[もうひとりの男]of [金の砂銀の砂]


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もうひとりの男

 捜査官に、事件のあらましの一切を告げてきたロイは、さすがに放心してしまった。 
 ネクタイを締めた男たちに、起こった出来事の一切を話さなければならないのは、屈辱的と一口ではいえないほどのやるせなさを覚えさせられた。
 そしてまだ、今後法廷という場所で、同じ話をしなければならないのだ。
 なにもかもが嫌になるような、そんなやりきれない気分になった。
 それでも、すでにペイジは捕らえられ、おそらく当分は塀から出てくることはないのではないかという希望が見えてくると、ロイはやはり安心した。
 ロイ自身も二度とあんな目には遭いたくないのも確かだが、他の人間を巻き込まなくてすんだというのがなによりほっとする。
 いちかばちかのシナリオだったが、彼はまんまと罠にはまってくれたのだ。
 誘拐未遂という部分まで持ち込むことで、少しでも長く取り調べるための時間が稼げるのではないかという姑息な算段ではあったが、間違いではなかったようっだ。
 つきまとわれたり、これ以上不必要に自分の周りを嗅ぎ回られたりすることはないだろう。
 ペイジが捜査官達に連れて行かれた後、これでもう安心だろ、とジムはほっとしたように笑った。
「そうだな」と、ロイも答えた。
 ジムはそんな様子を眺め、まだ解決していないことがあったんだったなとひとり呟いた。

「大尉殿」
 基地の駐車場で、コネリーは声をかけられ振り向いた。
「……やあ、ホーナー曹長」
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、時間はありますか?」
 コネリーは、常にこの男がロイ・フォードに付き従うようにしていることを知っている。そのため、少し身構えた。
「俺に何か用なのか?」
「フォード大尉の噂の件です。俺の留守中、カーター少佐とできているとかいないとか、なんだかやたらに浮ついた空気なのが気に入らないし……事実なら隊長として許し難いので、チームのために確認したくて」
 自分を責めに来たわけではないらしい、とコネリーは頷いた。
「少佐と同棲していながら、ある男には花束を贈られていた。彼は昔の恋人らしいじゃないか」
「その……ゲーリーやコムスたちともどうこうというのは、ほんとなんですか? それじゃまるで娼婦じゃないですか」
「俺もそう思う。フォード少佐は仕事場で見せる顔と、裏の顔が大きく違うようだな」
「証拠をお持ちなんですか? 事実なら俺は曹長として許せない」
「証拠……はないが。ただ、花束の男がプレイ中の写真を撮ったら送ってくれるとはいっていた。虫ずが走るな。プレイなどと。そういうことを実際にいう男がいるんだ。それがなによりの証拠じゃないか? 俺はてっきり君だって……」
 いいかけて、コネリーは口を閉じた。ジムの顔が、笑っているようでいてそうではないと気づいたからだ。
 なるほど、とジムは考え込むように腕を組んだ。
「よく分かりましたよ、大尉。だとしたらフォード少佐や准将とも話をしないといけない。ありがとうございました」
「……君はどう思う?」
 コネリーはうかがうようにジムを見た。
「俺? さあ、俺は事実を知ればいいだけで。ああ、事実といえば昔調査室にいた男が捕まったのはご存じで?」
「調査室?」
「ペイジという、ばかでかい、は虫類みたいな顔をしたやつですよ」
 あ、と声を漏らし、コネリーは戸惑いつつも薄笑いのような表情を浮かべた。
「容疑はなんだ? じゃあその…レイプ…とか……。だとしたら、被害者っていうのは…」
 ジムは嗤った。
「そうとうなワルでね。国の機関にいた頃から裏ではろくでもなかったが…。人身売買に麻薬の売買、大変なことだ。我が軍にも仲間がいるらしいとの噂もあるが……そのうち警察が調査に来るでしょうね。そのまえに、軍の機関が動かなければいいが」
 心配そうに腕をくんだジムを見て、コネリーはひきつった笑いを漏らした。
「俺は用があるので、これで失礼する」
「ええ。呼び止めて申し訳ない」
 ジムは、コネリーの無理に姿勢を整えたような反った背中をじっと見つめていた。

