ルネは今レクスターが本気で恋している男だ。
 歳もかなり上だし、世慣れた遊び人のようなルネとのつきあいに、ロイは最初不安を感じたが、意外にも彼は真面目にレクスターの過去とも向き合ってくれているようだ。そのルネとそんな遊びを……と思うと、生々しすぎてリアクションがとれないのだ。
「それからね」
 レクスターはとどまることを知らないかのように、話し続ける。
 普段大人しい分、酔うと限界を知らない。暴れるわけではないが、意外と酒癖が悪いと言えないこともない。
「こんなエイリアンみたいなのがあるんだ。こことここにベルトついてて」
 レクはまた、絵を描いた。
 カブトガニの甲羅を小さくして、しっぽを太く長くしたような奇態な形だ。はさみのないさそりのようにも見える。
「でね、この尻尾をね……」と言ってから、ロイの顔をまじまじと見た。「おもしろい? 大尉」
「うん。興味深い」
 ロイはまじめな顔で頷いた。「で、尻尾はズボンから出すのか? ズボンに穴でも開けるのか? そんなことをして、いったい何がたのし……」
「ズボンに穴を開けちゃまずいよ~」
 レクスターは呆れたようにロイを見上げた。それから不意に笑いだした。「大尉って面白いんだね」
 それからまた、自作の絵に戻って説明を始めた。
「これをさ、こう折り曲げて挿れるんだよ、あそこに」
「……どこに?」
「どこ……って、そんなまじめな顔で言われると…」
 レクは鼻じらみ、「ええとねえ」と、顔を上げ、
「今、俺たちは大人のおもちゃの話をしてるんだよね?」と確認するように念を押すと、ロイは真面目に頷いた。
「うん、おもちゃの話をしている」
 レクスターはロイの耳元に唇を寄せ、どこに挿れるのかを的確な言葉で伝えた。
 一瞬、ロイの眉が寄せられたが、思い直したように軽く頷いた。
「で、尻尾が動くんだ、中で。身体にあたってるとこも、振動するんだよ」
「……気持ちが悪そうだ」
「う~ん、まあね。それにつけたまま歩くと、つらいんだ。感じちゃって。でも、歩かされんの。無理やり。人ごみで、こっそりスイッチを入れたりされるんだ。もう、気が狂いそうになっちゃう」
 ロイは頭に手をやり、額を抱えるように肘をついた。
「……おまえ。いつもそんなことをされているのか?」
「いつもじゃないけど」
 けらけらとレクスターは笑った。「でも、一日中セックスしてるみたいで、楽しいよ」
 
 ボックス席を背にして、ジムはビールを飲んでいた。
 恋人とうまくいかないと愚痴っていた男はすでに足下に座り込んで潰れていた。
 立ってカウンターに寄りかかっている、その後ろのボックスから聞こえてくる会話に、ジムは敢えて参加をせず聞き耳を立てていたのだ。
 さっきから笑い続けて小刻みに躰が震えていた。
「大尉は? 恋人とそんなプレイしないの?」
 普段おどおどと真面目なばかりのレクスターの、下品さ全開の質問がまた聞こえてきた。
 そっと横目で伺うと、極めて真剣な表情をしたロイが首を振ったのが見えた。
「しない」
「え~? なんで? 楽しいのに」
「……楽しいのか?」
「だって…、気持ちいいよ」
「……気持ち…いい?」
 ジムは、さりげなくロイのとなりに座り込んだ。
「レク。お前、相当酔ってるだろ?」
 レクはきゃらきゃらと笑った。
「酔ってないって。曹長。あのね、今大尉とおもちゃの話してたんだ」
「ああ、聞こえていた。おまえが大尉とそんな話ができるってこと事態、相当悪酔いしてる証拠だ」
「曹長は、使ったことある? 恋人に……」
 まったく意に介さないような顔で、レクスターは逆にジムに質問した。ジムは隣にちらっと目を走らせた。
「俺の恋人はそれが嫌らしくてな、使ったことはない」
「そうかあ。慣れないと、怖いかもね」
 レクは、見たこともないジムの恋人に、同情するように言った。
「でも、それって知らないからだよ。一度試せば、喜ぶんじゃないかと思うよ、俺」
「そう、思うか?」
 ロイが隣で膝を当ててきたのが分ったが、ジムは無視した。
「そんな初心な人が、恋人だったんだ、曹長って」
 レクは、感心したようにジムに言うと、「ねえ、大尉。曹長の選ぶ人って、いつも純情そうな人だったって、知ってた?」
「ん……」
 ジムは慌てたように、「なに言ってるんだ、レク」と頭を小突いた。






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