[孤独]of [金の砂銀の砂]

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孤独

 岩の固まりがぶつかってでもきたような衝撃に、もんどり打って倒れ込みながら、ぶつかってきたものに目をやった。
 少し離れた場所で檄を飛ばしていたはずの、ジムだった。
「集中力がないと、大怪我をしますよ、カーター少佐。あなただけでなく、踏みつけられかけたレクスターだって」
 レクスターは、転んで起き上がれなかったらしい。カーターの勢いに身を起こす暇もなく、うずくまった姿勢のまま、おそるおそるこちらを見ていた。
 小柄な隊員だが、まるで気付かなかった。自分とロイの間にスタートしたことすら。
「少佐!」
 駆け抜けて行ったばかりのロイが戻ってくる。
 レクスターは少しばかりねんざしたらしく、ポールに起こされて、脇に引きずられていった。
「大丈夫ですか? 少佐。ジム、他に止めようがあるだろうに」
 咎めるような隊長の口調に、ジムは飛んでいったキャップを被り直し、「すいません、少佐。余裕がなかった」と謝ってから元の場所へ戻りだした。戻りながらも大声で、こちらを伺っている隊員たちに続けるように怒鳴っている。

「相変わらず、パワーのある男だな」
 尻餅をついたまま、ロイの手で引っ張り起こされ、カーターは続けて拾われたキャップを目深に被った。恥ずかしくて、顔を見られたくなかった。
 ジムはタックルしたときに、それでも気を使ってくれたのだろう。抱かれるように倒れて転がったおかげで、ほとんどどこにも痛みすら感じなかった。
「よかった。怪我がなくて」
 ああ、すまなかったとカーターは頷き、ポールの肩に腕をかけて医務室へ行くらしいレクスターのそばまで行くと、彼に詫びた。
 レクスターは「足を捻ったのは自分の責任です」と微笑んで、ポールに連れられて訓練場の金網のドアを出て行った。
 新たな隊員がコースを走っていく。
「少佐、まだクリアしてませんよ! あなたでラストです!」
 ロイのよく通る声が響く。
 残った障害物を乗り越えるために、カーターは軽く走り出した。
 ねんざして転んだ人間を、蹴ったり、踏みつぶしたりすることがなくてよかった、と息を吐いた。というよりも、彼よりそれに躓いたカーターの転び方いかんでは、もっとどこかを痛めていたかもしれない。それほど、前が見えていなかったのだ。
 ただ考え事を――なにを考えていたのかは忘れてしまったが、訓練が上の空だったのは間違いない。

 終了後、他の隊員たちと同様に、一般兵士用のシャワールームへ行くと、ロイの姿はなかった。彼がこの一般用のシャワールームで裸でいるところを見たことがない。
 身体の傷を見られたくないから、ロイがそうしていたのを知ってはいたが、まだそうなのだろうかとふと気になった。
 裸になってシャワーブースに入ると、隣の男がジムなのに気付いた。ジムは片手を正面の壁について、うなだれてお湯を浴びていた。
「さっきはすまん。確かに、集中力がなかったようだ」
 ジムは顔を上げ、ああ少佐、と頷いてシャボンを使い始めた。
 シャボンで顔を洗い、そのまま短い黒い髪にもそれを泡立てて、ジムは無言で壁を向いたままだ。
 日頃陽気なこの男の、ほんの僅かな沈黙が、なんだかひどくカーターには堪えた。

