[ROY]of [金の砂銀の砂]

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ROY

 カーターは、なんだかやたらにロイの恋人の存在が気になるらしく、自分がいるせいで“彼女”が遠慮して会えないでいるのではないかと気にしているようだ。
 そうではない、本当は……とすべて暴露したくなるのをロイはぐっと堪えるしかなかった。
 これが相手がジムでなければ、案外あっさりいうことができるのかもしれないが、ふたり雁首揃えることが多いというのに、実はそんな関係であるなどとは、やはり知られたくはない。
 週末も、自分はレンタカーを借りて出かける、というのもロイが恋人をここへ連れてきてもいいようにという、気遣いなのだろうとロイは察した。
 だが、ジムを呼ぶわけにはもちろんいかない。
 暢気に帰ってきたカーターの目の前に、ジムがいたのではいい訳もできない。
 ロイは、シャワーを浴びたあと、寝室に入った。

 今夜はカーターも早々に二階の自室に引き上げている。
 さっき冷たい態度をとったことを詫びるために、ジムに電話を入れないといけないだろう。
 電話をかけるのは得意ではない。ジムにもあまりかけたことはなかった。
 そのせいか、ジムは上機嫌で、「寂しくてな」と、キスしてしまったことすら素直に詫びてきた。
「うん。分かってる」
 だが、ジムの上機嫌も、週末のバークとの出張の件を告げると目に見えるほどに元気を失った。
「……そうか。週末はおじゃんか……」
「でも、土曜の夕方には戻れると思うんだ。本当は金曜の午後からの会議だけで、翌日は予定はないはずなんだが、准将が俺の両親の墓参りをしてから帰ろうといわれるので、それにつきあわないといけない」
「じゃあ、土曜の夕方から会えそうか?」
「多分」
 予定は未定だと、ジムは知っているのだ。ことに上官のお供で出かけたとき、自由意志で戻れるはずもなく、金曜の会議が翌日まで持ち越す可能性だってなくはない。
「土曜が無理でも、日曜があるだろ? ジム。日曜は大丈夫だから」
 ため息が聞こえた。
 今のジムにとって、週末は待ち望んでいた時間だったのだと思うと、ロイはいつになく彼が気の毒になってしまった。
「……ジム。今からそっちへ行く」
 ほんとか? という疑いつつも弾んだ声がした。
「うん。待っててくれ」
 ロイはため息をついて、顔をあげた。
 まだ、シャワーの滴がついたままの髪を、手早く乾かして服を着込む。
 もう外は夜にはかなり気温が下がる。コートを着た方がいいだろう、クローゼットを開けかけて、ベッドに目が止まり、このまま眠りたいな、と思った。
 なんだか慌ただしいせいか、身体の芯が疲れている気がする。
 気をつけないと、一度死にかけた身体はすぐに弱音を吐きかける。鍛えて鍛えて、任務に堪えうるだけのものを培っているのに、一度体調が崩れるとすっかりもろくなってしまうことを、ロイは自覚していた。
 食事が思ったように摂れないままなのが良くないのだ、とリュウタロウ医師が再三いうように、ロイの胃袋はすっかり縮んでしまっているのだろう。栄養剤で補っているとはいえ、やはり食事は人間の主エネルギーの基だ。
 そのせいか、寝不足や過労は思う以上に身体に堪える。ジムに会ったら早めに帰ろう、とロイは上着に袖を通した。
 カーターにはなにも告げないまま、外へ出た。
 エンジンの音で出かけたのは分かるだろうが、わざわざ二階へ報告することはあるまい。
 不意に、ロイはなんだかいろいろいなことが煩わしい、という気分になりかけ、それを戒めるように唇を結んでエンジンをかけた。

