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おもちゃ屋探検

「大人の玩具屋に見学に行こう」とジムが言うと、ロイは最初、嫌そうな顔をした。
 だが、ジムの熱心な誘いと、社会勉強に一回は行くべきだ、男は皆行くもんだ、という言葉に、少し考えてから頷いた。
 てっきり「いやだ」と言うだろうと、本気で誘ったわけでもなかったジムは眉を上げた。

 どういう心境の変化なのか分からないが、けっこうロイにとっては貴重な体験になるんじゃないかとジムは思った。
 あまりにも初心で、世の中の汚れた部分を知らなすぎる
 。世間から隔離された温室育ちだったわけではないはずなのに、なぜだかロイ・フォードという男は二十代も半ばにして、未だどこかがまっさらなままなのだ。
 そこが好きなところではあるが、ロイがあの店でどんな顔をするのか、見たい気がした。
 第一、あそこにあるでかいディルドを見たら、ジムのものが大したでかさじゃないと言うことを、信じ込ませることが出来るかもしれない。
 下世話な話で恐縮ではあるのだが、せんだってから、ロイはジムのそのものを怖がっているような気がしてならなかったのだ。

 店の入り口で、ロイが逡巡しているのが、ジムにはかわいらしく思え、ひとり微笑んだ。
 今この人の心臓は、らしくもなくばくばくいっているのかもしれない、と思うと楽しくなってきた。
 純粋培養のケースの中で育てられたようなロイが、初めて下世話な世界に入り込む記念すべき日であった。記念品をひとつくらい、手に入れて帰ることができるかもしれない。

 店内はしんとしていた。 
 誰も他に客がいないらしく、カウンターの親爺が新聞を見ながら手で合図した。
 勝手に見てくれということらしい。
 俯きながら、ロイは恐る恐る歩を進めていたが、だんだん興味深そうな眼差しを、あちこちに向け始めた。
「……あれは何に使うんだ?」
 黒い皮の腕輪のようなものを、そっと指差してロイが聞いた。指差し方が、ひどくかわいらしくなってしまっている。
「ペニスに装着するんだよ。飾りでもあるし、締めれば、いけなくて何度も楽しめるってやつかな。多分」
「……あれは…? 医療器具じゃないのか?」
 カテーテルやその他の器具がガラス製の陳列ケースに並べられているのを見て、ロイはジムに囁いた。「医療器具も扱っているのか?」
「いろんなやつがいるからな。ああいうのを使って楽しむんだよ。プレイのひとつでな」
「そんな……馬鹿な。あんなものをどう……」
 ジムは、金属のカラスの口のような肛門科の医師が使う器具を指差し、ロイの耳に口を寄せた。
「あれをつっこんで、広げて中を見たりな、あっちの管はペニスに差すのに使ったり…、その隣は……」
「もういい」
 ロイは、怒ったような声を出した。
 眉が寄せられ、唇が真一文字に閉じられ、金輪際、質問はしないと決意したかのような顔をしている。
 どんどん奥に進んで行くジムに仕方なく着いてきながら、
「……もう帰ろう」
 ロイがジムを促した。
 来たことを死ぬほど後悔しているのが手に取るように分かるが、軽蔑とか怒りとか恥じらいというよりも、ロイはこれらの玩具に怯えているように見えた。
「もう少し待てよ。入ったばかりだろ? あれだけは見ておかなくちゃ」
「あれ……って?」
 ジムが奥に進んでいくと、ロイも仕方なしについてきた。
 一人で店外へ出るのもためらわれるらしく、ジムのそばで少女のように身を竦めている。
 