「ジム、訓練に無理矢理参加した上に、邪魔までしてしまったから怒っているのか?」
 顔から頭まで泡だらけにしたジムがやっと顔を向け、まさか、と笑った。
「俺こそ、無茶な止め方をしてしまったと反省しているとこだったんです。レクに躓いて転んだ方が、まだましだったかも」
「いや、カバーしてくれたおかげで、怪我ひとつないよ。ありがとう、ジム」
 よそよそしいと感じたのは気のせいだったらしい。
 コネリーに冷たくされ、これといった仕事もなく、なんだか宙に浮いたような、居場所のない心許なさを覚えていたために、被害妄想気味だ。
「久しぶりの訓練で、集中力が途切れたらしい」
 カーターが笑うと、ジムもそうかもしれませんね、とシャボンを継ぎ足して身体中を泡にまみれさせた。
「なあ、今夜はビーチハウスへ来ないか? 夕食を食べてビールでも飲んで、一緒に過ごすのはどうだ?」
「いや、俺はあそこへは週末しか……」
「別にかまわないだろ? 私が誘ったといえば。ま、飲み出したら止まらないなどといわずに、適量でお互いに止め合うならいいじゃないか。それに、ロイはデートらしいから、週末はいないぞたぶん」
 ジムはなんだか間の抜けた顔をしていたが、あ、そう、そうらしいと頷いた。
「金曜の夜も、土曜の夜もデートっていってましたか?」
「さあ、今週末の予定は聞いてはいないが、そうなんじゃないのか? ただでさえ遠征なんかがあって、この街にいないことが多いんだ。いても週末しか会わないなら、彼女が離しやしないだろ」
「ああ――彼女ね。そう、たぶんそうなるでしょうね」
 ジムはすっかり普段の彼の調子に戻り、今夜は自分が腕をふるいましょう、などと軽口を叩きながら身体を洗い終えた。
 バークに呼ばれているから、少し遅くなりそうだとわざわざ告げに来たロイに、ジムと先に帰って食事の用意をすると伝えてから、カーターはジムのフォードのピックアップに乗り込んだ。

 ジムの買い物の仕方は、予想通りおおざっぱを絵に描いたような具合で、賞味期限の確認すらしないのには、さすがのカーターも呆れた。
「なに、今夜食べる分ですから、いちんちふつか日付が違ってたってかまいませんよ。こんな一流のスーパーなら、期限切れの心配はない」
 言われればもっともだが、カーターのように“まとも”な人間からすれば、ジムもロイもどっちも極端にずれている気がする。
 同じスーパーの中にいても、ロイとする買い物とジムとする買い物のペースのあまりの違いに、カーターはずっと笑いっぱなしになってしまい、またもや通りがかったご婦人から、非難のまなざしを受けてしまった。
「ほんっとにおゲラなんだからなあ、デインは」
 まともと自負したばかりのカーターは、思わずしょんぼりと肩を落とし、それからまた噴き出してジムから背中を叩かれた。

「ああ、腹がいっぱいだ」
 リビングの床に足を伸ばし、椅子の座面に頭をのけぞらせて寄りかかったジムが、ビールを片手に深々と息をついた。「明日と明後日が終われば、週末まるまる二日、ゆっくりできるとなれば、いうことはないですね」
「招集がかからないことを祈ってるよ」
 ジム自慢のラムチョップを食べ、、私たちはリビングでゆったりと酒を飲み始めたのだ。まだ小一時間程度しかたってはいないが、明日も朝早くから訓練だと思えば、自然ピッチは遅くなる。
 ジムが頭を乗せている一人掛け用の籐椅子の正面にあるソファに腰を下ろしたロイは、同じようにビールを飲みつつ、ジムのおしゃべりに楽しげに相づちを打っている。
 ジムがキッチンで料理をしているところに戻ってきたロイは、格別驚くでもなく、一緒にキッチンに立ち、三人で食事をしたのだ。
 カーターはここへ来てから、常に同じ場所――空間をひとつ空けたロイの隣に腰掛けていた。
 僅かのビールにぼうっとなったのか、ロイはアームに肘をかけ、その手に頬を乗せて目線を落としていた。酒には強いはずなのに、なんだかくたびれているように見えるのは、ゆうべ遅くまでバークとの話が続いたらしく、朝方戻ってきたせいで寝不足らしい。
 ほっそりと顎の線が細い、なめらかな顔のラインを見ながら、不意に「女顔」という単語が浮かんだ。男なのに、女性のように繊細で美しい顔のことだろうか。じゃあ、「男顔」というのは――
 ジムのような顔をそういうのか? 男が男顔なのは当然で、だとすれば女でありながら男性のような顔をしたものを指すのか? 学生時代からけっこう勉強してきたつもりではあったが、こんなことすら私は知らない。作家などにはやはりなれないだろう。