 
 ジムの部屋は、狭いながらもすっきと片付いており、エアコンがちょうどいい温度に保たれていた。夜にはもうかなり冷え込んできているせいか、それはほっとする温かさを伝えていた。
 ジムもすでにシャワーを浴びたあとらしく、すっきりとした髪の毛がまだ滴で湿っているのが分かる。
「ロイ。嬉しいよ」
 部屋に入るなり、ジムに抱きしめられ、ロイは覚悟をするしかなかった。
 暢気に世間話をするために来たわけではない。
 恋人同士というのが、いつもこうして肌を合わせるわけでもないのだろうが、それも人によりけりというところなのかもしれない。
 平日は会わない、と宣言したのは恋人となって間もない頃だ。
 何度か、平日にジムと過ごしたときのことを、ロイは忘れられない。
 そのときは、いずれも数週間もふたりきりになれない状態であったことも災いしたのは間違いない。訓練や、任務などという様々な予定の中で、幾日も他人同然の会話をするしかない時は多い。
 そんな中、耐えられなくてジムがやってきたことがある。
 ジムは、最初こそセーブして慎ましくロイに触れていたものの、だんだん歯止めが利かなくなってしまうらしく、気がつくと失神同然の眠りに落とされてしまっていた。
 翌日、早朝から起こされ、日頃目覚ましよりも早く起きるロイはなかなか頭を上げることすらできないほど、ぼうっとした中で支度をしなくてはならなかった。
 当然、訓練が苦しかったのはいうまでもない。これが、任務の呼び出しだったら、と思うと笑ってはすませられなかった。
 もちろん、週末に呼び出しだってあるかもしれないが、そこまでいっていては生涯をストイックに過ごすしかなくなってしまう。実際には、呼ばれても準備の段階があり、すぐその日に出動ということは稀であるから、心身を整える時間はあるのだろうが、それでもやはり一日重い身体を引きずるようにしてハードな訓練をするのはつらかった。
「ジム、明日のことを考えてくれるか?」
 ロイは、無駄だと思いつつもジムの腕の中で呟いた。
 ジムからすれば、そこまで無茶をしているつもりはないのだろう。ロイが受け止められないだけなのかもしれない。
「わかっているよ」
 早くもシャツのボタンに手がかけられ、ジムはロイを波間に浮かぶ木の葉のように翻弄を始める。
 まだ、ベッドにも入っていないというのに。
 立っている足に力が入らなくなって、ロイは縋るようにジムの二の腕を掴んだ。
「頼む。ゆっくり……あまり追い詰めないでくれ」
 やさしくするよ、とジムは誓うように囁いた。
  
 ジムの広い胸の下に、白く上下する身体がしなる。
 呼吸の仕方を忘れたように、ロイは瞳を閉じ、どこか違う世界へ飛んでいってしまったようにすら見えた。
 自分から、なにをどうしたらいいのかなど、なんの知識も知恵も働かないらしく、ただ翻弄されるままに身を任せてしまっている、無防備な様子を見ると、ジムはたまらなくなるほど愛おしいと思う。
 何かを能動的にして欲しいなどと思ったことはない。
 男たちに、無理矢理喉を、身体中を責められた記憶が、今こうしていてもジムの脳裏から完全に消え去ったことはなかった。
 あの時の、絶望と恐怖と嫌悪感に充ち満ちた顔を、どんな気分で見ていたかを思い出しただけで、ロイが自分を受け止めてくれることすら、奇蹟のように感じられる。
 怖がらせているのではないか、あの時のことを自分と同じように思い出しているのではないかと、最初の頃はずいぶんと気を揉んだ。
 実際、ロイも歓びなどとはほど遠い顔をしていたのは間違いない。どうしたらいいのか分からず、ただ、反応してしまう身体の変化に怯えてすらいるように、夢中でそれを振り払うかのようにジムにしがみついていたものだ。
 だが、そうやって過ごしてきた幾月もの間に、彼は徐々に変わってきた。
 ジム……と、自分を呼ぶ声が、淫らなほどに掠れ、吐息すらも甘ったるい蜂蜜でも含んでいるのかと思うような艶を帯びて、ロイはどこまでも追い立てられていく。
なにもしてくれなくたって、そんなことはどうでもいいほど、ロイは身体中に淫らな蜜を秘めてでもいるかのようなのだ。
 それは、これまで経験もしたことのないほど、極上の食べ物を堪能しているかのように、ジムを満足させ、なおかつさらに渇望させる。
 他愛ない嫉妬をし、子供のように週末を待っていた自分のために、ロイが禁を犯して平日に、それもジムの家に来てくれたということが、たまらなく嬉しかった。
「……もうギブアップか? ロイ」
 ジムがそっと囁くと、ロイはうっすらと瞼を開け、明るいまでの青緑の瞳を揺らした。
 胸元まで引き上げられた膝を、ロイは逃げるように崩そうとする。
「嫌ならやめる。あんたに負担をかけるのはしのびないからな。こうしているだけで、俺は今満足だよ、ロイ」
「……だめだ」
 ロイが小さな声で呟くようにいった。
「おまえのために来たんだから……」
「……大丈夫か?」
 答える代わりに、長い指が首に巻き付いてきた。
「わかった……」
 精一杯、自分を抑えていたジムは、遠慮することをやめた。
 これ以上は離れない、というほどに胸に抱きしめ、ふたり一緒にベッドに沈み込んでいく。
「ジム……」とロイが呼んだ。
「うん」
 だが、ロイは何かを呼びかけたわけではないのだ、とすぐに分かった。名前を呼ぶ意外に、今ロイが口にできるものは、蕩けるような吐息だけだ。
 ジム……と、また沈んだベッドの隙間から漏れるように零れてきた。
 軋むような音を立てるスプリングに混じって、その言葉が幾度も耳元で囁かれた。
「ああ、分かってる、俺はここだよ、ロイ」
 ジムも何度もそう答え、彼方まで消えていきそうなロイを、必死で追いかけていった。
 