  
 コネリーは縛られ、狭い室内に身動きのできない状態で床に転がっていた。
 出動して、ヘリに乗ったところまでは覚えているのに、その後気がついたらここで目が覚めたのだ。
 身動きができないのは、腕を後方で縛られ、足首にもロープが幾重にも回されているからだと気づいて、愕然とした。
 すぐ隣に、カーター少佐が倒れている。
 額からは血が流れて固まってこびりついていた。
 つい数時間前に、コネリーは任務に出動したのだ。カーターはその補佐として、今回同行していた。
「目が覚めたようだな」
 カーターに声をかけられ、コネリーは怯えたような瞳を向けた。
「少佐……いったいなにが?」
「なにも覚えていないのか? 我々の乗っていたヘリは墜落したんだ。そのとき、君は海に投げ出され、私と共に船に救出された。ただ、それが俺たちが狙っていた敵の船だったってことだな」
「墜落? まさか。俺はなにも覚えていない」
「ショックでそうなったんだろう。頭を打って気を失っていたようだからな」
「他の……連中は?」
「さあ。私にも分からん」
 ゲーリーとコムスキー、ジョナサン、リー。今回はカーターを含め六名のみの、超極秘任務ということで、ヘリも小さかったのだ。ある船に監禁された人質を救出するという任務だった。
「……おそらく助かってはいないだろう」
 カーターが呟くと、コネリーは「まさか……」と、力なくいった。
 うっと唸ってカーター目を閉じた。
「あちこち身体が痛むんだ。どこか折れているかもしれん。君は大丈夫か?」
「大丈夫なようです」
 幸いにも、コネリーに自覚できる痛みはない。
 ドアが開き、頭からすっぽりと頭巾を被った男が現れた。
「ほう、やっとお目覚めらしい」
 黒頭巾の男は、くぐもった声でいうと、銃を突きつけた。どこのなまりか分からないが、聞き取りにくい英語だった。
「どこから来た? おまえたちは何者だ? アメリカ兵か? 目的はなんだ?」
 コネリーは黙っている。
 その胸ぐらが掴まれ、激しく揺さぶられた。
 自分が意識をなくしていた間に、一体なにが起こったのかということに気を取られていて、今の状況がただならぬことだとやっと気がついた。
 一気に顔が青ざめたのが、自分でも分かった。

 ドアが開き、同じような頭巾を被った大男が入ってきた。
 ワゴンを押しているが、それがルームサービスなどではないことは、見れば分かる。
 ワゴンの上には、大工道具のようなものが乗せられており、電気を放つ機械のようなものの姿までが見えた。
「ま、会話が成り立つ連中じゃないのは確かだな。それならそれで、お楽しみといこうじゃないか」
 男はその、電極のようなものをカーターに向け、そばにしゃがんだ。
「……や、やめろ……」
 縛られた身体を捩ってカーターは抵抗したが、どれほどの意味もない。
 しばらく上着の下のシャツをまくってごそごそしていたが、やがて身体が跳ね上がった。電極を押しつけられ、電流を流されたのだと分かって、コネリーは息を飲んだ。
 カーターが、信じられないほど苦痛を込めた声で喚いた。
 士官学校でも、特殊部隊の訓練校でも、捕まったときにはどんな目に遭うか、実例を写真で見せられながら、さんざん脅されたことを思い出す。
 どう脅されても、それは他人事にすぎなかった。
 切り刻まれ、むち打たれ、あるいは局部に電流を流された遺体は、見るも無惨だったが、自分にはそんなときは訪れはしない、とどこかで思ってもいた。
 ニュースを見ていて、災害や事件に巻き込まれた人々を茶の間で眺める人間たちと、同じように。
 軍に入っても、銃火の飛び交う中にはじめて出動したときも、自分には弾は当たらないとすら思っていた。
 だが、それは今目の前で起きていた。
 冷静な、普段は誰より落ち着いて見えるカーターが、顔を歪めて苦痛を訴えている。カーターが駄目なら、すぐにも自分が責められるだろうと思うと、吐きそうになるほど気分が悪くなってきた。
 時折、電流を止めて「話をするか?」と聞かれて、カーターは咳き込みながらも首を振った。
 さらに電流が流されて、カーターは喚き続けたが、それも続かずがくりと力を抜いた。
「気を失った。やりすぎじゃないのか?」
 大男が、後ろから軽くいったが、もうひとりの男は薄く笑っただけで、首を振った。
「いいさ。もうひとりいる。こっちのほうが活きが良さそうだ」
「や……やめろ」
 コネリーの声は震えていた。
「彼には、別の方法を試さないか?」
 大男が、巨大なペンチのようなものを持ち上げた。
 コネリーは縛られた身体で後ろへずり下がりながら、「やめろ」と、もう一度力のない声でいった。
 ドアが少し開き、「侵入者だ!」と、怒鳴る声がした。舌打ちをしながらふたりは出て行った。

