[デイン]of [金の砂銀の砂]

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デイン

「叩いても叩いても埃が舞い上がるらしいぞ」
 FBIへの証言からやっと解放されたカーターとジムは、ジムの車で帰途についていた。
 所轄の警察の一室で、カーターが拾った瓶やグラス、そして鞭も証拠として渡し、リュウタロウも念のために撮影していたらしい暴行による傷の写真を、提出した。
 医師とは、警察署の前で別れた。
 ロイは海軍の法的機関を扱う弁護士の立ち会いの下、まだまだ調書を取るのに時間がかかっているらしい。
 あとで弁護士が送るからと、先に返されたのだ。
 最近派手な動きをしている名もない犯罪者が残した誘拐事件のDNAが、今回のロイの家にあった証拠の品と合致し、これまでの事件との関係を追求できそうだと捜査官たちは喜んでいた。 
 レンタカーからは、期待していた麻薬は出なかったものの、ロイに口を滑らせたのは事実に違いない。徹底的に調べ上げていけば、いずれその容疑でも起訴されるだろう。
 それが確定すれば、ふたたびロイの前に姿を現すことができたとしても、もうすっかりよぼよぼになってからに違いない。
「でも、ロイはそのために法廷で屈辱的な話をしないといけないわけだ」
 ジムがつらそうに呟いた。
「そうだな。でも、彼がそれを選んだ。私やリュウタロウには、絶対に嫌だと言い張っていたのに、よく決意したな」
 病院に行くといって出て行ったはずのロイは警察に出向き、FBIがらみだというので特別捜査官が訪れ、すべてを話して罠を仕掛けた。
 ジムには分かっていた。
 それは、ジムがペイジを処理する、と宣言したせいだということを。
 もちろん、徹底的に痛めつけようとは思ってはいたが、殺してしまおうと思っていたわけではない。ないが、そうなってしまう可能性はないとはいえない。
 少々殴った程度じゃ、あいつはまた来るだろう、とジムにも分かっていたからだ。そうなればさらに恨みを増幅させて、舞い戻ってくるだろうと。
「これであの人は、ますますチームにはいづらくなるだろうな」
「なんだ? どういう意味だ?」
 カーターは意外そうにジムを見た。
「もう軍を辞めて、どこかでひっそり暮らしたいといいだしたんですよ」
「……そんな馬鹿な」
「裁判が行われれば、どこかからレイプされかけた情報が漏れる。リハビリ中に、思うように歩けないのも堪えているんでしょう。ギプスはとれたというものの、あいつを蹴って捻られて以来、痛みも残っているようだし」
「……嫌になっているんだろう? あんなに、必死でチームのことしか考えずに来たのに……ペイジや……私がしたことも……」
「ひとつの気鬱状態に過ぎないと、ドクはいっていますがね。身体がもう少し自由になれば気分も浮上すると。で、ロイを馬鹿にした将校というのが誰だか心当たりがありますか?」
 カーターはその名前を口にすることを躊躇った。
 ジムにいえば、怒り狂うだろうからだ。
「コネリーなんでしょ、新参者でそんなことをいいそうなのはあいつしかいない」
 返事をしないカーターに、まあいいとジムは、ハンドルを切った。
「さあ、じゃあランチの準備でもしないとね。ロイが戻ったらすぐ食事にしましょう」
 ジムは進路をスーパーへ向けた。なにかを考えているのか、ちらりとカーターを見て、不機嫌そうにフロントグラスを見ている。
 やはり、ロイの気鬱の原因のひとつが自分にあると思っているのだろうと、カーターはなにもいえずに黙って座っていた。 
 駐車場におりかけたカーターの後ろ姿を、ジムはじっと考え込むように見ながら、車から降りようとしない。
「どうした? 私にいいたいことがあるなら聞くぞ」
 振り向いてカーターが目を向けると、ジムはハンドルに目を落としたままでいった。
「……あなたはもう、本当にチームで仕事をするつもりはないんですか?」
 考えていたこととは違う話題に、カーターはその場に立ちすくんだ。

「コネリーを引きずり下ろして、バーク准将を安心させてやろうとは?」
「今さらだろう? ジム。それは上層部が考えることだ。誰かいい人材がいるさ、我が軍には優秀な人間が山ほどいるはずだ」
 ジムは眉間に皺を立て、車を降りてぐるりと回ってくると、おもむろにカーターの胸ぐらを掴んだ。
「今さらって、あんたはなにもいってないのか? 准将に、自分の気持ちを素直に告げてはいないのか? それとも、ほんとにそれでいいんですか?」
 カーターは反論することができなかった。
「で? 本心はどうなんです?」
 ジムが真正面から見つめた。
 確かに、最初に話があって以降、カーターはバークに正直な胸の裡など告げてはいない。ただ、命じられるままに仕事をこなしていただけだといってもいい。
 最初に与えられたきっかけを、自分で潰してしまったことで、もうそれは口にはできないことだと自分を封印していたのだ。
 カーターは唇を噛んだ。
「新しい次期隊長だって?」
 ジムは鼻を鳴らした。「どこかにベテランが余ってるとでもいうんですか? また、やっかいな新米が入ってきてかきまわされるだけだ。一番適任なのはあなた意外にはいないっていうのに、とんだ腰抜けだ」
 ジムの罵倒を大人しく拝聴しながら、確かにそのとおりだとカーターは思った。