 
 なんだか、ここへ来てからやたら昔の事柄を思い出すのは仕方のないことだろう、とカーターは自室でベッドに腰掛けため息をついた。。
 あのふたりと、こうして個人的な交流を持つのは以前にもそう頻繁にはなかったことだ。ともにバーク准将――当時は大佐だった――の別荘で過ごし、ジムとロイと三人で風呂にさえ入った仲だというのに、ロイが正気に戻ってすっかり現実を取り戻して以降、カーターとあのふたりの間にはそれほど親しくもなかったかのように、距離ができた。
 ひとつには、ロイが新しいチームを率いることになったせいもあるし、カーターもまた、当時は仕事に追われていた。そのうちカイルが負傷し、その問題でいろいろと振り回されていたこともある。
 あるいは、ロイのそばにいると、かつての日だまりの中で戯れた子猫のようだったロイを無意識に探してしまいそうで、怖かったのかもしれない。
 ロイは、記憶がとぎれる以前のロイに戻り、どことなく近寄りがたい、打ち解けた雰囲気を見せる気配すら感じられなかったのが、ひどく寂しく思えたせいもあるだろう。
 もともと、そういう刃物のような一面をかいま見せる、馴染めないタイプではあったのだ。今夜のように、つつけば柔軟な態度をとってくれるとは知らず、どこかで“大人のロイ”に一歩引いていたのは間違いない。
 ジムとはたまに、酒を酌み交わすこともあったが、やはり過去の話には口が重くなり、そうなってくると、一緒に飲むことにそれほどの意味は見いだせなくなっていた。
 そして、カーターは誰にも本当の理由を告げず、カイルとともにフロリダへ行った。
 理由を知っていたのは、バーク准将だけで、“誰のためにそうするのか”を聞き出した彼は、“なんのために”なのかまでは聞かなかった。
 ただ「そこまでするほど、親しかったというわけだな」と、一言呟いただけだった。
 ロバート・バークは、平凡な印象を持った老境にさしかかった男だが、あれで意外に世俗に長けたところがあるらしいのは、なんとなく感じられる。
 案外、カーターが“友情”などからチームを辞めるといった言葉など、信じてはいないのかもしれない。ジムは彼を“食えないじじいだ”と、愛着を持って評したことがあるが、確かにそんな雰囲気はある。
 カーターは誰にも携帯の番号どころか、メールのアドレスすら告げず、それすらも買い換えて新規に登録してしまったために、個人的に連絡をしようもなかったはずだ。
 フロリダへ渡ったときのカーターは、ある意味すべてを断ち切った無頼漢に等しかった。
 チームをやめたカーターには、ジムもロイも、すでに遠い存在に変化するものと思っていたのだ。
 つまり、“友人”から“知人”へと。
 そして“ただの昔の仲間”になるはずだった。
 今、こうして彼の家で彼の気配を感じながら時間を過ごしているというのが、不思議な気がした。
 それもロイが申し出てくれたことなのだ。
 その理由が分からない。
 知りたい、とカーターは無意識に指で仮想のキーボードを打った。
 “R”と―― 