「なんです?」
 ひとり薄笑いを浮かべていたらしく、ロイが見とがめるように聞いてきた。
「いや、私を育ててくれたばあさんがたいした男顔でね。身体もごついが、顔もいかしたハンサムだったなと思ったらおかしくなってしまった」
「ハンサムなおばあさん……ですか?」
 想像ができかねる、といった表情のロイを前に、ジムがわなわなと唇を震わせて笑いをこらえている。
「それって、性格も豪傑なばあちゃんのことでしょ? デイン」
「話したことがあるかな?」
「未だに帰るとおねしょはどうかって聞かれるってね。ずいぶん大きくなるまでおねしょしていたせいで」
 ロイが、びっくりしたような目を向けてきた。
「そんな驚かなくてもいいだろう? ロイ。もちろん今の話じゃないぞ。君だって子供の頃はおねしょくらいしたはずだ」
「……母の話では……俺はそれだけは堅かったそうです。だから、彼女の話を信じるなら、おねしょはなかったらしい」
「君はきっと、生後半年もした頃にはしっかり立って歩いて、オムツもとれて、乳離れもした優秀な子どもだったんだろうさ」
「かもしれませんね」
 すまして返事をするロイを見ながら、ジムが笑い出した。

「そもそも、なんだって急にばあちゃんの顔のことなんか考えてたんです?」
「いや、考えたんじゃなくて、ロイの顔が女顔だなと、何となく見ていたらつい……化粧でもしたらさぞ映えるだろうとか、いや、すまない、ロイ」
 ジムは、珍妙な顔をして、カーターを見た。
「ほんとは女性なんで。俺は」
 今夜のロイは、素直に返事をする気がないらしい。
 趣味が編み物と答えたことを思い出した。お堅いばかりだと思っていたが、意外にノリがいいらしい。
「高校の文化祭では、所属してもいない演劇部で無理矢理ジュリエットをやらされたことがありましたから」
「ジュリエット……だって?」
 ジムが信じられないという顔でまじまじとロイを見つめた。「じゃ、じゃあなにか? ロミオとラブシーンも……まさか、あんたが……?」
「ラブシーンのないロミオとジュリエットなんか、あるか、ジム。だろ? ロイ」
 カーターがロイの肩を指先でこづいた。
「脚本は大幅にはしょってあったけど……“ふり”だけです、もちろん。演技どころか、台詞をしゃべるのが精一杯で」
「ほほう? 天下のSEALSの隊長が女性だというなら、たいしたもんだ。――だったら、証拠を見せろ!」
 ビールの酔いが、カーターを調子に乗せた。男兄弟ばかり五人という友達とつるんでいた学生時代、なにかというとプロレス技を仕掛け合っていた。
 隣にいる気安さから、すぐにロイの細身の身体を羽交い締めにすると、床に仰向けに倒れ込んだ。
「卑怯だ!」と子供のような抗議が返ってきた。
 ロイはじたばたと足を捩り、カーターの身体の上に足まで絡まれて仰向けで離せと叫んでいる。
「反撃しろよ」
「俺が……反撃したら、顔に痣が……俺は有段者なんですからね!」
 首を絞めているせいで、ロイが切れ切れにいった。
「空手じゃなくて、プロレスだ。K1は勘弁してくれよ」
 カーターはげらげらと笑い、本当の女性ででもあるかのように、そっと胸をなで上げる。
「さあ、ジム、剥いてやれ! このお嬢さんが胸にさらしをきつく巻いているかどうか、確かめるんだ」
「デイン、酔ってるでしょう!」ロイが叫ぶが、肝心の男の気配がないことにカーターは気づいた。
「ジム、どうかしたのか?」
 カーターはのってこないジムに目を向けたまま聞いた。
 力が緩んだ隙を縫ってロイが起き上がり、乱れた衣服を軽く整えてから、息を吐いた。「あなたがこんなガキ大将だとは、知りませんでした」
「しかもおゲラだってか?」
 カーターがなおも手を伸ばすと、ロイはさっとかわして唇をわずかに尖らせた。
「やめてください。さらしが解けてしまう」
 まじめな顔でロイにいわれると、噴き出さずにはいられない。ジムの豪快な笑い声が聞こえ、カーターはなぜだかなんとなくほっとした。
 さっきは彼の崇拝の相手に子供っぽくじゃれついたことに、びっくりしていたらしい。確かに彼らの間では行われないことに違いない。
「さてと、おふざけの上官たちを堪能したから、俺はもう帰るかな」
 ひとしきり笑ってから、ジムが立ち上がった。
「ここに泊まればいいじゃないか。着替えも部屋もあるんだろ? まだ十時前だ」
 カーターのなんということもない調子の言葉に、ジムは戸惑ったように、ロイを伺った。
 ロイはなにも口を挟まず、黙ってテーブルの上の食器を片付け始めた。泊まって欲しくはないのだろうか? と、カーターは一瞬で漂った沈黙に口が挟めない。
 ロイはそのまま食器を持ってキッチンへ出ていった。
「ロイ?」
「……いや、今夜は失礼しますよ。またゆっくり飲みましょう」
 厚手のジャケットをとって、ジムが歩き出す。
 キッチンから戻ってきたロイが、先に立ってジムを送るために、ガラスのドアを開けた。
「じゃあな、ジム。美味しいラムチョップをありがとう」
「ああ、俺も楽しかった」
「ジム。気をつけて帰れよ。酔ってはないな?」
 カーターが気遣うと、ジムは振り返って微笑んだ。
「たいして飲んじゃいませんて」