 ずらりと並んだ壮観な陳列棚の前に、ジムはロイとともに立った。
 小さいものから大きなもの、電動もの、先端が人形の首のように見えるもの、動物の尻尾のようなもの。でかいのから小さいの、カラフルに彩られたものは、ちょっと見にはかわいらしくさえ見える。
 まるでお花畑のようだ。
「これ……は?」
 あまりにもいろいろな形があり、咄嗟に何なのか分らなかったらしく、ロイは口をぽかんと開けて、眺めている。
 やがて、普通サイズのリアルな形に目が届いたらしく、開けていた口を閉じた。それに気がつくと、人形みたいに見えたものも、すべてその形なのに気がついたのだろう。
「……」
 ロイは、息を呑んだようにそれらの物体を見ていたが、気がつくとジムのシャツの裾をしっかりと掴んでいた。ジムは、ロイが一回り縮んだような気がした。
 この空間に圧倒され、まるで迷子になった子どもが警官にすがりつくように怯えている。
「こ、こんなものを部屋に飾るのか?」
「飾ってもいいが…」
 ジムは笑いを必死で堪えた。「これは使うためにあるんだ」
「つかう……? どうやって?」
 芯から初心にできてるんだな、とジムは呆れてしまった。
 小型の愛らしい、熊の顔のものを手に取り、目の前にそれを差し出すと、ロイは一歩身を引いた。
「こいつはペニスの代わりだ」
 スイッチを入れ、異様なくねりを再現させると、ロイはさらに一歩下がり、「なんで動くんだ?」と、唸った。
「モーターが仕込んであって……」
「仕組みは何となく分る。どうして動く必要がある?」
「これで内部をかき回すと、最高に気持ちがいいらしいぜ」
 とジムが言うと、目を逸らし、吐きそうな顔をした。
 真ん中に、信じられないほど巨大なものがリアルに再現されたものがあり、中程に貼ってあるカードに『人気俳優○○の型どり』と書いてあった。
 巨根がウリのゲイのスターなのだろう。
 ということは、ジムより更に上手がいるという、分かりやすい説明であった。
「あれ見ろよ」と、無理やりそっちに目を向けさせると、「世の中、すごいヤツがいるもんだな」と、わざと感心して見せた。
 ロイは、怯えきったような視線で、しばらくその大きなリアルなものを見つめていたが、ふらりとよろめいて、思わずそばの棚に手をつき、棚の上の人形を落としそうになった。
 上半身裸の、GIジョーに似た人形のズボンから、巨大な一物がはみ出ており、それに本物のピアスが通されているのを見て、ロイは奇妙な声を上げて、慌ててそれを棚に戻した。
 人形は一度立ったもののすぐにバランスを崩して倒れたが、几帳面なはずのロイはもう見ないふりを決め込んで、棚に背を向けた。
「それはビリーだ」
「ビリー?」
「ああ。人形の名前だ」
 ロイは薄気味悪そうに、少しだけ首を後ろに向け、横目でそれを見ると、「ろくな名じゃないな」と呟いた。
 世話のやける仲間とよりにもよって同じ名とは、よほど日頃の行いが悪いと思われる。 
 いや、あんなちゃらんぽらんな男と同じ名前とは人形が気の毒というものだ。ジムはそう話しかけたが、ロイはほとんど聞いていないような顔をしてあたりに気を取られている。
「記念にどれか買ってみるか?」と聞くと、真っ白な顔で首を振った。
「帰るか?」と声をかけると、呆然とした表情のまま頷いた。
 どうも調子が狂ってしまっているらしく、息つぎがままならないようで、ロイはしきりに深呼吸をした。

「……これ、こんなものを買う人間が…本当にいるのか?」
「いなきゃ、店は潰れるだろう?」
「本当に、男なら誰でもこういうところに、行ったことがあると?」
 ジムは面白がって調子よく答えた。
「当然だろ?」
「リックやジョンやアンディも?」
「リックやジョンやアンディは、何度でも行ってるはずだ」
「ポ、ポールも?」
「ポールは先日、奥さんにプレゼントしたと言ってたぞ。留守が多いからな」
 ロイは、綺麗なポールの奥さんの顔を思い浮かべたように、首を振った。
「レクは、……ないな、多分」
 ロイが期待するように言った。
「あいつは、どうかな」
「見たこともないはずだ。レクなら」
 ロイが安心したように、頷きながら言うのがおかしくて、ジムはわざと意地悪に言った。
「レクは自分で買わなくても、使われたことは相当あるだろ。飲んだくれたとき、ビリーとおもちゃ談義してたくらいだから」
 ロイは、黙り込んで、自分の爪先を見ている。
「どうした?」
「俺は……、おかしいか? 普通の男と比べたら、どっかおかしいんじゃないか?」
 ジムはロイの肩を抱き寄せた。
「そう思うなら、何か買って帰ろうか?」
 そう言って玩具をつかもうとするジムの背中に、ロイがしがみ付いてきた。
「いやだ、ジム、やめてくれ」
「冗談だよ」
 ジムが振り返って笑い出すと、ロイは悔しそうに顔を歪めた。
「ロイ?」
 泣き出しそうな顔で、ロイは黙って突っ立っていた。
「すまん、からかいすぎた。怒ったのか?」
「どうせ、俺は未熟だ……。子供と同じだ。だからもう、セックスなんか、しない」
「ロイ?」
 掴んだ腕を邪険に払い、ロイは出口へ向かい出した。
「嫌いだ。お前なんか」