 
 一度ベッドに入ったというのに寝付けなくて、カーターはラップトップを立ち上げて、しばらく黙々と文章を打ち続けた。
 私は、私は――
 相変わらずその主語が続く。ときおり、Rを無意味に押しかけて、慌ててカーソルで戻して消去する。
 いや、別にかまわないじゃないか。
 ロイのことが書きたいのだ。たぶん。
 壁のようなものが隔てていた、自分たちの関係が、滞りなくドイツの国境の壁のように打ち砕かれたわけではないが、少しずつ孔が開いているのが感じられて新鮮なのかもしれない。ここ数日、ロイのことばかり考えている気がする。
 ロイは、これまでと同じようにクールだ。
 これまでと同じように気遣ってくれる。そして、彼は冗談をいうことができる。それも極めてまじめな顔をして。これはカーターには大きな発見だった。
 彼が被っている仮面を、とっぱらってみたい気がする。むんずと掴んで、無理矢理剥げば、その下にもすかさず仮面を被るのだろうが、カーターもまた自分の仮面をはずしてみせれば、ロイの柔らかな魂に触れることができそうな気がしてきた。
 そういう安心や期待や、そんなものに心を揺らされている。
 ジムが泊まることができなくても、カーターは今、私だけの部屋をロイから借りているのだ。いつまでも時間があるわけではないが、こうして同じ屋根の下で暮らしていくことで、もっと彼を知ることができるだろう。

 ――なぜ?
 キーがWhy? と画面に文字を作った。
 なぜ、ロイのことが知りたいのだ? いや、ジムのことだってもっと知りたいと思っている。当然だ。彼らが今、カーターの身近な友人として現れてくれたから。過去に、重大な局面で一緒に二ヶ月近く過ごしたから――
 けれど、カーターの指はJIMを押さない。
 R、Rは左手の人差し指で容易に押すことができるからだ。それだけだ。
 カーターは画面を見つめた。
 ROY、ROY、と闇雲に打ってしまった画面を呆然と見つめる。
 変わった男だから、興味があるのだ。ジムのように分かりやすい性格ではない。
 奇異な体験をしたからだ。惨いまでの。それを乗り越えた時期を知っているからだ。
 精鋭の兵士などとは思えないほど弱々しいまでの風情をまとい、けれども強い魂を持ったロイ――
 気がつくと、すでに一時をとっくに回っており、寝不足になってしまうなと、セーブをかけてからシャットダウンのボタンを押した。
 本当は寝不足でも、たいした問題があるわけではない。居眠りさえしなければ、差し支えが出るほどの仕事をしているわけじゃないのだ。
 バーク准将が、なぜこうも性急にカーターを呼び戻したかったのか、理由が分からない。それでいていうほどの仕事もなく、身体を鍛えておけというのは、チームに戻すつもりででもいるのだろうか? 一隊員としてのスペースならあるだろうが、今のチームに自分の割り込む隙間はない。コネリーがチームに馴染めないからとはいえ、まだ半年でその任を解かれるとも思えなかった。

 空気が乾燥しているために少し喉が渇き、眠る前に湿らせようと、カーターはベッドを下りかけた。不意に、聞き慣れたエンジン音が響き、停止したのが分かった。
 窓から覗いてみると、ジープらしき影から人影が下りてくるのが見えた。
 夜目にも細身の身体が誰かを語っていた。
 すでに寝ているとばかり思っていた、その男――

 ジープがビーチハウスの敷地に着いたとき、ロイは高い座面から地面に足を付き損ねて慌ててドアにすがった。
 足下が覚束ない。
 時間にしてみれば、いつものたっぷりとした交わりよりもはるかに短い。
 それでも、ロイはやはりジムの揺らす波間に溺れそうになってしまったのだ。
 乱暴な扱いでもないというのに、どうしてここまでと、ロイは不思議に思う。
 その最中に、嫌だと感じることは最近はほとんどなくなってきた。
 むしろ、ずっとその胸の中にいたいとすら思うほどに、ジムは心地いい――がために、ロイは自分がいかにジムの手に反応してそれを細胞のひとつひとつで感じてしまっているのかの自覚がなかった。
 天にも昇るほどの、我を忘れてしまう快楽を、ある意味ロイは理解していない。もちろん、それが自分自身の身体が得ているものであって、決してジムが無茶をしているわけではないのだ、ということすら分かってはいない。

 ただ、そうさせる原因がジムであること。
 だから、ただひたすらジムが怖いと思うことすらあった。
 駐車場からリビングのドアまで、数十歩。その距離が途方もなく遠く感じるほど、ロイは疲れ果てていた。多分、これほどつらいのは寝不足のせいもあるに違いない。
 それでもドアを開け、中に入るとほっとした。途端にドアが激しい風に煽られてばたん、と閉じ、ロイはそれすらも感じないほどぼうっとしてソファまでたどり着いた。
 そこが限界だった。それ以上、一歩も動くことができずに、ロイはコートを着たままソファに俯せ、吸い込まれるような眠気に捕らわれていた。
















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