 ――私は腰抜けだ。
 一番肝心な自分のことを棚に上げて、ロイにかまって気持ちを逸らしていたのだ。
 怪我を負い、心を弱らせてしまったロイのことが一番で、それ以外は今は後回しだと――それは、かつてカイルに対して抱いていたこととまったく同じだったことに、カーターは気づいた。
 あの頃、カイルがいなくても、チームの役割を担っていくのがつらくなっていたのかもしれない。真相はそんなところで、そこに現れた、手のかかるカイルのせいにして、逃げただけだったのかもしれない。
 今だって、ロイに語ったように、チームに戻りたいと思っていながらも、それを表に出してしまうことを避けていた。
 今こうして真正面からいわれると、ないがしろにしていたことがひどく重要なことに思えて、カーターは足下に目線を落とした。
 ほんとうに、自分はこのまま代理を務め、ペンタゴンへ行くことを望んでいるのか? このノーフォークを去って――
 ジムは呆れたようにさっさとスーパーへ入って行った。

 スーパーで、買い物をするジムの後ろで、カーターはとぼとぼとカートについて歩いた。 考えているようで、肝心なことをいつも後回しにしてしまう。
 そうして、流されてしまってから臍を噛む。
 カーターは、結婚を躊躇った彼女を追うべきだったと、ずっと以前から分かってはいた。
 彼女が赤ん坊を身ごもる前なら、あるいは戻ってくれた可能性だってあったのだ。いや、彼女はカーターを待っていたのかもしれない。なのに、このままでは彼女を失う、と分かっていて充分な会話をしようとすらしなかった。
 会ったときには手遅れだった。
 そして、カイルを愛してしまったと認識したとき、それでも彼のためにチームを去るのではなかったともまた、分かっていた。
 カイルにとってはつらい留守番を強いることになったかもしれないが、それでも彼はカーターが辞めることを望んでいたわけではなかったのだ。
 チームに籍を起き続けることで身を揉むほどに悲しませることになったかもしれないが、自分のせいでチームを辞めたと知ったとき、カイルは心の中で自分すら責めたはずだ。
 足下がぐらつくほどの後悔が、カーターを包み込む。
 このノーフォークへ戻ったことすら、今は後悔している。
 ロイの家に滞在してしまったことも。
 さんざん、ロイやジムを引っかき回してしまったことも。

 なにもかもが、どこかが抜けている――
「今度こそ、悔いのない選択をしてください。現場は命がけだ。綺麗な制服を着込んで、出世街道を歩いていくのも、ひとつの道には違いない。あなたが本気で望んでいるなら、俺に文句はないんだ」
 ジムが背を向けたままいった。
「……そうだな」
「俺は、そうして欲しいといってるんじゃないんだ、デイン。あなたが決めることだ。でも、俺にはあなたがチームに戻りたいように思えて仕方ないんです。あの時、救出のヘリの中でのあなたを見ていてそう感じた。でも、違うのなら、聞き流してください」
「ジム……」
 やはり、この男は気づいていたのだ。悲壮感の中にすらいて、高揚しかけていたカーターの気持ちを。
「さっきはいいすぎました」
「分かってる、ジム」
 あれほどチームを愛しているロイが、辞めざるを得ない心境になっていたそのそばで、カーターがぐずぐずとしていたのだから、ジムが憤るのは当然だ。
 どんどん先を行くジムから離れ、カーターはピーナツバターの棚を眺めた。
 初めて、ロイと買い物に来た日のことを思い出した。
 浮かれたように、この地に戻ってきた日のことを。
 ロイとジムという、旧友に会って、再び人生が巻き戻しされるかもしれないという予感に胸を躍らせていた日のことを。

「デイン! なにか買うものがありますか?」
 レジへと向かっていたジムが呼んだ。
「いや、ないよ」
 手につかみかけていたピーナツバターの瓶を棚に戻し、カーターは歩き出した。
 ロイの家にはまだ、この前買ったものが残っている。
 自分のために、ロイが買ってくれた添加物の入っていないピーナツバターが。












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後日憚―哀しみの追憶―

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ロイとジムの映画評