「……誰かが生き残っていたんだ……助けに来てくれたらしい」
 ほっとしたように、コネリーが呟いた。
 カーターは微かに瞼を開け、唸りながら否定した。
「ここは敵の陣地だぞ。何人いるか……分からないが、俺たちを救うことはできないだろうな。装備もどれくらい拾えたか分からん。期待はできん」
「馬鹿な!」
 コネリーはドアの近くまで這っていき、背中をこするようにして立ち上がると、戒められた両手を器用に使って後ろ向きにノブを回した。
 しばらくがちゃがちゃとやりながら、「ここだ! ここにいるぞ!」と叫んだ。
「私たちが無事なのを彼らは知らん。海に投げ出されて死んだと思っているはずだ。……救出は望めない。くそっ。もう、さっきのような目に遭うのはごめんだ」
 コネリーは怯えたような目を向け、冗談じゃないと叫ぶと、さらにドアにぶつかった。
 外では、銃声がひっきりなしに響きだした。
 突然ドアが、激しい勢いで開けられた。

「……ゲーリー!」
 銃を小脇にセットしたゲーリーが、濡れた格好で目を見開いた。
 だが、ゲーリーは一瞥し、「生きていたんですか」といったが、追われているのか後ろを気にしながら早口でいった。
「人質を発見しました。これから脱出……」
 銃を後方へ向けて撃つ。
「ヘリの墜落時にボートが自然浮上したので、それに移りました。一応全員生きています。本部連絡用の無線は紛失しました。でも、ここにはいられない。ボートでいったん、船を離れます。捜索隊が来ると思いますので」
 その間にも、ゲーリーの背後では銃声が響いている。
 やがて、硬直したようにゲーリーが一点を向いたまま動かなくなった。
 カーターとコネリーは、ゲーリーを見つめた。
 やがてその筒先が下ろされ、ゲーリーは銃を足下に放った。
 背後から、黒い覆面の男が銃を付きつけて、両手を挙げたゲーリーと共に入ってきた。
 後ろから背中を蹴られ、ゲーリーは床に転がった。そのままドアが閉じられ、男はまた出て行った。
 コネリーはゲーリーに呼びかけた。
「ゲーリー、おいしっかりしろ」
 だが、気を失っているのか起き上がろうとはしない。倒れたとき、頭を打ったらしい。
 コネリーは、仲間内の連絡用の無線機をコネリーからむしりとった。
「こちらペガサス1」と、何度も呼びかけた。
 カーターもそばに這い寄って、耳を澄ませた。
「こちら3」と、コムスキーの声がした。
 微かだが、音が漏れてくるのに、カーターも耳をそばだてるようにアタmを上げた。
「俺だ、1だ。捕らえられている。4もだ。救出に来てくれ」
「ヘリが墜落したとき、確保できたボートは一艘だけだったんです。人質が乗ったらボートはもう満杯です。いずれにしても、本部とも連絡がとれない。救助が来たら、後日必ず迎えに来ますから」
「コムス、拷問寸前なんだ!」
「耐えてください。任務が優先だと教えてくれたのは、あなただ」
 コムスキーの無情な声が途切れた。
 銃声がし、がやがやとした人声がする。遠くへ発砲するような音が微かに聞こえる。
「コムス――」
「馬鹿! 名前を呼ぶな」
 カーターが抑えた声で鋭くいうと、コネリーは床に蹲ったままうなだれた。
「くそっ、縄さえほどければ……」
「覚悟するしかないな、コネリー大尉。我々はいずれにしても海の藻屑になるわけだ。ただ、できるなら静かに沈みたいもんだ」
 コネリーは唇を噛みしめ、やがて絞り出すように呟いた。
「覚悟はできてますよ」
 ほう、とカーターは目を開けた。
 もっと取り乱すかと思ったとでもいいたげな、意外そうな表情だった。
「……けど、早かったな。俺にはまだ、ふたつになったばかりの娘がいるのに」
「私にだっているさ。年取った祖母がな。まだたったの八十歳をいくつか過ぎたばかりだ。そんなばあさんより先に死ぬのはたまらん」
「八十歳……」
「先が短いんだから、娘と一緒にするななんていうなよ。残された者の哀しみは同じだ」
 コネリーがカーターに目を向けた。
「死んだストークスは新婚だったはずだ。ジェラルドは母ひとり子ひとりだった。ディクソンだって肉親がいる。待っている人が誰にだっているんだ。いや、待っている誰かのことより、すぐに来るだろう痛みの恐怖で頭がいっぱいだよ。誰だって、こんなところに置いて行かれたら怖いし、つらい」
「……それは、俺に対しての皮肉ですか?」
 コネリーはいつもの表情を必死で浮かべて、カーターを睨んだ。
「まあ、そうだな。身をもって知ったろう?」
「なにを暢気な……こんなところで説教はやめてくれ」
「別に説教しているつもりはない」
 コネリーはうなだれた。
「震えてるな」とカーターがいうと、コネリーは虚勢を張ったように胸を反らした。
「少佐、これまでもこんな目に遭ったことが?」
「ないよ。ラッキーなことにね」
「にしては落ち着いておられる」
「焦ったって状況は変わらん。でも、死ぬほど怖いよ。さっきも死ぬかと思った」
「次は俺の番だ……遺書を書いておけばよかった」
 蒼い顔のまま、コネリーが人ごとのようにいった。
 忌々しそうに、コネリーは無線機にまた呼びかけ、返事がないことで苛立ち、それを投げ捨てた。
 すでにボートは海上遠くへ離れていったのだろう。銃声も治まっていた。
「……さあ、連中が戻ってくるぞ」
 カーターは床に転がったまま、唸った。「電流と、ペンチとどっちがいい?」
「どっちもごめんだ……」