 大きな体が、少しだけ萎んで見えたのは気のせいだろうか? とカーターは小首を傾げた。一瞬、ジムは泊まろうかと思ったはずだ。
 ロイがそうひとこと言ってくれていれば。いくら親しくても、歳が下でも上官には違いない。それに、そうでなくても家主が促さなければ気まずいのは確かだろう。
 自分なら泊めてやるのに、とカーターは呟いた。どうせ、自分という厄介者がいるのだ。部屋もあるし、ベッドもメイクしてあって、着替えだってあるのなら、明日三人で基地へ出かけたってかまわないのに。
 ロイの開けたドアからジムがベランダへ出て行き、ロイは片手をあげてドアを閉めかけた。「ああ、ロイ。車のキー、そこにないか?」とジムの声がしたのが聞こえ、ロイは棚の上に乗っていた鍵束を掴むと、そのまま出て行った。
 カーターはローテーブルの上のビールの空き缶をキッチンへ運びながら、意外に冷たいもんだなとジムに同情した。

 ジムはベランダから下りたところで手招きをした。車のキーはわざと忘れてきたのだ。
 来るだろうか、という懸念はあったが、案の定ロイは素直にやってきた。
 本当は鍵なんかいい訳で、なんの忘れ物かも察しているのだろう。黙って歩いてきて、目の前に立つ。
 その腕を家の角に引き寄せて、ベランダから見えない場所にロイを押しつけた。
 それからそっとキスをする。
 ロイは、黙ったままジムの口づけを受けた。
「……来てくれて、ありがとな。ロイ」
 ロイはおやすみ、と鍵を放ると、手からすり抜けるようにベランダへ行き、少し冷たいじゃないかと思うほどあっけなく部屋へ戻っていった。けれども、きっとそれはロイの精一杯の好意だとジムには分かってはいる。

