[波の音]of [金の砂銀の砂]

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波の音

 ビーチハウスに戻ってから、ゆっくりと酒を飲んだ。
 リビングの床に座り、ロイが見たら眉を顰めそうなほどあたりを散らかして、ジムとカーターはだらだらと語り合っていた。
 家主がいない気楽さで、ふたりのだらしなさには酔うほどに拍車がかかり、ビールの空き缶は増えるままに床に転がされた。
 それが切れると、買い込んできたバーボンのボトルを開けた。
「明日もどるんだっけかな? ロイは」
「予定ではね。夕方にはなんとかといっていたと思いますが、もし准将の都合がつけば午後からは仕事じゃなくて、准将と一緒に道草をくうんじゃないかな。墓参りをするとか言ってましたよ」
「墓参り? お父上か」
「それに、お袋さんも」
 カーターは身を起こした。「お母さん、亡くなったのか? いつ?」
「……もう一年はたつ――かな。あなたのチームは遠征でいない頃ですよ」
「そうか」
 ジムの声が沈んだ。
「じつは俺もそのときロイのそばにいなかったことがあって……」
「どういうことだ?」
「いろいろあったんですよ、デイン。……あなたが行った訓練学校ね、俺もあそこに呼ばれてて。いっそ行っちまおうと決めてから、休暇をとって実家にしばらく戻ったんです。その時にロイのお袋さんは亡くなったんで、実は葬儀にも参加してない」
 カーターは初めて聞くことに、驚いてしまった。
 ジムがチームを辞めようとしていただって?
 あのフロリダへ行くところだったなんて、一言も聞いてはいない。
「君が一時期休暇をとっていたのは知っていた。だがそれは、体調を崩してのことだと聞いていたぞ……」
「確かに体調を崩してました。まあ、崩してたっていうか崩されたというか」
「……意味深ないい方だな。病気じゃなかったってことか? なにがあったんだ?」
 ジムは珍しく暗い目をして、頷いた。
「人生ってのはいろんなことがあるもんです、デイン」
 ジムのような、大らかな人間になにがあったというのだろう。
 カーターは孔が空くほど、この頑丈な身体をした男を見つめた。
「麻薬です」
「麻薬? 君がそんなものに手を出したっていうのか?」
 そうじゃない、とジムは首を振った。つっかえながら、ぽつぽつとジムが語ったところによると、麻薬といってもコカインなどのよく知られているものではなかったらしい。それをジムは、自分でも知らないうちに大量に摂取させられた。そしてすっかり我を忘れてしまったのだという。
 助けに来たロイを、逆にぼこぼこに殴ったらしいとジムは声を詰まらせた。
 誰がどうして、という部分が完璧に抜けている話に、カーターは首を捻った。
「なんだんだ? いったいどんな連中がそんな罠をはったというんだ? そもそも目的は……」
「よけいなことを口走ってしまったらしい。けっこう飲んだかな」
 ジムが話を逸らすように渇いた笑いを漏らした。