 ドアが開き、さっきの黒頭巾がふたり入ってきて、威圧的にコネリーを見下ろした。
 くいっと顎があげられ、ふてぶてしさを無理に装って、にらみ返すコネリーを黒頭巾は黙って見ている。
「……生意気な顔をしてやがる。こいつを裸にして、さらし者にするってのはどうだ? 飢えてる男どもにおもちゃを与えてやるってのは」
「まあ、海上に出てひと月以上も禁欲生活だ。それもいいかもしれん。黒い髪とエキゾチックな、なかなかの色男だ。連中が喜ぶぞ」
 コネリーは唇まで真っ白になった。
「な、なにをいってるんだ、拷問ならそこの武器で……」
「指を折られる方がまだましだというなら、なおのこと効果ありってもんだな」
 ひとりが服に手をかけた。
「……や、やめろ! 馬鹿なことをするな!」
 だが、おもしろがるように男が上着を剥いだ。
 腕を縛られているため、それは背後に引っかかったまま、コネリーの上半身に粟が立つ。
 くすくすと、笑い声が漏れる。
「なんだったら、白状するか? 情報次第では考えてやってもいい」
「そ――」
 コネリーは震えだした。
 フォードがずたずたにされたあとの、病院での写真をペイジからもらった。
 それを見たとき、こんな目に遭うのは、彼が綺麗な顔をしているせいだとコネリーは内心軽蔑した。
 顔だけではない。若いときから女には不自由しなかった、今は妻も子もいるコネリーですら、ロイがなぜ男たちの関心を買ってしまったのかなんとなく理解できるほど、あの男は不可思議な魅力を発散していた。
 男に欲情などしない代わりに、コネリーはそんなロイを嫌った。
 あの代理の出動前から、フォードはコネリーのチームの隊員たちの間で人気者だった。体のいいアイドルだ。
 男だけの世界にはよくある倒錯だと思って、彼とはまともに口も利いたことがないほどだった。そんな男のくせに、気取ったしゃべり方をするのも気に入らない。
 隊員達が崇拝しているのも。
 きっと、あのフォードには経験があり、それが敵国の男たちの欲情を誘ったのだと思っていたのに。
 このまま、あいつと同じように男たちにやられるくらいなら、死んだ方がましだと総毛立つほどの恐怖がコネリーの全身を覆っている。
 吐いてしまおうか――と頭の隅にその考えが浮かんだ。
 自分が知っていることですむものなら。
 そうすれば、少なくとも自分が男たちの餌食にされることはないのではないか――
 黒頭巾の男の手が、剥き出しの胸を女のように撫でるたび、コネリーは身を捩った。
 とうとうズボンのファスナーに手がかかりかけたとき、コネリーは悔しさに涙すら浮かべていた。
 チーム伝統の、新入りの儀式すら拒絶したコネリーは、素裸を人に晒したことはない。