 自分の黒いピックアップトラックの運転席で、ジムははるか後方に小さくなっていくビーチハウスをフロントグラスの目の端に見た。海沿いの道路が湾曲し、海を挟んで見えるその窓には暖かな光が灯ったままで、今あの居間にロイとカーターがまだいるのだと思うと、心が重くなった。
カーターは今、チームに属してはいない。
 立場でいえば、それ以上の彼らを管理するポジションともいえるが、赴任してまだ間もないせいか、大した仕事はないらしい。
 昼間、ぶらりとロイのチームのいる訓練場へ顔を出したところを見ると、かつて率いていた方のチームには歓迎されなかったのかもしれない。もちろんそれは、部下たちではなく、新しい隊長に、ということに間違いないが。
 そしてジムは気づいた。
 そのカーターが、目の前の障害物すら上の空で駆け抜けて行く姿――そして、転んだレクスターにすら気づかず、高い塀の方へ視線が飛んでいるのを。
 その塀の上にはロイがいた。
 カーターがロイを見ている、と気づいたとき、ジムの鼓動がリズムを乱れさせるほど緊張した。
 あるいはカーターは、失った人物の喪失感をロイで埋めているだけなのかもしれない。毎日顔を合わせ、眠るまでの時間をあのリビングで共有しているのだ。
 それもまた、心を癒すひとつの方法だと思わないでもないが、それだけであんな目をして人を見るものなのだろうかと思い、そんなふうに見てしまう自分がおろかなのだろうかともまた、思った。
 けれどもカーター自身は、自覚がないらしい。
 ロイに誘われたわけでもないのにカーターに連れられてあの家に行き、腕をふるって料理を作り、わだかまりを捨てて愉しむことに腐心したのは、そんなことばかり考えている自分が嫌になったからだ。
 だが、カーターとロイは兄弟のようにじゃれ合い、まるで昔から同居しているかのような絶妙に息の合うところすら見せた。普段冗談など、ほとんど口にすることのないロイが、カーターにつられるようにノリのいいところを見せすらした。
 その様子に、ジムはおふざけの中に参加するタイミングを逸し、ひとりリビングの中で浮いたようになってしまった。
 その上、カーターが何気なく「泊まっていけばいい。部屋はあるんだろう?」といった言葉に、瞬間期待してしまった。
 だが、ロイは最初にいったようにジムを泊めるつもりがないことを、無言の態度で示した。分かってはいたが、このふたりのじゃれ合いを見せられたあとで、ひとりの狭いアパートに帰るのはひどく寂しかった。
 けれどもロイは、鍵を持ってきてくれた。そもそも、あんなふうに見送ってくれることはそうはない。ロイはロイなりに、ジムに気を使っているのだろう。
 ――ジムはそういいきかせながら、アクセルを踏み込んだ。

 どうして、数日待てないのだと、ロイは苛立っていた。
 すぐに週末がやってくるというのに、なぜあんなふうにジムはしたがるのだ。
 カーターの目を避けていたとしても、離れているとはいえ、ご近所の目がないとも限らないのに。
 だが、泊めてやらなかったことで、悄然と帰って行く姿が気の毒になってしまったのも事実だ。
 ジムは以前からずっと、ロイの家に住みたがった。
 ジムのアパートは狭い。そこを出ないままなのは、平日は寝に帰るだけのことで不自由はないし、週末はここで過ごすことが多いためだ。
 けれども、過剰なほどのジムの愛情表現は、ロイには時にはひどく重く感じられた。
 夫婦という関係が、どれほどに互いに我慢をしなければならないのか、ロイは嫌というほど経験させられた。なにもかもを把握したがるのは、恋人あるいは、夫婦となったものの当然の行為なのだ、と理解してはいても、現実には実行できない場合も多い。
 ましてや男同士で、一方的にジムがロイを抱くという関係に於いて、共に暮らすとなれば身体的な負担だけでも相当なものだと察しはつく。
 それだけでなく、ジムはロイの個人としての自由すら把握しようとしかねない。
 今回の件だってそうだろう。
 ここはロイの家で、ロイの意志で誰を住まわせるかを決めたって、別に問題はないのだ。けれども、ジムはそれが愉快ではない。
 そうやって、ジムになにもかもをも委ねて生きていくのは、愛情として続いていくはずの気持ちさえも萎えさせかねないと、ロイは恐れてもいた。
 これまでの人生に於いて、ロイは親でさえも頼ったことはない。
 自分のことは自分で責任を持たねばならないと、かなり小さな頃から思い続けてきた。そうできないことは多々あったとしても、そうするべきだという信念のようなものは持っていたいと思ってもいる。
 だがジムといると、その信念はたやすくぐらついてしまいそうで怖いのだ。
 それでも、日頃ロイがひとりで過ごしているときはジムもそれを尊重してくれている。
 今、ジムがやたらとカーターとの暮らしを気にするのは、カーターがかつてロイを面倒を見るとジムに誓ったことが影響しているのかもしれない。
 カーターの気持ちを、ジムは純粋に友情だと割り切れていないのかもしれない。
 そう思えば、キスをせがまれれば断ることもむげにはできないし、この間の週末のように、また今週末も体力を使い果たしてしまうほど愛されてしまうとしても、怒ることができずにいる。
 なにもかも、自分が不用意に招いたことではあるのだ。
 そして、なぜ自分がカーターにここへ住まないか、などといってしまったのか、それがロイには分からないままなのも、ロイを不安にさせている。
 それもまた、ジムに対して強く出られない一因でもあると、ロイには分かってもいた。