「ジム、ちゃんと話せ」
 カーターの催促にジムは首を振った。
「話せば長い。その話は勘弁してください、デイン。聞くならロイに。あるいは准将か……」
「准将が知ってるだって? じゃあそれは軍に関わる話だとでも……」
 いいながら、やっとある組織の話を思い出した。確かにカーターはその時期、この基地を遠征で留守にしていた。そのために伝わる情報は遅く、詳細はあいまいだったし、こちらも自分たちの訓練で手一杯で上の空だったのだ。
 もとはといえば軍が始めたある薬の研究から、隊員たちが巻き込まれ、隠密裡に処理された――だから、今更知りようもない機密の部分に入っているはずだ。
 がさつだが、ジムは自ら麻薬などに手を出すタイプの男ではない。
 カーターは呼吸も忘れたように、ジムの顔を凝視した。
「この話をしたのは……そのとき、あれほどロイのそばを離れないと誓ったにもかかわらず、俺はチームを辞めてしまおうとしたってことなんです」
 続きを待ったが、ジムはそれ以上話すのが苦痛なようで、唇を噛んでいる。
「君は二度とロイのそばを離れないと……思っていたはずなのに意外だな。よほどのことだったわけだ」
 知らない間に、このふたりの間にもいろいろとあったらしい様子に、カーターはただ、呆然とそういった。
 ジムは自嘲気味に嗤った。
「俺もまだまだ修行が足りない。薬の問題が終わっても、俺たちの間には確執が残ったんです。一生ついてくと決めておきながら俺はあっさりとあの人から離れた――」
「で、もう今は大丈夫なんだな? 君たちは相変わらずつるんでいて、なにも問題などなさそうに見えるが」
 ジムは頷いて、バーボンを一口、ぐいっと喉に流し込んだ。
「人と人の結びつきってのは、難しいもんですね、デイン。信じたり疑ったり、大切だと思いつつ苦しめてしまったり……」
「そうだな。自分自身すら信じられないときがあるんだ。ましてやいくら親友でも他人同士なら、分かり合えないことはたくさんあるさ」
 カーターは自嘲を込めて呟いた。
「――たとえ恋人同士でも同じだ」
「俺とロイは……」
「いや、君たちを指していったんじゃないよ」
 カーターは少しいいよどんで、酒で舌を湿らせた。「君たちが来てくれて、カイルはきっと喜んで天に召されることができたと思う。私は、かつての彼の仲間たちに連絡もせず、誰一人呼ぶことなど考えつきもしなかった。ひどいだろ? カイルの人生は海軍の中にあったはずなのに。退役したから無関係だなんて、ひどいって今頃神様に泣きついてるかもしれん」
 ジムは黙ってカーターの顔を見た。
「なんだ?」
「あなたは彼と……彼をどういう気持ちで引き取ったんです?」
「おまえには分かってもらえるんじゃないかと思ったんだがな」
 笑ったつもりの声は乾いていた。
「一緒に……ゆっくり暮らしてやりたかった? 恋人同士ってのは単なる例えじゃなくて、カイルとのことですか?」

 笑いにつられることもなく、ジムはきまじめな顔でカーターから目を逸らさない。
 ジムが知っているデイン・カーターという人間は、男女間の恋愛さえにもうとい、ましてや男性同士の恋愛など考えもつかなかったような男のはずだ。
 そして、確かにかつてはそうだったのだ。
 諦めて、カーターは頷いた。
「愛していると――想いを正面からぶつけられた。だから一緒にいてやりたかった。やがて私もそう思った。カイルを愛していると。あいつとフロリダで過ごした時間は、確かに幸せだった……」
「幸せだったんですか?」
 咎めるような口調に、カーターは眉をあげた。
「なんでそんないい方をするんだ? 今夜はおまえ少し変だぞ」
 かもしれない、とジムはやっと唇を歪め――笑ったつもりらしかった――バーボンのお代わりをふたつのグラスに注いだ。
「あなたは変わりましたよ、デイン」
「私が変わっただと? 無茶をいわないでくれ。一緒に暮らしていた相手に死なれたばかりなんだ。誰だって落ち込んで暗くなるのが当然――」
「いや、それじゃない」
 ジムは、ぐいっとグラスを飲み干した。
「なにが変わったかいえよ、ジム」
 不意に、ジムは笑い出した。
 今のやりとりのなにがおかしいんだとカーターは多少むっとし、床に座ったままの体制で彼に足をひっかけた。
「いえないなら、いわせてやる」
「俺にはロイにやるみたいにはいかないぜ」
 羽交い締めの体制に入りかけていたカーターは、なんなく形勢逆転され、あっという間にジムに押さえ込まれてしまっていた。
 大男は、そのウエイトでがっしりと上官の上に乗り、アルコールの匂いをさせながらカーターの鼻先に自分の鼻をくっつくほど近づけた。
「自分がどう変わったか、自分で考えろよ、デイン」
 ジムは気がすんだとでもいいたげに、身を起こしかけた。
 カーターはすかさず反撃に出た。
 確かに岩のようながっちりした身体は、ロイにやるのとは違ったが、なんだかムキになって本気でジムを羽交い締めにした。
 だが、あっさりと解かれてしまい、それからなんだか互いに引っ込みがつかなくなって取っ組み合いをするはめになってしまった。
 お互いに気を抜くと、一瞬で立場が入れ替わる。
 すでにものもいわずに――押し黙ったまま、かなり真剣に相手を押さえ込もうとやっきになっていた。
 ローテーブルに、どっちかの身体がぶつかり、それすらも自分なのか相手なのか分からないほど身体が麻痺しかけているのを私は自覚した。