 いま――今ならまだ間に合う。
「話せば……それだけは勘弁してくれるのか?」
 ファスナーを下ろした黒頭巾が、じっとコネリーを見つめた。
「おまえは……」
 カーターの、悲痛な声がした。
「少なくとも、正式な捕虜として扱うことは約束する」
 だが、コネリーは口を開くことができずに逡巡した。それだけは、やはりやってはいけない、と猛烈な葛藤が内部で暴れ狂う。
「無駄なようだな。じゃあ、覚悟を決めろ」
 コネリーのズボンがずり下げられ、下着に手がかかった。
 無惨に剥かれて男たちが山ほど待っている部屋に連れて行かれる恐怖に、ううと声が漏れる。
 話す、今話すから……と口を開きかけたとき、銃声がした。
 黒頭巾は振り返り、「くそっ。早すぎる……」と唸ってから、どうっと倒れこんだ。
 ドアの影から現れたのは、コムスキーだった。

 海上にヘリが姿を現した。
 まもなく、救助用のロープが下りてくることだろう。
 カーターとコムスキー、ゲーリーと四人で立って見上げていたコネリーは、黒い髪を潮風に嬲られながら、黙り込んでいた。
「この船は無人になったから、私とコムスで残って処理をすることにした」
 と、カーターはいった。
「では、私が残ります」
「いや。君は戻ってくれ。ゲーリーも君も頭を打ったはずだから、脳波の検査をしたほうがいい」
 分かりました、とコネリーは呟きつつも帰れることにほっとしてもいた。
「おまえがしゃべってしまう前に、救出されて幸いだったな」
 カーターの皮肉を、コネリーは硬い顔で見つめた。
「……フォード大尉は……なぜ以前捕らえられたとき、なぜあんなになるまで痛めつけられてしまったんですかね。絶対に機密を白状したはずだ」
 白状しなかったとはいえ、そうしかけた自分の失態を責められていると知って、コネリーはそれを引っ張り出して、カーターに思い出させようとした。
 自分だけじゃなかったはずだと。
 カーターが、眉を顰め、コネリーを見つめた。
「おまえと一緒にするな。吐かなかったからに決まっているだろう。どんな目に遭っても、ひと言も漏らさなかった。それが彼をあそこまで追い込んだんだ」
 その低い声の中の、抑えがたい怒りの剣幕に、コネリーは口を閉じた。
 吐かなかった、とは思えない。
 まるで人間とも思えないほど血塗られた姿になっていたというのに。傷つけられただけでなく、幾人もの手によって、屈辱を味合わされたというのにか? と思うとその神経が理解できなかった。
「事実ですか? 本当に彼は耐えたと……」
 裸に剥かれかけただけで、気を失いそうなほどの恐怖だった、その場面を延々と――
「彼が経験者……だったから耐えられたんだ。たぶんそうに違いない」
 コネリーは、いい訳のように自分を納得させるために呟いた。
「経験者? ロイが、男にやられる経験があったといったのか? おまえは」
 はっと顔を上げると、カーターだけでなく、コムスキーもゲーリーも自分を睨むように見つめていた。
「あいつはそっちの方面は奥手でね。潔癖を絵に描いたような若者だった。おそらく女性の経験もなかったはずだと私は思う。それにあいつは一度は結婚までした男だぞ」
 カーターが、低く、なにかを堪えるような声を出した。
「いいか? 一年以上も、あいつはその時の恐怖と屈辱のせいで、苦しんで死にかけたんだ。二度とそんな馬鹿なことを口にするな。今度そんなことをいったら、私がその時の苦痛をおまえに味合わせてやる」
 俺も手伝う、とゲーリーがコネリーを見つめて呟いた。
 コムスキーは、どうしようもない、というように目を逸らして海につばを吐いた。
「そ、そうはいっても人の裏側までは分からない――」
「それ以上いうと海に放り込むぞ、大尉。おまえが怪しげな男になにを聞いたか知らんが、そいつが逮捕されたのを知っているか? かつてフォードに変態的な罪を暴かれて、仕返しに誘拐を企てた罪だ。もっと重要な余罪が山ほどあるらしいぞ。そんな男の話をおまえは信じていていいのか?」
 カーターは、それだけいうとコネリーのそばを離れた。
 拳が震えているのを見て、殴るのを耐えているらしいとコネリーは反対側の舷側に歩いていくカーターを見返していた。
「俺らがフォード少佐やカーター少佐を慕っているのは、自分のことよりも隊員たちを思ってくれてるからだ。それだけだよ、隊長殿」
 ゲーリーが葉巻に火をつけて煙を吐いた。
「簡単な理屈だろ? いい加減に見苦しいいい訳はよせよ。あんたがあの場でゲロしかけたことはどうでもいいんだ。忘れてやってもいい。だからそれ以上、自分を貶めるのはやめてくれ」