 カーターが夕飯に使った分まで皿やグラスを洗っていると、ロイが戻ってきて隣に並んだ。
「あいつ、どれくらい飲んだかな?」
「たいして。帰ると決めていたはずですからね。セーブしていましたよ」
 カーターが洗った皿を布巾で拭いながら、ロイはなんということない、という調子でいった。
「けっこうクールな関係なんだな」
 皿を棚に収めるために、ひとまとめにした食器の触れる音がしたが、返事はなかった。
「ジムのお泊まり部屋もあるんだろう?」
 ロイは振り返り、「二階はすべて客間です」と穏やかに答えた。ジム専用の部屋だというつもりはないらしい。
「週末は――出かけるよ。図書館に行きたいし、頼んでいるところとは別の不動産屋にも行ってみたいんだ。レンタカーを借りておこうかな」
「そうですか。でも、お気遣いなく。俺も出かけるので……金曜の夜からワシントンDCに。准将のお供です」
「じゃあ、デートはおじゃんか。責められたりしないのか? よほどできた恋人らしいな」
 でもありませんよ、と聞こえないほどの声でロイが呟いた。
 なんだか、カーターはロイのデートの心配ばかりをしているようで、自分が馬鹿に思えてきた。考えてみたら、顔さえ知らない女性だというのに。
 自分がここにいる間に、一度くらいは会うこともできるかもしれないが、案外下世話なことに興味を持つもんだと、我ながら呆れる。
「私がいろいろ質問してしまうのは、聞き流してくれ」
 カーターはいい訳のように額をかいた。「どうもな。間がもたないっていうか、場つなぎ程度の会話だ。詮索したいってわけじゃないんだ」
「分かっています」
 ロイは微かに唇をあげて見せ、残りの皿を棚に並べている。
「ここに呼んでもらってほんとに感謝している。居心地がいいだけに、引け目も感じているんだな、たぶん」
 自嘲気味にいうと、ロイは食器棚の引き出しを開け、銀色の鍵と小さめの車の鍵を差し出した。
「ここの鍵です。こっちが車の予備です。お互いに好きなときに出入りできないと不便ですから」
「ありがとう。助かるよ」
「週末は、車を使っていただいてかまいませんよ。どうせ、俺は基地に置いたままにするんだから」
「うん」
 カーターはそれを受け取って、ポケットに滑り込ませ、さっきとは違うことをいってみた。
「なあ、一度くらいは会えるかな? 君の心を捕らえた人に」
 珍しく、ロイは声をたてて笑った。
















硝子の破片

哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

観客

おもちゃ屋探検

おもちゃ談議

キャンディーバー

Pは××のP

金の砂銀の砂第一部

金の砂銀の砂第二部

金の砂銀の砂第三部

僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評