「ロイ、一人で店内は歩かないほうがいい」
 ジムが低い声で言うと、ロイは怯えたように立ちすくんだ。
 まるでお化け屋敷に入った幼児だなと、ジムは噴出しそうになりながら、「いっぱい隠し扉があるからな。引き込まれたら、異国に売られる」と、昔ながらの子供を脅す台詞を吐いた。
「ば、ばかな……こと…」
 ロイは足を止めたまま、通路のほうを窺って見ている。
 そう言われてはじめて、狭い通路の片側に、なんでかたくさんの扉があるのに、気付いたようだ。
 いきなりロイの後ろのドアが開き、ロイの腕が掴まれると、中から引っ張り込まれそうになり、「ジム!」という、悲鳴のような声が響き渡った。
 ジムが駆け寄って行くと、ロイはドア口にしゃがみこみ、膝に顔を埋めていた。
「お客さん、ビデオ視聴じゃなかったのかい?」
 親爺がドアの中から、不思議そうにロイを見下ろした。
 狭く、暗い室内で、正面の画面に、男たちの激しいセックスの模様が映し出されており、ジムは足元のロイと、画面とを見比べた。
「そんなに驚いたのか?」
 ジムがロイを立たせると、ロイは蒼白な顔をして、ジムの手を握って歩き出した。
「もうお帰りで?」
 手ぶらで帰ろうとする客に、親爺が声をかけた。
 ジムは振り返るとウインクをした。
「俺たちの隊長に悲鳴を上げさせるなんて、たいしたもんだよ」


 外に出ると、ロイはほっとしたように息を吐いた。 
「なかなか、おもしろかっただろう?」
 ジムが聞くと、ロイは黙って頷いた。
 ジムはロイの手を握ったまま歩き出したが、ロイはその手を振りほどきもせず、大人しくついてきた。
 この界隈はゲイの通りであるから、誰も振り向きもしない。どころか、いちゃつきながら平然と歩いていく者たちすらいる。店に入る前は、そういう連中が気になるふうだったロイの目に、今はなにも映ってはいないらしく、横を通り過ぎるカップルにすら気づいてもいないように見えた。
「まあ、あれも大人の世界のひとつだ」
 ジムが笑うと、ロイは悄然としたままでため息をつき、それから目元を軽く拭った。
「……泣くほど怖かったのか?」
 ジムが呆れた声を出すと、ロイは俯いて呟いた。
「もう二度と行きたくない……」
 ジムはそっと肩を抱き、「そうだな。あんたには似合わない」と言って、「必要なときは俺が買ってきてやる」と、付け加えた。
「いらない。ぜったい、いやだ」
 ロイはきっぱりと言い、ジムの手をしっかり掴んだまま、後ろを振り返った。
「どうした?」
 ロイは正面に顔を戻し、それからおそるおそる、といった声で聞いた。
「ほんとうに、……異国に売られるのか?」
 ジムは目をまん丸にして、じっとロイの顔を見つめると、思わずロイを抱きしめた。
「ああ、あんたみたいな美人が行ったら、二度と戻ってこられない。だからもう……二度と…い、行くのはやめような」
 それから堪えられなくなり、激しく笑い出した。
「ジム……。どこかからか、嘘をついてないか?」
 憮然とした顔でジムを睨むように、ロイはジムを見た。
「どこもなにも……。全部ほんとだ」
「うそだ。俺を馬鹿にしているだろう? 絶対うそをついている。異国に売られるなんて、あるわけない!」
「だったら行ってみたらいい。ほんとかうそか分るぜ」
「もういい!」
 ロイは怒って歩き出した。
「ロイ、そう怒るなよ」
「嫌いだ!」
「じゃあジムさん、確かめに戻ろうっと」
 ジムが足をとめ、引き返し始めると、ロイは焦ったように腕を掴み、そのまま顔を埋めてきた。
「……からかうな…、ジム」
 ジムは笑いながら、そっと肩を抱いた。
「すまん。調子に乗りすぎたな。あんたがあんまりかわいいから、つい」
 道路の真中だというのに、ロイはしがみ付いたまま、ジムから離れなかった。
「馬鹿みたい……なんだろう? 俺は……。何も知らなくて…」
 ジムはロイを抱き寄せ、穏やかな声で囁いた。
「あんなことは、知らなくていいことだ。からかって悪かった」
「もう少し……待ってくれ、ジム」
 ロイが、顔を伏せたままで言った。「ついていけないんだ。理解できないことが多すぎる…」
「ああ、あんたは今のままで十分だ」
「物足りない……とか、思ってないか?」
 ジムは手をとって歩き出した。
「そんなこと、あるわけないだろう? ロイ、あんな店に一人で行っちゃいけないのは本当だ」ジムは神妙な顔を作った。「異国は大袈裟だけどな。奥の部屋に連れ込まれると、あそこの道具を全部試すまで、帰してもらえないんだ」
「…ジム!」

 今度は引っかからないとばかりに、ロイが手を振りほどくと、ジムは笑って追いかけて行った。





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