 テーブルに乗せていた氷のバケツがひっくり返って、溶け出した水が絨毯にこぼれ落ちた。それが足にかかり、その冷たさに、カーターはやっと正気に戻った。
「……ああ、もうだめだ。アルコールがすっかり脳みそまで回ってきたぞ、ジム」
 何度目かの勝ちの体制に入った瞬間、カーターは手を離して床に長々と伸びた。
 すっかり息があがっている。ジムも押さえ込まれた体制のまま、もう反撃の気配は見せなかった。
「ガキみたいになにやってんだろうな、俺たちは」
 カーターはミネラルウォーターの瓶を掴んで一口飲み、ジムに手渡した。
 ジムも身体を倒したまま、首だけをあげてそれを飲んだ。
 ざざん、と尖った岩に打ち寄せる波の音が聞こえるほど、静かな時間が降ってきた。
 海が好きなんだろうな、とカーターはなんとなくここの家主の顔を思い浮かべた。
 自分なら、こんなに潮騒の響く海岸べたになど、住む気はしない。海は嫌いではないし、馴染んだものではあるが、家にいるときくらいは離れていたい気がする。
「……自分が自分でない気がしてたんだ、ジム」
 カーターは戻された水をまた飲んでから、天井に語りかけた。隣の床が答えた。
「そりゃそうでしょうよ。訓練学校で一教官としてやるのも意義はあるが、あなたには似合わない。俺ならともかくね」
「おまえが教官でも、訓練生たちが気の毒だよ」
 カーターは笑った。
「戻りたかったよ、ジム。たぶん行ったその日から、私はここが恋しかった」
 ジムは返事をしなかった。ただ、頷いた気配だけが感じられた。
「以前、おまえはロイが子供のように無邪気になってしまったとき、仕事を辞めてあいつのそばにいてやる決意をしたな。もし、そうなっていたらおまえは後悔したと思うか?」
「……したでしょうね」
 少しだけ躊躇ってから、ジムは答えた。「でも、きっとそれでもあの時のあの人を見捨てていたら、それはそれで後悔したと思う」
 そうだな、とカーターは口の中で呟いた。仕事には戻りたかったが、カイルに幸せな時を与えてやれたことに後悔はない。その天秤の釣り合いがとれなかっただけで、上がった方の天秤の皿がいやだったわけではないのだ。
「ロイもバランスをとるのに苦労しているみたいだな」
「苦労って?」
「恋人とさ。どんな女性なんだ? あいつのことだから、きっと自分がくたびれても彼女の相手をしてやったりして、仕事とうまく両立させているんだろうが……今夜は早く眠れるといいけどな。バーク准将が解放してくれてたらいいが、あれで酒が入ると話し好きだからな」
 ジムが起き上がってあぐらをかいたので、カーターもやっと身体を起こした。
「恋人が……つきあってる女性がいると、ロイがいったんですか?」
「ああ。なんかこう、あいつがそんなふうに自分のプライベートを見せることはそうはないから。うまくいってるんだろう。なんか、小憎らしいくらいに余裕の態度だったな」
 へえ、とジムは目を丸くした。
「なんだ、知らなかったのか?」
「ああ、まあどんな相手かまでは……」
「ほんと意外だな。おまえたちはもっとひっつきもっつきしあってると、俺はずっと思ってた」
「……あの人の胸の裡は、分かりにくい。時々、ほんとに分からないんで、途方に暮れる気がするときがありますよ」
「口が重いからな、あいつは」
「確かにね。あの人がさらしを巻いて胸を潰してるとは知らなかったし」
 カーターは飲みかけていたミネラルウォーターを噴き出し、ジムの顔をびしょ濡れにした。
 ひでえ、とジムはカーターを睨みながら笑い出した。
「発見したよ、乗せれば乗るやつだって。案外かわいいとこ、あるじゃないか」
 かわいいですよ、とジムはシャツの裾で顔を拭きながら頷いた。
「あいつのジュリエットの格好を、見てみたいと思わないか?」
 カーターの言葉に、顔を拭いながらジムがげらげらと笑った。










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