 
 完全に孤立した甲板の上に、救いのようにロープが下りてきた。
 ゲーリーがロープに手をかけ、それを自分の身体に固定して、もうひとり分のフックをコネリーにつけた。
 ふたりはするすると引き上げられ、ヘリは兵士を収容するとあっという間に飛び立っていった。
 甲板に残されたコムスキーとカーターは手を振って見送った。コムスキーが手を挙げたままカーターを横目で見て、唇を曲げた。
「最後の最後まで、根性が腐ってやがる」
 船内から、黒頭巾がふたり現れた。
「ヘリは海上をしばらくぐるぐる飛んで、基地に戻るはずです」
 黒頭巾の大男が、笑った。
「ばれないかな?」
「大丈夫だろ。真っ暗なんだ。どこを飛んでるかなんて分かるもんか」
 もうひとりが頭巾を外した。ビリーが、ああ、息苦しかったと息を吐いた。
 となりで、頭巾を引っ張り上げてはずした大男も、ジムに戻った。
「小便ちびってたんじゃないか? あいつ」
 ジムのくすくす笑いに、ビリーが口を尖らせた。
「どうせならすっぽんぽんにしちまうまで、待っててくれたらよかったのに」
「そうだ、出てくるのが早すぎるんだよ、コムス」
「すいません。タイミングを計るのが難しくて。でも、曹長だって。早すぎる……ってのは失言ですよ」
「俺は本気であいつを嬲ってやりたかったくらいだよ」
 まあまあ、とカーターが肩を叩く。
「ふん、けどなかなかいい身体してたぜ。妻子持ちなんてもったいない。俺様が本気で抱いてやってもよかったのに」
 ビリーの声に、ジムが笑った。
「おまえ、やる気満々だったもんな。それに、カーター少佐、あなたの名演技にはこっちがびびりましたよ。ほんとに電流が強かったのかと焦った」
「電気マッサージ器だからな。筋肉痛がほぐれた」
 カーターが首を左右に傾けて見せると、コムスキーがげらげら笑い出した。
「少しはお灸が据えられましたかね?」
「さあな。けど自分が未熟だってことはよく分かったろ」
 ビリーの言葉に、全員が笑い声をたてた。
「でも、ほんとに怖かったんでしょうね。だから、同じ目に遭ったというフォード大尉のことを考えたんでしょう」
 コムスキーが葉巻を咥えた。
「かもな。さっきの暴言も、そういわれれば、確かに分かる気もする。でも、考えたらあいつがライバル視するべきは私じゃないのか? いくら隊長代理で彼を差し置いたからといって、あれはロイの希望じゃないのに、なぜあいつは私じゃなくロイを目の敵にしたんだ?」
「簡単でしょ。あなたじゃなにをいっても堪えないように見えるが、ロイならいくらでもつっこめる要素があると思ったんだと思う。怪我で弱っているのも手頃だし、知らなければ猛者には見えない。どっちかが消えてくれればポストはひとつ空く。そうなれば自分の立場が少しはましになるわけですから」
 ジムのことばに、カーターは苦く笑った。
「どうせ私は鈍いよ」
 カーターは、ジムが渡してくれた無線機で本部を呼び出した。
「こちら、レッドスカイ。ご苦労だった」
 バークの声がした。
「こちらペガサス6、セイレーン作戦の訓練終了です。ヘリから連絡は?」
「ああ、あった。十分後にもう一機そっちへ行く。乗組員に礼をいって、戻ってきてくれ」
 了解、とカーターは無線機を切り、ゲーリーからもらった葉巻を咥えた。
 もちろん、この船は空っぽなどではなく、正規の乗組員が今も姿を見せないようにしながらも働いているのだ。
「しっかし、これをロイが考えたとは、呆れた男だな。あいつはマゾかと思ってたけど、案外サドっ気がある」
「ジムの案じゃ凶暴すぎて、却下せざるを得なかったからな」
 ビリーとコムスキーの煙を避けるように、ジムがカーターの隣に来た。
「俺たち、すっかり役者づいてますね」
「劇団でも立ち上げるか」
 ふたりは暗い海に向かって、げらげらと笑った。












硝子の破片

哀しみの追憶

後日憚―哀しみの追憶―

観客

おもちゃ屋探検

おもちゃ談議

キャンディーバー

Pは××のP

金の砂銀の砂第一部

金の砂銀の砂第二部

金の砂銀の砂第三部

僕が彼を憎んだわけ

ロイとジムの映画評